76.セレスティアの魔術姫
不安を抱えたまま、謁見の儀が始まった。
謁見の間は白を基調とし、華やかな装飾が施されている。床の中央には玉座に向けて赤い絨毯が一直線に伸びていた。
ゆるやかな段々の先、一番高い場所にある玉座には、セレスティア国王メレディスが座っている。
だが、その隣に王妃デライラの姿はなかった。
アナスタシアは赤い絨毯の上を一人、歩いて行く。
道の両脇には、貴族たちが控えていて、アナスタシアに羨望や感嘆の眼差しを向けている。中には、探るような眼差しを向けている者もいた。
鮮やかな青いドレスを纏い、頭には王族にのみ許されたティアラを乗せたアナスタシアは、会場の視線を一身に集めている。
そして、背筋を伸ばして堂々と歩くアナスタシアの内心は、逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。
今回はアナスタシアに対する称号授与なので、まだ身分のないブラントとは一緒に歩けない。
ブラントは謁見の間に入ることは許されたが、末席だ。
隔たりを感じて寂しく、心細い。
それでもアナスタシアは進み、段を上っていく。
玉座よりも一段低い場所で止まり、貴婦人の礼を取る。
「セレスティア聖王国第一王女アナスタシア・ウーナ・セレスティア。魔術学院にて首席を取り、先日の魔族襲撃事件では魔族を屠ったその力量、見事である。父としても鼻が高い。よって『セレスティアの魔術姫』の称号と、研究室を与えよう」
メレディスが宣言すると、会場の人々にどよめきが起こった。
称号といっても名誉称号であり、何かの権限が付随しているわけではない。
研究室も、名誉であり予算が組まれることになるが、直ちに何かと結びつくものでもない。
どちらも権力に直結するようなものではなく、単に名誉を与えたものともいえる。
しかし、貴族たちの間には動揺が走っていた。
国王がこれまで公式の場に出さなかったアナスタシアを第一王女として認め、寵愛を示したようなものなのだ。
これまで現王妃の娘であるジェイミーが次期女王だろうと見られていた。
ところが、これで力関係に変化が生じたことになる。
もしかしたら国王は、アナスタシアを次期女王として考えているのではないかと、ひそひそとした囁きが早くも起こっていた。
「謹んでお受けいたします」
アナスタシアは答えながら、感慨深いものがこみあげてくる。
『セレスティアの魔術姫』という称号は前回の人生でも得たものだった。
そのときは魔王討伐のパーティーメンバーとして授かり、そして最期にジェイミーに奪われたのだ。
まるで失ったものを取り返したような、充足感に満たされる。
「……お姉さまが首席だなんて、魔術学院も大したことありませんのね」
ところが、そこにアナスタシアの感動に水を差すジェイミーの声が響いた。
ざわざわとしていた貴族たちもぴたりと会話を止め、会場は静寂に包まれる。
「魔族を倒したなどと言っても、本当かどうか怪しいものですわ。誰にでも出来るようなことを大げさに言っているだけではありませんの?」
ジェイミーの声だけが会場に響き渡る。
「そのような虚言で気を引こうなどと浅ましいこと。たかが半年やそこらで、そのような力量を身に付けられるはずが……」
「ジェイミー、黙るがよい」
調子づいて続けようとするジェイミーだが、メレディスの厳しい声がそれを遮った。
ジェイミーはびくりとして口をつぐみ、驚いた顔でメレディスを見つめる。
「そなたは、今の発言が多くのものを敵に回すとわからぬのか。魔族襲撃事件は、各国の使いを始めとして大勢が実際に目の当たりにしているのだ。彼らの目も節穴だというつもりか」
「そ……そのようなつもりは……」
「しかも、この場でよくぞそのような発言ができるものだ。そなたは己の発する言葉の重みについて考えるべきだ。浅慮な一言で、場合によっては戦争になり得る。王族が公式の場で発する言葉というのは、そういうものだ」
メレディスは冷たい眼差しをジェイミーに向け、ため息を漏らした。
「どうやら、これまで甘やかしすぎたようだな。まだ子供だからと思っていたが、たったひとつしか変わらぬアナスタシアがこれほど立派になっているということは、教育が間違っていたのだろう。新しい教育係を用意する故、そなたはしばらく謹慎しておれ」
メレディスが騎士に合図すると、ジェイミーは騎士たちによって連れられていく。
「なっ……何をするのよ、無礼者! お父さま! お父さまぁぁぁ……!」
散々喚きながら、ジェイミーは謁見の間から連れ出されていった。
今の出来事で、貴族たちの動揺がさらに深くなる。
公式の場で国王がアナスタシアをジェイミーより重んじたのだ。
これはもう決まりだろうと、あちこちで囁きが交わされていた。
思わぬ展開はあったが、アナスタシアへの称号授与は無事に終了した。
アナスタシアは段を下がろうとするが、メレディスによって呼び止められ、その場に留まる。
メレディスは浮かない表情を浮かべていて、今のジェイミーの態度が堪えているのだろうかとアナスタシアは思う。
これまでメレディスはジェイミーを可愛がっていた。
メレディスにたしなめられてジェイミーが驚いていたのも、これまでずっと甘い態度だった父がそういう態度を取るとは思わなかったからだろう。
だが、よく見てみればメレディスはジェイミーが連れ出されていった扉をちらりと眺め、安堵しているようでもあった。
いったい何事だろうとアナスタシアが訝しんでいると、メレディスは表情を引き締めて、声を張り上げる。
「続いて、罪人の断罪に移る。……デライラをここへ!」






