74.お抱え占い師
「魔術師だそうですけれど、普通に戦闘もこなせますのね」
「……はい」
「どうやって、あのような力量を身に着けましたの?」
「……学院です」
それから、ジェイミーはやたらとブラントに話しかけていた。
だが、ブラントは素っ気なく、最低限の返答しかしない。
先ほどのお茶はあからさまに怪しかったが、ブラントの様子に変わったところはないようだ。
もしかして、何の変哲もない普通のお茶だったのだろうかとアナスタシアは思い始めたが、ジェイミーはだんだんそわそわしてきた。
「あの……私のこと、何か思うところは……」
「特にありません」
その後もブラントは素っ気ないままだった。
アナスタシアはジェイミーにどういった意図があるのか探ろうとしたが、回答が上の空で要領を得ない。
これ以上いたところで何も得られないと判断し、アナスタシアはそろそろ戻ると告げた。
「どうして……」
アナスタシアとブラントが立ち上がり、連れ立って歩いていくのを、ジェイミーは愕然と見つめている。
やはり何か企みがあったのかとアナスタシアが思っていると、ジェイミーに近づいてくる姿が見えた。
薄紫色のヴェールを纏った女のようだが、顔は隠れていてよくわからない。
その姿を見た途端、ジェイミーが駆け寄っていく。
「……ちょっと、どういうことよ! あんたの薬、全然効かないんだけど!」
つかみかからんばかりに、ジェイミーが紫色のヴェールの女に詰め寄る。
興奮しているのか、アナスタシアにもしっかり内容が聞こえてきた。
やはりあのお茶には何かが仕込まれていたらしい。
「私の惚れ薬が効かないなんて、そんな馬鹿なこと……よっぽど一途に想う相手がいるのでもなければ……え……?」
紫色のヴェールの女はぶつぶつと言いながら、アナスタシアとブラントに視線を向けた。そして、言葉を途切れさせる。
どうやら、ブラントを見て唖然として固まっているようだ。
女がブラントに見とれるなどよくあることだが、どうも様子がおかしい。
「エリシオンさま……? いえ、そんなはずが……ということは、まさか……」
ぼそりとした声が聞こえてきた。
その名に、アナスタシアは思わず顔をしかめる。
「どうしてこんなところにいるのよ……! ヨザルードさまは何を……」
「……何だと?」
ヨザルードの名前に、ブラントが反応する。
ブラントの両親の仇である高位魔族ヨザルードは、学院対抗戦のときに襲撃してきたのを、ブラントが返り討ちにしている。
灰になって崩れていくのを、アナスタシアも見た。
だが、ヨザルードの目的が何だったのかは、未だにわかっていないのだ。
ブラントの命を狙っていたようだが、命そのものが目的というよりも、何かを得るための手段に過ぎないようだった。
おそらく、この紫色のヴェールの女は魔族だろう。
ブラントを見て怯えているようだが、アナスタシアはヨザルードが率いていた中位魔族たちが、魔王のことを恐れているようだったことを思い出す。
「ひっ……私は、ただの下っ端です……どうかお見逃しを……!」
ブラントに睨まれ、紫色のヴェールの女は上擦った声で許しを請うと、姿を忽然と消してしまった。
【転移】で逃げ出したのだ。
「な……なによ……これ……」
突然、目の前の相手が消えたことに、ジェイミーも愕然と立ち尽くす。
「ジェイミー、今のは誰?」
「お……お姉さま……こ……これは……」
アナスタシアが近づいて問いかけると、ジェイミーははっとした様子でうろたえる。
紫色のヴェールの女が消えたことだけではなく、自分がうっかり薬について口走ってしまったことにも思い当たったらしく、顔色が悪くなっていた。
「あなたが何をしたのかはとりあえず置いておきます。それよりも、今のは誰?」
「お母さまお抱えの占い師です……」
もう一度問いかけると、ジェイミーは素直に答えた。
アナスタシアとブラントは、苦くなってしまった顔を見合わせる。
王妃のお抱え占い師が、魔族ということか。
しかも、先ほどヨザルードの名を口走ったことから、おそらくヨザルードとも繋がっていたのだろう。
ディッカー伯爵が魔族と通じていたように、セレスティア聖王国にも魔族が潜り込んでいたらしい。
「いつから、お抱え占い師をしているの?」
「ずっと前……私が小さい頃から……」
しかも、随分と昔から潜り込んでいたようだ。
ということは、アナスタシアに呪いをかけたのは、あの紫色のヴェールの女である可能性が高いだろう。
自分では下っ端などと言っていたが、魔族であれば並みの魔術師よりもよほど魔術に長けているはずだ。
「……行きましょう」
アナスタシアとブラントはジェイミーを置き去りにするように、お茶会の会場を後にした。
王妃が魔族と通じている可能性については、父にも言っておくべきだろうと、アナスタシアは判断する。
「……さっき、俺を見てエリシオンとか何とか言っていたような気がするんだけど……何のことだったんだろう」
声を潜めて、ブラントがアナスタシアだけに聞こえるよう、呟く。
「……魔王の名前ですね」
アナスタシアも小声でブラントに囁く。
その途端、ブラントが苦虫を噛み潰したような顔をした。
魔王の名前は、一般には知られていない。
前回の人生でも、旅の終わり頃にようやく知ったくらいだ。
確か、そのとき名前を呼んでいたのも、女の魔族だった記憶がある。
それ以外の魔族たちは、魔王さまとしか呼んでいなかった。
もしかしたら、先ほどの紫色のヴェールの女は、魔王を直接知る魔族ということなのかもしれない。
「……そんなに似てるのかな……」
眉根を寄せながらぼそりと呟くブラントに、アナスタシアは何も言うことができなかった。
まさか、よく似ていますなどと答えられるはずがない。
ブラントは魔王のことで頭がいっぱいのようだったが、アナスタシアはジェイミーが薬を盛ったことについて考えていた。
先ほどの漏れ聞こえてきた声で、大体のことはわかった。
ジェイミーが惚れ薬をブラントに盛ったが、効かなかったようだ。
よっぽど一途に想う相手がいるのでもなければ、という紫色のヴェールの女の言葉が、効かなかった理由だろう。
本当に想ってくれているのだなという、温かな幸福感がアナスタシアを満たしていく。
魔王のことで悩んでいるブラントには申し訳ないような気もしたが、アナスタシアは心が浮き立つのを抑えられなかった。






