71.波乱のお茶会
ジェイミーのお茶会など、アナスタシアは本当は断ってしまいたい。
だが、王妃デライラが呪いをかけてアナスタシアの美しさをジェイミーに移し替えていたのだろうと、父は言っていた。
そのことをジェイミーは知っているのだろうか。
しかもこのタイミングでお茶会の誘いとは、何らかの意図があるのではないかとの思いから、アナスタシアはしぶしぶ誘いを受けることにした。
ただ、『お付きの魔術師もぜひ一緒に』とブラントを指名しているあたり、アナスタシアの想像とはまったく別の意図なのかもしれない。
ジェイミーの前にブラントを連れて行くのは、気が進まない。
しかし帰国した際、ジェイミーと会ったときのブラントの冷淡な態度から、まさか目移りすることはないだろうと、アナスタシアは自分に言い聞かせる。
「ブラント先輩、ジェイミーのことをどう思いました? 最初に王城に行ったときに廊下で会った、妹の……」
それでも気になってしまい、アナスタシアはおそるおそるブラントに問いかけてみる。
「アナスタシアさんの妹だから、第二王女になるんだよね。どう思うかと言われても……ああ、呪いがどうのっていう話のことかな?」
「いえ、とりあえず呪いのことは置いておいて……ジェイミーは国一番の美少女とも言われていて……」
「それ、アナスタシアさんから奪ったものだったんだろう? 俺はアナスタシアさんのほうがずっと綺麗だと思ったよ」
さらりと言われて、アナスタシアは戸惑う。
ずっと自分は不細工だと思ってきて、どうにか人並み程度には改善できただろうという程度だったのに、今さら実は美人だったと言われても実感がわかない。
「それに、興味を引かれなかったから、正直なところよく覚えていないんだよね。ああ、これがアナスタシアさんの妹かあ……くらいで」
少し困ったような顔でブラントは呟く。
本当に、ジェイミーのことはまったく眼中になかったらしい。
これまでジェイミーと比較され、けなされ続けてきたアナスタシアには、初めて見る反応だった。
おそらくは呪いのせいで、今までがおかしかったのだろうが、身に染みこんだ感覚はそう簡単には消えない。
前回の人生でジェイミーに全てを奪われたこともあり、もしかしたらブラントもという思いを捨てきれないのだ。
「……出会ってから、アナスタシアさんの気を引くために俺が色々やっていたこと、知ってる?」
「えっ……?」
突然、ブラントから違う話を切り出されて、アナスタシアは戸惑う。
「最初の頃、アナスタシアさんは俺のこと、何とも思っていなかっただろう。せいぜい、魔術の話ができる相手程度で」
「それは……」
前回の人生の経験から、アナスタシアは恋なんてこりごりだと思っていた。
ブラントのことも、これほど魅力的な相手が自分のことなど相手にするはずがないと思っていたし、勘違いしないようにと己に言い聞かせていたのだ。
「そういう態度を取られたのも初めてだったし、自分から誰かのことが気になるのも初めてだったし、どうしたらいいかわからなくてね。あまり押しすぎて引かれるのも嫌だったし……長期休暇に誘ったのは、勇気を振り絞っての賭けだったよ」
「そうだったんですか……?」
思わず、アナスタシアは驚きの声を漏らしていた。
いつもブラントは余裕があるように見え、長期休暇に誘われたときもごく自然だったように感じた。
きっと恋愛沙汰には慣れていて、その程度のことは息をするようにできるのだろうくらいに思っていたのだが、今の話ではどうやらそうではなかったらしい。
「やっとアナスタシアさんが振り返ってくれて、これ以上の幸せはなかったよ。俺はアナスタシアさんが思うよりずっとアナスタシアさんのことが好きだし、他人のことなんてどうでもいいんだよ」
自分だけが下らないことで悩んでいるのかと思ったが、実はブラントもアナスタシアが思うほど平然としていたわけではなかったようだ。
呪いは解けても、まだ心の奥底には完全に消えることのない楔が残っている。
だが、それもブラントの言葉によって少しずつ、溶けていくようだった。
翌日、アナスタシアはブラントと共にジェイミーの住まう王女宮に向かった。
お茶会の会場は、花の咲き乱れる庭園だった。
白やピンクといった淡くて明るい色ばかりで、どれも小さな花をつけている。
おそらく、小柄で愛らしいジェイミーのイメージで作られたのだろう。
「お姉さま、ようこそおいでくださいました」
フリルをふんだんにあしらったピンクのドレス姿で、ジェイミーが微笑む。
花の精のイメージなのか、ふわふわとしていて愛らしさを強調している。
「お招き、ありがとう」
心にもない言葉を口にして、アナスタシアもわずかに微笑みを浮かべる。
アナスタシアは明るい空色のシンプルなドレスで、すらりとしたスタイルを引き立てるものだ。
二人の姉妹の姿は、対照的だった。
「そちらの魔術師さまも、よくぞおいでくださいました」
ジェイミーがブラントにも声をかける。
ブラントは黙って頭を下げるが、ジェイミーの斜め後ろに立つ若い騎士が、それを舌打ちしそうな表情で睨みつけていた。
整った顔立ちの騎士だったが、醜く歪んだ表情ではせっかくの美形も台無しである。
「……ジェイミー王女殿下から直々にお声を賜って、それだけか。無礼者め」
ブラントが何も言葉を発しないのを見て、騎士は苛立った声を出す。
「よいのよ、ヘクター」
鷹揚にジェイミーが声をかけるが、ヘクターと呼ばれた騎士は態度を和らげることなく、ブラントを睨みつけたままだ。
「やはり主人が主人では、ろくな躾もできていないと見えますな。もう少し礼儀作法を叩きこんだほうがよろしいでしょう」
歪んだ笑みを浮かべ、ヘクターは嘲りの言葉を口にする。
あまりにも見事な自己紹介に、アナスタシアは怒りを覚えるどころか、感動すらわきあがってくる。
未だ、ろくに顧みられることのない王女としてアナスタシアのことを捉えているのかもしれないが、それにしても見事だ。
やはりジェイミーが主人だけのことはあると、褒めてやりたいくらいだった。
ジェイミーはヘクターの言葉を咎めるどころか、同意するように歪んだ微笑みを浮かべている。
つまり、これは喧嘩を売るためのお茶会ということだろうか。
アナスタシアは、波乱の幕開けにそっとため息を漏らした。






