67.結婚の条件
翌日、アナスタシアとブラントは再び王城に行くことになった。
アナスタシアは侍女たちによって身支度を整えられた。
水色のドレスを着せられ、髪飾りや首飾りも青色を基調としたもので揃えられる。髪はしっかりと結い上げられ、軽く化粧も施された。
身支度だけで、アナスタシアはぐったりとしてしまう。
ブラントにも服が用意されたらしく、セレスティア聖王国の礼服を纏っていた。
黒地に銀糸で刺繍が施されていて、シンプルながらも華やかさがある。
何よりも、着ているのが長身で並外れた美形のブラントなので、否が応でも人目を引いた。
「とても綺麗だ。アナスタシアさんの瞳の色によく合っているね。いつもアナスタシアさんは綺麗だけれど、今日は一段と華やかで優雅だ」
アナスタシアの姿を見るなり、ブラントは微笑みながら褒め称えてきた。
「あ……ありがとうございます。ブラント先輩も、お似合いです……」
頬が熱くなるのを感じながら、アナスタシアはぼそぼそと答える。
ただ、アナスタシアはまだしも、ブラントまで用意された服のサイズがぴったり合っているのはどういうことだろうかと、アナスタシアはふと疑問に思う。
しかし、色々なサイズを用意しておいただけで、どうということはないのかもしれない。
もっとも、それはそれでブラントにもそこまでの準備をする父の意図が読めなかった。
二人は王城に向かった。
すると、廊下ですれ違う人々が、感嘆の眼差しを向けてくる。
「……今のは、どなただ?」
「まさか、アナスタシア姫……? あれほどお美しい方だったか……?」
「それに隣にも……眩しすぎる……」
ひそひそと囁く声はあったが、今日は誰かに呼び止められることもなく、セレスティア国王メレディスの私的な応接室に通された。
そこではすでにメレディスが待っていて、侍女たちは茶と菓子の準備をすると、退出していった。
部屋には三人だけとなり、メレディスが口を開く。
「よく休めたかな」
「はい、陛下……」
にこやかに問われ、アナスタシアは当たり障りなく答える。
すると、メレディスが口元に苦笑を浮かべた。
「今は、私的な時間だ。国王としてではなく、そなたの父としてここにいる。そなたも、そのつもりでいてほしい」
「……はい、お父さま」
アナスタシアが言い直すと、メレディスは満足そうに微笑んだ。
「ブラントくん、きみも普段と同じように話してくれて構わない。私はアナスタシアの父としてここにいるので、国王に対する礼儀がどうのなどとは言わない」
「はい」
メレディスはブラントにも声をかける。
話し方は柔らかく、気さくなところを見せていた。
「さて……まずは、アナスタシア。魔術学院で首席を取り、先日の騒動では魔族すら倒したと聞く。いつの間にそこまでの力量を身につけていたのか、驚嘆するばかりだ」
称賛の言葉をアナスタシアはじっと聞きながら、様子を窺う。
「そして、ブラントくん。噂は聞こえてきている。魔術学院始まって以来の天才だとか。何より、ジグヴァルド帝国の宮廷魔術師の誘いを断ったというのが、とてもよい」
上機嫌なメレディスの様子を見ながら、アナスタシアはメレディスがジグヴァルド帝国を嫌っているという話を思い出す。
ブラントに対して好意的なのは、この事情もあるのだろうか。
「二人がとても仲の良い友人だという話も聞いている。長期休暇は、二人で旅行に行ったそうだな。本当に親密なようだ」
だが、続くメレディスの言葉で、ひとまず称賛から始まった内容が、急展開する。
まさかそんなことまで知られていたのかと、アナスタシアはぞっとする。
実際には旅行というよりはダンジョン巡りだったが、端から見れば二人きりの旅行でしかないだろう。
一方、ブラントはこれくらいのことは予想していたのか、平静を保っているようだった。
「ブラントくん、きみはアナスタシアのことを本気で想っているのか?」
「はい、もちろんです」
「そうか……だが、アナスタシアはセレスティア聖王国第一王女だ。いくらきみが稀代の魔術師とはいっても、平民でしかない以上、身分が違う。諦めてはもらえないか?」
メレディスの口から出た内容に、アナスタシアは目の前が暗くなっていく。
やはり、引き離そうということだったのか。
これまでずっと顧みることがなかったくせに、こういう時だけ王女だというのかと、憤りすらわきあがってくる。
しかし、ブラントは平然としたままで、揺らぎもしていない。
「お断りします」
ブラントはきっぱりと言い切った。
メレディスの眉がぴくりと動き、アナスタシアも唖然としてブラントを見つめる。
まさか、こうも端的に拒絶するとは思わなかったのだ。
「わざわざその程度のことをおっしゃるために、俺を呼びつけたとは思えません。どうすれば、認めてもらえますか?」
あっさりと受け流し、ブラントはメレディスを促す。
すると、メレディスの口元が満足そうに歪んだ。
「……試す必要もないということか。これは話が早い。だが、その前にアナスタシアにも尋ねておこう」
今度はアナスタシアに矛先が向く。
何を言われるのかと、緊張で喉がひりひりするのを感じながら、アナスタシアはメレディスの言葉を待つ。
「ブラントくんと結ばれたいというのならば、そなたが女王に即位する未来はなくなる。聖王家が血について保守的なのは、よく知っているであろう? 事と次第によっては、そなたが平民になる可能性もある。それでもよいのか?」
「むしろ平民になれば結ばれるというのならば、今すぐにでも」
アナスタシアも即答する。
女王になるなど、考えたこともない。
たとえ身分剥奪の上に国外追放となったとしても、あまり失うものはない。
学院に通い続けることが難しくなるかもしれないが、それでブラントと結ばれるのならば、得られるもののほうが圧倒的に大きいだろう。
「そうか。そなたたちの気持ちはよくわかった。私個人としては、そなたたちの仲を認めてやりたい。だが、何の功績もなしに王女を与えるわけにはいかぬのだ」
いよいよ本題がくると、アナスタシアもブラントも、固唾をのんで続きを待つ。
「かつて、ジグヴァルド帝国に奪われたマルガリテスという地がある。結界を破壊され、攻め込まれたのだ。その結界を修復し、マルガリテスを取り戻せ。そうすれば功績を認め、二人の結婚を許そう」






