64.厄介ごとの予感
親密な友人などいては、政略結婚用に価値が落ちる可能性があるから、引き離そうということだろうか。
青ざめながら手紙を読むアナスタシアだが、よく見てみれば違うようだ。
前期休暇に戻ってこなかったので、久しぶりに会いたい。
学院も復旧作業に追われているようなので、今なら少しくらい時間はあるだろう。
こういった内容が書かれていて、どうやら学院をやめて戻ってこいというわけではなく、一時的に帰国しろというだけのようだ。
しかも、ぜひ親密な友人も連れてくるがよいとあり、アナスタシアは混乱する。
引き離したいというわけではないのだろうか。
まさか呼びつけてから始末してやろうというわけではないだろう。
だが、父として何か言ってやりたいとか、見極めをしてやろうといった、親らしい感情とは無縁のはずだ。
前回の人生でもこのような出来事はなく、アナスタシアは戸惑う。
「前と違うこと……そういえば婚約も……まさか……」
前回の人生との違いについて考え、今回はエドヴィンとの婚約を父が受け入れなかったことに思い当たる。
当時と違うことは、首席を取ったことだ。
そのため、もしかしたら父は力のある魔術師を欲しているのではないかとは、以前にも考えた。
ブラントは力ある魔術師だ。
もしアナスタシアの考えが正しければ、父はブラントのことも利用しようとしているのかもしれない。
とはいっても、国王からの手紙を無視するわけにもいかないだろう。
アナスタシアは困りながら、ブラントにも相談してみることにした。
「いつ行けばいいの?」
すると、一緒に連れてこいとあったと話した時点で、ブラントに即答されてしまった。
「ええと……本当にいいんですか? 父は力ある魔術師を探しているようで、ブラント先輩のことも利用しようとしているんじゃないかと……」
「そうだとしても、向こうから会いたいなんてチャンスだからね。それに、むしろ利用価値があると思ってもらえたのなら、認めてもらえる可能性も高くなる」
不安になりながら問うアナスタシアだったが、ブラントは平然と答えた。
しかし、ややあって何かに思い当たったようで、ブラントの表情がわずかに曇る。
「ただ……確か、セレスティア聖王国から宮廷魔術師の誘いはなかったんだよね。それどころか、ここ十年くらい、宮廷魔術師を受け入れていないという話を聞いたんだ。それでいてアナスタシアさんを魔術学院に留学させて……何か、意図があるんだろうか」
「それは……何だかおかしな話ですね……」
表に出ることのなかったアナスタシアは、知らない話だった。
だが、力ある魔術師といえば、宮廷魔術師になることが多い。
それを受け入れずに、別の方向から探そうとしているということだろうか。
だとすれば、公的な宮廷魔術師にはさせられないような私的なことか、それとも通常の宮廷魔術師のレベルではまだ足りないということか。
何にせよ、厄介ごとの予感がした。
「ブラント先輩……本当に、私でいいんですか? こんな厄介ごとを抱えていて……」
考えれば考えるほど弱気になり、アナスタシアは力なく問いかける。
魔術師としては堂々と並び立てるという自負はあるが、女としてブラントに釣り合うとは、アナスタシアはかけらも思っていない。
それでいて厄介ごとをもたらすなど、ブラントを不幸にするだけではないだろうかと、不安に苛まれる。
「俺はアナスタシアさんしか考えられない。それに、厄介ごとというのなら、俺のほうが数段上だよ。しかも、血筋のことだから解決法がないときている。アナスタシアさんの事情は解決できる可能性があるじゃないか」
「ブラント先輩の血筋は、別に厄介ごとでは……」
魔王の血を引いているということは、魔族を憎むブラントにとってはとんでもない厄介ごとなのかもしれない。
だが、アナスタシアにとっては単に文字どおりの意味合いしかないのだ。
魔力量の多さなど、色々と納得することはあっても、そこに負の感情は付随しない。
「前に、どんな事情があったとしても俺のことが好きだと言ってくれたことがあったよね。俺も同じだよ。厄介ごとを抱えていようが何だろうが、俺はアナスタシアさんのことが好きだ」
ブラントは真正面からアナスタシアを見つめて、はっきりとそう言った。
唖然としたまま、アナスタシアはブラントを見つめ返す。
聞きたい言葉を与えてくれたことに、涙が流れそうになってしまう。
そして、自分の卑怯さに、アナスタシアは少し自己嫌悪に陥る。
今さらブラントから離れる気などないくせに、何て馬鹿なことを問いかけてしまったのだろうと、情けなくなってくる。
ブラントのことを信じられないわけではない。
自分自身のことを、最後に信じきれないのだ。
「ブラント先輩……一緒に、セレスティア聖王国に行ってもらえますか?」
自分の中に染み付いた劣等感や卑屈さは、そう簡単に拭えるものではない。
だが、いつまでもそこに留まっているべきではない。
アナスタシアは過去の自分に区切りをつけるように、しっかりとブラントを見つめて尋ねた。
「もちろん」
ブラントは穏やかに微笑みながら答える。
父が何を企んでいるかはわからないが、乗り越えなければならない壁だ。
アナスタシアはブラントの手を握りながら、険しい道だろうと歩むのは一人ではなく二人でなのだと、温もりを噛みしめていた。






