63.帰国を促す手紙
学院祭最終日の翌日は、休日となっている。
もっとも、学院や街中の建物に被害があり、まだ調査も終わっていない状態なので、まともに授業が再開できるのはもう少し先になりそうだ。
アナスタシアの元に、エドヴィンからの使いがやってきた。
一命を取り留めたエドヴィンは、街の宿に滞在して静養中だという。ぜひ直接礼を言いたく、本来はこちらから出向くべきだが、現在は動けないために来てもらえないだろうかとのことだ。
アナスタシアは頷き、休日を一緒に過ごそうと待ち合わせをしていたブラントと共に、エドヴィンが滞在している宿に向かった。
「おお、よくぞ来てくれたアナスタシア姫……だが、そちらの三年首席も一緒か……それにしても、異様に整った顔だな。それは魔術で何かしているのか?」
街一番の高級宿だけあって、広々とした寝台に横たわっていたエドヴィンは、アナスタシアの姿を認めると嬉しそうに口を開いた。
だが、すぐにブラントがいることに気づくと、あからさまに不機嫌になる。
「あいにく、この顔は生まれつきです。せいぜい、水で顔を洗うくらいですね」
ブラントも素っ気なく答える。
「それはうらやましいことだな。……まあ、それはさておき、ディッカー伯爵の件では迷惑をかけたな。まさか魔物になるとは思わず、不覚を取ってしまった。アナスタシア姫が治癒術を使ったと聞く。このような姿ですまぬが、本当に礼を言う」
エドヴィンは寝台の上で上半身を起こすと、深々と頭を下げた。
まさかあの傲慢な皇子が頭を下げるとは思っていなかったため、アナスタシアは驚く。
「それにしても、さすが天人の血を引くアナスタシア姫だ。自分でも、あのときはもう死んだと思った。どこかから光が見えるのに、足をつかまれて地の底に引きずられていくようだったが、あれが死なのだろうな……」
しみじみと呟くエドヴィンの言葉に、アナスタシアは少しいたたまれなくなって視線をそらす。
足をつかまれて地の底に引きずられていくというのは、間違いなく魂を留める死霊術のせいだろう。
むしろ、光のほうが死ではないだろうか。
「それと、ディッカー伯爵を仕留めたのは、そちらの三年首席らしいな。これも礼を言おう。余計なことを言った部下がいたようだが、その非礼も詫びる」
「……本当は生け捕りにするべきだったのでしょうが、あのときは余裕がありませんでした」
ややばつが悪そうにブラントが答える。
「いや、当然のことだ。対抗することもできなかった我々に、何か言う資格はない」
エドヴィンとブラントのやり取りを見て、実はエドヴィンもそれほど傲慢ではないようだとアナスタシアは考えていた。
散々愚痴を交えながらも、イゾルフはエドヴィンを大切な主だと言っていた。欠点は確かにあるのだろうが、それを上回る要素も持っているようだ。
「ディッカー伯爵は、以前から何か企んでいるようで、部下を潜り込ませて調べていたのだ。非合法なことに手を出しているのはわかったが、魔族との関わりは出てこなかった。もっと調べてみる必要がありそうだ」
ため息混じりにエドヴィンが呟く。
それを聞いて、アナスタシアはイゾルフがディッカー伯爵家の家臣として振る舞っていたことに思い当たる。
確かイゾルフは第三皇子のお抱え魔術師だったはずだと疑問を抱いたが、それは調査のために潜り込んでいたのだろう。
「魔物と化したのは魔族の仕業だろうが、それが本人の望むものだったのか、それとも勝手に仕組まれたものだったのかは、わからない。もしかしたら、ディッカー伯爵も利用されただけかもしれぬな。だからといって、罪が軽くなるわけではないが」
そこまで話すと、エドヴィンは疲労の滲んだ顔で、枕に身をもたせかけた。
「……見苦しいところを見せてすまないな。まだ調子が戻らぬ。だが、姫の治癒術だからこそ、命を取り留めたと聞いた。後遺症も残らぬという。この恩は、決して忘れない。必要なことがあれば、私にできる限り力になろう」
エドヴィンは真摯な眼差しでアナスタシアを見つめる。
「本当は妃に迎えたかったが……あの戦いを見て、二人の間に割り込む余地などないとわかった。険しい道のりだろうが、頑張ってくれ」
そう言って、エドヴィンは目を閉じた。
アナスタシアとブラントは別れを告げて、退出する。
アナスタシアが対抗戦に出たのは、エドヴィンに失望してもらい、婚約を諦めさせるためだった。
だが、もっと良い形で終わったようだ。
第一印象は悪かったエドヴィンだが、ただ傲慢なだけではなく、懐の広いところもあるらしい。
未来を変えることができると自信もつき、アナスタシアはこれからの道のりが明るくなっていくようだった。
その後、学院は休校状態に陥っていた。
図書室や中庭のような施設は使用可能だが、学院ダンジョンは封鎖中で、授業も自習となっている。
授業再開は、早くても二週間後くらいになるらしい。
アナスタシアとブラントは、時折呼び出されて話を聞かれることもあったが、それ以外は前と同じように魔術研究をして過ごしていた。
それなりに穏やかな日が数日過ぎたところで、アナスタシア宛に手紙が届いた。
差出人にはセレスティア国王メレディスの名が記されている。
とても嫌な予感を覚えながら、アナスタシアは手紙を読む。
まずは魔術学院で首席を取ったことへの賞賛から始まり、何やら事件があったようで心配しているという内容が続く。
非常にうさんくさいと、アナスタシアは苦い笑みが浮かび上がってくる。
だが、さらに読み進めていくと『とても親密な友人ができたと聞く』と書いてあり、アナスタシアは固まる。
間違いなく、ブラントのことだろう。
普通に仲の良い女友達であるレジーナのことを指してはいないはずだ。
いったいどこからそのような話を聞いたのだろうと、アナスタシアはうろたえる。
これまで父は、アナスタシアには徹底した無関心を貫いてきたはずなのにと、憤りすら覚える。
震える指先で便箋をめくると、この機会にセレスティア聖王国に帰ってこいと綴ってあるのが見えて、アナスタシアは奈落の底に突き落とされていくようだった。






