59.知っています
アナスタシアは響き渡る爆発音に、顔をしかめる。
だが、大音響のわりには爆風も何も起こっていない。
闇が爆発した地点をよく見てみれば、障壁によって爆発が閉じ込められているようだった。
はっとして、アナスタシアはブラントの姿を探す。
だが、周囲にはブラントもヨザルードも見当たらない。
ということは、障壁の内部にいるのだろうと気づき、アナスタシアは愕然とする。
ヨザルードたちが現れたとき、アナスタシアに落ちてきた雷を逸らした際に、ブラントは青い玉を失っていた。
それは、一度だけ死を免れる恩恵を受けたということで、二度目はない。
この爆発で、無事でいられるとは考えにくい。
青い玉の恩恵を失ったブラントがどうなったのか、アナスタシアは恐ろしくて思考を放棄する。
何も考えられず、アナスタシアは障壁に向かって駆け出した。
「ブラント先輩!」
泣きたい気持ちを必死にこらえて障壁までたどり着くと、障壁が解けて中から砂埃にまみれた人影が見える。
一人は立っていて、一人は倒れているようだ。
どちらがどちらだと、アナスタシアは固唾をのむ。
「……熱かった」
立っている影が漏らした、いささか緊張感のない声は、ブラントのものだった。
その瞬間、アナスタシアは安堵のあまり、力が抜けてその場に崩れ落ちそうになってしまう。
「アナスタシアさん、大丈夫?」
砂埃の中からブラントが現れ、アナスタシアに駆け寄ってきて支える。
「わ……私なんかより、ブラント先輩のほうが……」
アナスタシアはおそるおそるブラントの様子を窺う。
服はあちこちが焼け焦げ、袖はすでに原型を留めていなかったが、ブラント本人は元気そうだった。
切り傷があちこちにあるものの、これも軽傷のようだ。
確かに爆発に巻き込まれたようだったが、いったいどうしたことだろうと、アナスタシアは首を傾げる。
「何故……無事で……」
倒れているヨザルードが、アナスタシアと同じ疑問を口にした。
ヨザルードはすでに足の先から灰になりつつあり、長くはないことが明らかだ。
「これ、別に首から提げておく必要はないんだよね。持っていればいいんだ」
ブラントは懐から、粉々になった青い玉の破片を取り出す。
雷が落ちてきたときに青い玉が砕けたと見せかけただけで、ブラントはこっそり青い玉を懐に隠して、敵の目を欺いていたのだ。
余分に一度命を賭けられるとなれば、敵もブラントが無茶な手を使う可能性もあると警戒しただろうが、すでに青い玉の恩恵を失ったように見せかけて、その警戒心を潰したのだろう。
アナスタシアも欺かれてしまったが、ブラントが無事だったことを考えれば些細なことだ。
「……してやられたというわけですか……でも、このまま負けるのは癪ですねえ……ならば、最期に王子さまの大切な方に、ひとつだけ置き土産をしていきましょう」
ヨザルードは倒れたまま、視線だけをアナスタシアに向ける。
「王子さまの正体をご存知ですか……? あなたがた人間が恐れる、おぞましく、忌まわしい血が流れていることを」
静かに語り出したヨザルードの言葉に、ブラントが身をすくませる。
アナスタシアを支える手がこわばり、顔からは血の気が引いていた。
「や……やめ……」
ヨザルードを止めようとするブラントだが、その声は震えていて、最後まで言い切ることすらできない。
これ以上ヨザルードが何も言えないように止めを刺そうにも、体が動かないようだ。
戦いの勝者はブラントのはずだが、どう見てもそうは思えない。まるで、これからもたらされる断罪に怯える敗者のようだ。
その姿を見て、ヨザルードは満足そうに続けようとする。
「このことを知っても、なお王子さまの側にいられますかねえ……実は、王子さまは──」
「魔王の血を引いているのでしょう? 知っています」
ヨザルードの言葉を遮り、アナスタシアはきっぱりと言い切った。
その途端、ヨザルードもブラントも唖然として、信じられないといった眼差しをアナスタシアに向けてくる。
「それくらい、とっくに知っています。そんなことで私の心が揺らぐと思ったら、大間違いですよ」
アナスタシアはヨザルードを見下ろしながら言い放つ。
すると、放心状態で言葉を失っていたヨザルードが、突然けたたましく笑い出した。
「こっ……これは、傑作だ……っ! 二代続けてこうとは、信じられない……あなたがたにはこういった、稀有な人間を引き寄せる何かがあるんですかねえ……ああ……笑える」
笑い続けるヨザルードを、アナスタシアはあっけにとられながら眺めていた。
すでに胸のあたりまで灰になっているのに、ヨザルードは笑うことをやめない。
ブラントは未だに信じられないといったように固まり、アナスタシアを眺めたまま立ち尽くしている。
「……完敗ですよ、王子さま。せいぜい、お元気で……では、さようなら」
そう言い残し、ヨザルードは全身を灰に変えて崩れていった。
こうしてブラントの両親の仇である魔族は、最期を迎えたのだった。






