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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第2章 学院祭

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56.襲来

 一瞬にして暗雲が立ち込め、アナスタシアの降参を叫ぶ声を打ち消すように、閃光と大音響が轟く。

 アナスタシア目掛けて、雷が落ちてきたのだ。

 まだ解いていなかった障壁に阻まれたが、勢いが強すぎて押されてしまう。

 障壁を強化しようとするアナスタシアだが、まだ頭の靄が完全に晴れず、力が入らない。


「アナスタシアさん!」


 そこにブラントの声が響き、障壁を破ろうとしていた雷が逸れた。

 どこかに落ちた雷は鼓膜を突き破りそうな爆音を響かせ、破片が辺り一面に飛び散る。

 砂埃が舞う中、床がごっそり抉れているのが見えたが、アナスタシアは無傷で、首から提げられた青い玉もそのままだ。


 しかし、風で飛ばされていく砂埃の中に見えたブラントの姿に、アナスタシアは息をのむ。

 首から提げられた紐の先には、そこにあるはずの青い玉がなくなっていたのだ。

 つまり、一度死んでしまうようなダメージを受けたということだろう。


「アナスタシアさん、大丈夫?」


 それなのに、ブラントはアナスタシアの心配をしてきた。

 自分のことを心配するべきだろうと、アナスタシアは泣きたくなってくる。


「……よく精神支配から抜け出しましたねえ。潰し合ってもらいたかったのですが、あっさり降参を選ぶその判断力、お見事ですよ」


 聞いたことのある声が空から降ってくる。

 アナスタシアとブラントがはっとして見上げると、吸血の塔で見た、ブラントの両親の仇である赤黒い翼の魔族が浮かんでいた。

 しかも、その後ろには見覚えのない黒い翼の魔族が三人も控えている。


「しかも、一度は殺せたはずなのに、命が削れたのは王子さまのほうですか。姫君にはここで死んでもらって、王子さまにはもう少しだけ生きていてほしいのに、余計なことを……」


 憎々しそうに呟く、赤黒い翼の魔族の姿を見て、客席もざわついてくる。


「あれ……魔族か……?」


「まさか、魔族がどうして……」


「邪魔者たちには、別の相手を用意しましょう」


 動揺する観客たちを横目で眺め、赤黒い翼の魔族は指を鳴らした。

 すると、上空から大きな赤い塊が降ってくる。

 そして赤い塊は竜の姿となり、翼を広げて空中で止まった。

 人々があっけにとられる中、赤竜は大きく息を吸い込んだ。


「ブレスが来るぞ!」


 客席の誰かが叫ぶと、素早く会場全体を覆うように障壁が重ねられていく。

 次の瞬間、炎の息が襲い掛かってくるが、障壁に阻まれる。

 客席にいた魔術師たちが、障壁を張ったようだった。


「無事に防ぎましたねえ。でも、外にも竜ほどではないとはいえ、魔物をたくさんご用意しましたよ。戦える方は、そちらに行くことをおすすめしますよ」


 赤黒い翼の魔族の言葉を裏付けるように、会場の外から悲鳴が聞こえてきた。

 パニックに陥りつつある客席だが、その中でも冷静なハンターや宮廷魔術師といった存在はいた。


「障壁はまだ保つ! まずはあの魔族を倒せ!」


 誰かがそう叫び、魔族に向けて攻撃魔術が放たれる。

 しかし、客席には魔術障壁が張られていて、攻撃魔術は魔族に届くことなく消えてしまう。

 それを見た別の者が、短剣を魔族に向けて投げつけた。

 ところが、それも途中で見えない壁に阻まれて、落下してしまう。


「残念ですけれど、攻撃は届きませんよ。舞台の上に邪魔者が入らないよう、封鎖させてもらいましたからねえ」


 嘲笑うように言い放つと、赤黒い翼の魔族は舞台の上に降りてきた。

 控えていた三人の魔族もそれに続く。


「まさか……いくら優れているとはいっても、あの二人はまだ学生だぞ! そんな子供に魔族の相手をさせるなど……!」


「……魔族は、俺たちが倒します。竜と、外の魔物をお願いします」


 誰かの焦る声が響くが、静かなブラントの声がそれを打ち破った。

 決して張り上げたわけでもないのに、その声はよく通り、客席が一瞬静まり返る。


「……戦える者で手練れは竜を! それ以外の者は外の魔物だ! 戦えぬ者は指示があるまで待機し、順次避難せよ!」


 沈黙を破り、一階席からエドヴィンの声が響いた。

 有無を言わさぬ落ち着きに満ちた声は、支配者のものだった。

 まだ混乱は抜けきらないものの、人々がその声に従って動き出す。


 同じく一階席にいた学院長も、周囲に指示を出していた。

 客席全体では怯えて動けない者もいたが、学生を含めて戦う力を持っている者も多いことから、大混乱に陥ることなく、かなり秩序を保っている。

 もし一般の街中で同じことが起きたら、今頃は互いに押しのけ合い、逃げ回ってとんでもない混乱状態になっていただろう。


「……さて、では始めましょうか」


 赤黒い翼の魔族は客席の様子には一切構わず、アナスタシアとブラントに向き合った。

 今まで聞こえてきた外からの喧騒が、一切聞こえなくなる。


「お前たち、まずはその小娘を殺せ。一度だけではまだ死なない。辱め、いたぶってから殺せ」


 三人の魔族に向け、赤黒い翼の魔族が冷酷に指示を出す。

 それを聞き、ブラントが憤怒の表情を浮かべて、アナスタシアをかばうように前に出る。


「本当は、こんなところでやりたくなかったのですよ。でも、私たちにも後がないのですよねえ……だから、諦めてください」


 赤黒い翼の魔族はアナスタシアとブラントの間に、障壁を作り出す。

 そこに気を取られたブラントの隙を狙い、赤黒い翼の魔族は衝撃波を放った。

 咄嗟に飛びのいてかわしたブラントだったが、アナスタシアから遠ざけるように、赤黒い翼の魔族は何度も追い立てていく。


「王子さまの相手は私、ヨザルードが務めますよ」


 赤黒い翼の魔族はそう名乗りながら、攻撃の手を緩めない。

 ブラントは防ぐのに精いっぱいで、アナスタシアから離れてしまった。

 以前戦ったときよりも、赤黒い翼の魔族ヨザルードの強さが増しているようだ。もしかしたら、ダンジョンコアを砕いて力を得たためかもしれない。


 いつの間にか障壁は消え、アナスタシアは残る魔族三人に取り囲まれた。

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