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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第2章 学院祭

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55.降参

 拳を触れさせることができれば、後は魔力を一気に叩き付けるだけだ。

 しかし、触れてから魔力を流すまでの、ほんのわずかな瞬間に、ブラントの姿が消える。

 アナスタシアが叩き付けた魔力は行き場を失い、三歩ほど下がった場所にブラントが現れた。


「……切り札まで、あっさり潰されたな」


 苦い表情で呟くブラントだが、首から提げられている青い玉は無傷で輝いていた。

 アナスタシアの魔力が届く前に、短い距離を転移してかわしたのだ。


「何ですか、これ……」


 思わず、アナスタシアは呻く。

 今の魔術は、前回の人生も含めて初めて見た。

 先ほどの一瞬で懐に入り込んできた魔術といい、瞬時に転移されては打つ手が無くなってしまう。

 いつの間にこんな魔術を身に付けていたのかと、恐ろしくなってくる。


「攻撃が当たった瞬間に回避する術式を組み込んでいたんだ。ただ、一度発動すると次はかなり時間を空けないといけないから、二度目は無いよ」


 ブラントが律儀に答える。

 二度目は無いというのは安心できる要素だったが、状況は変わらない。

 ブラントは切り札を潰されたと言ったが、追い詰められつつあるのはアナスタシアのほうだろう。

 もし、先ほどの懐に入り込んでくる転移を使われた場合、防げる自信はない。

 これも二度目は無いことを祈るしかなかった。


 しかも、アナスタシアはだんだん疲労を覚えてきた。

 時間が経てば経つほど、アナスタシアが不利になる。

 体力、魔力量共に、もともとブラントのほうが圧倒的に勝っているのだ。

 持久戦や消耗戦になれば、間違いなくアナスタシアは負ける。

 なるべく短期で決着を着けたかったのだが、やはり相手が相手だけに、難しいようだ。


「よかったら、後で教えるよ」


 にっこり笑いながら、ブラントは光の刃を放ってきた。

 アナスタシアは障壁を張って防ぐが、光の刃は勢いを弱めることなく、次から次へと襲いかかってくる。

 障壁を維持するのに、魔力が削られていく。


 先ほどの魔術を教えてもらえるのは嬉しいが、今はそれよりも魔力が減り続けるのが問題だ。

 魔力量が半分以下になれば降参だと最初に決めている。

 決勝戦に至るまでの戦いでも、それなりに魔力を消費していたこともあり、もうあまり余裕はない。

 対して、ブラントはまだまだ魔力量が十分残っているはずだ。

 アナスタシアの脳裏に、降参という言葉がよぎる。


『殺せばよい』


 そのとき、頭に声が響いた。

 アナスタシアは、はっとする。

 本当になりふり構わなければ、まだ手があるのは確かだ。

 一度は殺すようなダメージを与えても問題ない戦いでもある。


 だが、例えば魔力回路を激しく損傷する、あるいは手足を欠損するといったような場合、どこまで実際にダメージを受けるのかがわからないのだ。

 おいそれと、なりふり構わぬ手は使えない。


『手段を選んでいる場合か?』


 再び、頭に声が響く。

 これはいったい、何なのだろうか。

 自分の心の内の声が語りかけているのだろうか。

 それほど勝利にこだわっていただろうかと、アナスタシアはだんだんわからなくなってくる。

 頭の中に、靄がかかっているようだ。


 そのとき、魔術を放つブラントの魔力回路が見えたような気がした。

 魔力回路を破壊してしまえばよいと、頭に浮かぶ。

 なりふり構わぬ手を使うのならば、魔力回路の破壊はかなり有効だ。

 魔術をまともに使用できなくなり、ただ動くだけでも苦痛をもたらすことになる。そうなれば、止めを刺すのは難しくない。

 以前、ブラントの魔力回路には触れたことがあるため、探るのは容易だろう。


 アナスタシアはそう考え、ブラントを見据える。

 だが、風になびく銀色の髪が目に入ったところで、何かがおかしいと感じた。

 魔力を帯びながら立つ姿はこれまで幾度となく見てきたもので、どこか遠くに追いやられていたアナスタシアの意識が、引き戻される。

 わき上がってきていた殺意が、急速に萎んでいく。


 魔力回路の破壊など、魔術師としての命を奪うのと同じことだ。

 まして、アナスタシアはブラントが魔力回路を損傷して苦しんでいる姿を見たことがある。

 それをもう一度見たいのかと己に問いかけ、今まで考えていたことにぞっとする。


「私は、何を……」


 障壁を維持したまま、アナスタシアは愕然と呟く。

 ブラントが苦しむ姿など、見たくはない。

 そもそも、この戦いは相手を潰すためのものではなく、命が保証された状態で挑む単なる試合、いわば遊戯の延長線上にあるものだ。

 そうでなければ、好きな相手と戦えるはずがない。


 どうせ戦うのならば、勝ちたいという気持ちはある。

 だが、ブラントと勝利を天秤にかけて、どちらに傾くかなど、考えるまでもないはずだ。


 明らかに、精神状態がおかしい。

 頭によぎった声も、己のものではないだろう。

 ということは、もしかしたらという思いが、アナスタシアによぎる。

 予想が正しければ、今、アナスタシアがするべきことはひとつしかない。


「……降参します!」


 アナスタシアがそう叫んだ瞬間、空が闇に覆われた。

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