48.言いなりにはならない
余裕を浮かべたまま、エドヴィンはお付きの者たちを従えて去って行った。
アナスタシアたちも場所を移し、人の姿が無い場所に行く。
「ええと……その……黙っていて、ごめんなさい……」
学院のはずれに落ち着くと、アナスタシアは口を開いた。
いつか話そうとは思いつつ、相手の態度が変わってしまうのでは無いかと恐れ、アナスタシアはなかなか自分の生まれについて言えなかったのだ。
エドヴィンが明かしてしまったことに腹立たしさを覚えたが、それは早く言わなかった自分の責任でもある。
「……想像以上でしたけれど、納得でもありましたわ」
「まあ、貴族だろうとは思ってたけど……王族は予想以上だった」
レジーナとホイルは、まだ圧倒されたような顔のまま、呟く。
気まずい雰囲気が流れる。
「……まだ、ステイシィとお呼びしてもよろしいのかしら?」
沈黙を破って、レジーナがおそるおそる口を開く。
今までと同じように接してもよいのかということだろう。
「もちろん……! ありがとう、レナ……」
感極まって、アナスタシアはレジーナの手を握り、頷く。
受け入れてもらえたのだと、アナスタシアは喜びに満たされる。
「えっと……つまり、今までどおりでいいってことだよな? 王女殿下って呼べってことじゃないよな?」
ホイルもやや及び腰になりながらも、確認してくる。
「うん、今までどおりにしてほしい。ホイルにそんな呼び方されたら、何だか気持ち悪い」
「……どういう意味だよ」
ホイルが膨れた顔をする。
だが、このやりとりは普段と同じもので、アナスタシアは安心する。
「じゃあ、わだかまりも解けたところで、これからのことを話そうか」
それまで黙って成り行きを見守っていたブラントが、話を切り出す。
「……先輩は知ってたのかよ」
「そりゃあ、当然」
やや眉をひそめるホイルに対し、にこやかな笑みで答えるブラント。
「ちっ……ちょっと付き合ってるからって偉そうに……」
舌打ちしてぶつぶつと文句を呟くホイルだが、ブラントはにこやかな笑みを崩さない。
「ああ……前にステイシィがあれほど悩んでいた理由はこれでしたのね。国が関わるとなれば、そう簡単に政略結婚から逃げることなどできないでしょうし、それにあの傲慢な皇子……苛立ちますわね」
思い出したように、レジーナが口を開く。
アナスタシアは一瞬、悩んでいたとは何のことだろうかと思ったが、すぐにブラントに告白された後のことだと気づいた。
本当はフォスター研究員の未来について思い悩んでいたのだが、対外的には政略結婚のことで悩んでいることにしていたのだ。
「あれは完全に魔術師をバカにしていたな。あんな横柄で高慢な野郎よりは先輩のほうがまだマシだ。どうにか婚約を阻止できねえのかな」
内容に少々引っかかる部分はあったものの、ホイルもアナスタシアのことを考えてくれているようだ。
「明後日の学院主催の対抗戦、出るつもりはなかったけれど、出ることにしたよ。本当はそこで直接叩きのめすことができればいいんだけれど……無理なのが残念だ。ただ、学生のお遊びという認識だけは崩せると思う」
ブラントがため息混じりに語る。
「学院主催の対抗戦は、個人主催の対抗戦と何か違うのでしょうか?」
レジーナが首を傾げる。
アナスタシアも、前回の人生では学院主催のものも個人主催のものも対抗戦には出たことがなく、詳しいことはよく知らない。
「殺傷力の高い魔術の使用が認められるよ。一度だけ、命を奪うようなダメージを受けても無効化してくれる術がかかるんだ。中央会場そのものが一年に一度、一日だけ使える古代の遺産らしいね」
「そんな術がかかるんですね……」
ブラントの説明に、アナスタシアは唸る。
前回の人生でも、誰かが使っているのは見たことがない術だ。
「どうしても地味になりがちな個人主催のものとは違って、学院主催のは制限無しだから派手になるよ。ただ、障壁を張れないと一瞬で勝負がつくから、障壁を張れることが参加条件になっているね」
「障壁……最近、ようやく少しだけ張れるようになった程度ですわ……」
「障壁かあ……形だけなら何とかってとこだな……」
レジーナとホイルが考え込む。
「一年生で少しでも障壁を張れるなら、相当優秀だよ。その年によっては、一年生では一人もできないことがあるそうだからね」
「……先輩の一年のときは?」
「学院主催の対抗戦で優勝しているよ」
「完璧だったってことじゃねえか……ちっくしょう……」
いつものように対抗心を燃やしながら打ち砕かれて、ホイルはがっくりと呻く。
それらのやり取りを尻目に、アナスタシアはじっと考え込んでいた。
「……ステイシィ、どうかしましたの?」
「うん……ちょっといろいろ考えて……あの皇子の望みどおりにはしたくないなって思って……」
前回の人生だったら、流されるままにおとなしくしていただろう。
だが、アナスタシアは今回の人生では誰かの言いなりにならず、自分の好きなようにすると決めたのだ。
エドヴィンが求めているのは、セレスティア聖王家の王位継承権を持つ、おとなしく従順な深窓の姫君だろう。
自分は人形ではなく、意思のある人間なのだと、アナスタシアは見せつけてやりたかった。
もしそれでアナスタシアに失望して、婚約を諦めてくれれば言うことはない。
いっそ妹のジェイミーに求婚すればよいのだ。
「望みどおりにはしたくないって……まさか……ブラント先輩と一線を越えようということですの……?」
レジーナがアナスタシアの耳元でひそひそと囁く。
「ちょっ……ど……どうして、そういう話に……!」
顔が火照るのを感じながら、アナスタシアは叫んでしまう。
突然、挙動不審に陥ったアナスタシアを、ブラントとホイルが驚いた顔で眺めてきた。
そこでブラントの姿を見て、今の言葉を強く意識してしまい、アナスタシアの頭はさらに混乱する。
「そ……そうじゃなくて、私も学院主催の対抗戦に出ようと思って! 戦うの! 戦っているところを見せつけてやるの! そして失望してもらうの!」






