47.帝国第三皇子
エドヴィンの発言によって、周囲が騒然となった。
キーラは顔面蒼白になり、小刻みに震えながら、まさか、嘘だ、などとぶつぶつ呟いている。
モルヒもガクガクと震え、怯えた目でアナスタシアを見ている。
この二人はアナスタシアを身分卑しい者と決めつけ、ぞんざいな発言をしてきたが、実ははるかに身分の高い存在だったのだ。
一方、ブラントは無表情のまま、何も言わずに立っている。
以前、付き合い始めた日に、ブラントにはアナスタシアがセレスティア聖王国第一王女であることを話していたので、彼は落ち着いていた。
だが、レジーナとホイルは驚きの眼差しをアナスタシアに向けている。いつか二人にも話すつもりではあったが、こうした他人による明かし方は不本意だ。
「……この学院では、身分を持ち出すのは禁止です」
アナスタシアはやや棘のある声を出すが、エドヴィンは微笑んだままだった。
「おや、これは失礼いたしました。つい、黙っていられずに口出ししてしまいました。どうかお許しください」
礼儀正しく謝罪してくるエドヴィンだが、何か油断できないものを感じて、アナスタシアは警戒する。
前回の人生では、この時期には婚約者となっていた相手だが、アナスタシアは彼のことをよく知らない。
彼の父はジグヴァルド帝国の現皇帝で、アナスタシアの母はその妹にあたるから、彼とはいとこ同士だ。
確か年齢は二十歳程度で、あとは剣術の才があり、将軍位についていて積極的に魔物討伐を行っているといった、表面的なことしか知らなかった。
「私がここに来たのは、アナスタシア姫にお会いしたかったからなのですよ。肖像画などより、ずっとお美しい。私の未来の妻として、ふさわしい方だ」
衝撃的な発言がエドヴィンの口から飛び出し、アナスタシアは奥歯を噛みしめる。
前回の人生と違って、今日までに婚約の知らせは来なかったが、この場で言い渡されることになるのだろうか。
「……とはいっても、セレスティア国王陛下に婚約の申し入れをしても、なかなか受け入れてもらえないのです。アナスタシア姫には魔術の才があり、今は魔術学院で好きなように学ばせてやりたいという親心を察してほしい、とのことでしてね」
続くエドヴィンの言葉は、アナスタシアにより大きな衝撃をもたらした。
セレスティア国王が婚約を受け入れないという話も驚いたが、親心など絶対に嘘だ。
これまでアナスタシアに目もくれていなかった父のこと、何か企みがあるに違いない。
実際に、前回の人生では婚約が決まっていた。
当時と違うことといえば、アナスタシアが首席を取ったことだろうか。
思えば、侍女たちに世話を丸投げで、親らしい言葉ひとつかけてきたことがない父だったが、アナスタシアに魔術の才があるとわかったとき、魔術学院への留学をすすめてきた。
まともに父と言葉を交わしたのは、そのときが初めてだったかもしれない。
もしかしたら、父は力のある魔術師を欲しているのだろうか。
前回の人生では、アナスタシアの成績は第一クラスではあったものの、高位の席次がつくほどではなかった。
そのために期待外れとして切り捨てられ、婚約が成り立ったのかもしれない。
「それと、もうひとつ。こちらはついでですが、我がジグヴァルド帝国の宮廷魔術師の座を蹴ったという者の顔を見てやろうと思いましてね。……なるほど、そういうことですか」
二人寄り添うアナスタシアとブラントの姿を眺めながら、エドヴィンは意味ありげな笑みを浮かべる。
「確かに、女が好みそうな人形のごとき顔をしている。まだ世を知らぬ少女など、その見てくれだけで簡単になびくだろうな。外面の輝きにしか目を向けられないのは、幼さ故のことで罪ではないが……少しわきまえるべきだな」
エドヴィンは値踏みするような目でブラントを眺め、大上段に構える。
その物言いに、アナスタシアは不快感がわきあがってくる。
ブラントのこともアナスタシアのことも馬鹿にした言い方だ。
「念のために確認しておきたいのですが、アナスタシア姫は王家の誇りに反するような行いをしてはいないでしょうね?」
さらに、アナスタシアに向けて不躾な質問が飛んでくる。
これはつまり、お前は処女だろうなと衆目の中で尋ねてきているのだ。
「……ずいぶんと、失礼な物言いをなさいますね。場をわきまえたほうがよろしいのではありませんか?」
もちろん、アナスタシアにやましいことなどない。
ブラントとは手を繋いだだけの清い間柄であるし、エドヴィンが心配しているようなことは何もないのだが、それをこの場で言う気にはなれなかった。
「これは失礼。確かに、このような場ではふさわしくない話でしたね。取り消しましょう」
エドヴィンにはアナスタシアの態度で答えがわかったようで、安心したように微笑みながら謝罪する。
「政略結婚とはなりますが、良い関係を築いていきたいと思っています。もちろん姫の卒業まで待ちますし、結婚後も魔術に関わることを許可しましょう。ただ、戦いに出るようなことはやめて頂きたい。魔術師とは所詮、騎士に守られて遠くから魔術を放つものとはいえ、危険は危険ですからね」
まるで婚約が確定したかのように、エドヴィンは述べる。
本当に良い関係を築きたいのだろうかと、アナスタシアは首を傾げたくなってきた。
アナスタシアから魔術戦を取ったら、何が残るというのだ。
しかも、どことなく魔術師に対する偏見のようなものも窺える。
「……まるで、婚約が決まったかのようにお話しなさいますね。魔術師に対してもあまり高い評価はなさっていないようで」
「おや、つい気が急いてしまったようだ。だが、いずれそうなることでしょう。セレスティア国王陛下とて、いつまでも断り続けることはできますまい」
傲慢さを滲ませながら、エドヴィンは答える。
だが、それは実際のところ間違っていないだろう。
国力でジグヴァルド帝国に対抗できるような国は存在しない。最終的にはセレスティア国王も受け入れざるを得ないはずだ。
「それと、魔術師に対してですが、魔物に対する戦力として有能であることは認めていますよ。だが、後ろで守られるべき脆弱さでありながら態度は大きく、まるで高慢な姫君のようだという印象は拭えませんね」
さらに傲慢な言葉は続く。
しかしながら、こちらも間違ってはいない。
魔術師とは魔物に対抗する力を高めた存在だ。
人は誰でも魔力を持つものだが、魔術師となれるほどの魔力を持つ者は少ない。そのため、魔術師には己を選ばれた存在だと思う者もいるのだ。
「そちらの、学生というひよこどもの中で首席だといい気になっている小僧も、どうせ遠くから魔術を放つのが上手いだけの臆病者なのだろう。ここに来る途中で対抗戦とやらを少しだけ見たが、お遊びもよいところだった。あの程度、優勝したところで何の自慢にもならぬな」
今度はブラントに嘲りを浮かべた笑みを向け、傲岸に言い放つ。
「……個人主催の対抗戦を見た程度で語られても、何もご存知ないのだなとしか言いようがありませんね。せめて明後日に開催される、学院主催の対抗戦をご覧になってからにして頂けませんか」
ブラントが無表情のまま、淡々と言い返した。
すると、エドヴィンが一瞬、驚きを浮かべた後、口元をにやりと歪ませる。
「ふん……言い返すくらいの度胸はあったか。いいだろう、臆病者の戦い方を見てやろうではないか」






