45.干し肉戦決着
開始直後、家臣の男は自身に強化魔術と防御魔術をかけて、ブラントに突っ込んでいく。
対するブラントは、それを魔術で防ぐわけでもなく、彼も己自身に強化魔術と防御魔術をかけた。
家臣の男はブラントの顔面めがけて拳を放つが、ブラントはそれをかわして蹴りを入れる。だが、家臣の男は腕で受け止め、後ろに下がった。
「……そのお綺麗な顔に一発入れてやりたかったが、無理か。つーか、何で格闘できるんだよ。こういうのは、魔力に自信がない奴のやり方だろうが。あんたみたいに魔力高い奴は魔術だけ使ってろよ」
「魔術を使ったら一瞬で終わる。それじゃあ、つまらないだろう」
二人は言い合うと、再び拳と蹴りの応酬を繰り広げる。
強化魔術と防御魔術を使用してはいるが、もはや魔術戦ではなく格闘戦だ。
技術面では家臣の男が有利なようだったが、身体能力は強化魔術の質の高さもあってブラントのほうが圧倒的だった。
家臣の男が攻撃を当てても、ダメージはほとんど通っていない。
ブラントが当てる回数のほうが少ないが、より多くダメージが蓄積されていくのは、こちらのほうだった。
「いやいや……まだ未熟な状態でこれとは、末恐ろしいな。帝国の宮廷魔術師を蹴ったのは、本当に残念だ」
「何故、それを……?」
疲労の滲む顔で家臣の男が呟くのを聞き、ブラントは眉根を寄せる。
ブラントはジグヴァルド帝国からの誘いを正式に断ったが、モルヒの家臣に過ぎないこの男が何故知っているのかと、訝しむ。
「いろいろ事情があるんだよ……っ!」
今の言葉によって生じた隙を狙い、家臣の男はブラントに体当たりしようとする。
ブラントの後ろは、舞台の端だった。
それまで、じわじわと舞台の端に向かって動くよう誘導されていたのだと、ブラントは気づく。
場外負けを狙っていたのだろう。
「……っ」
ブラントは咄嗟に、魔力を乗せて蹴りを放った。
アナスタシアは拳に魔力を乗せるが、ブラントは蹴りのほうが乗せやすかった。
だが、術式を乗せるといった器用な真似はできず、ただ魔力に任せるだけである。
それでも、威力は十分だった。
体勢を崩した状態からの蹴りにも関わらず、家臣の男の防御魔術を貫き、反対側の舞台の端まで吹き飛ばしていった。
そのまま、家臣の男は舞台から転げ落ちてしまう。
「あ……」
ブラントは、しまったと顔を引きつらせる。
学院ダンジョンで魔物たちを爆発させていたような技だ。咄嗟に使ってしまったが、殺してしまったのではないかと不安になる。
「……くっ……がはっ……お、おい……今のは何だよ……強化魔術だけじゃないだろ……何をやったんだ……」
だが、舞台から落ちた家臣の男は、よろめきながらも上半身を起こした。
「……魔力を直接叩き付けただけだ」
家臣の男が生きていたことに安堵しながら、ブラントは答える。
「ええ……あんな咄嗟に……? しかも、そんなの効率が悪いだろ……いや、だからこそ咄嗟にできるのか……でも、直接……」
「……お……おい! お前が負けてどうするんだ! 僕はどうすれば……!」
ぶつぶつと考え込む家臣の男に向け、モルヒの焦った声が飛ぶ。
「あー、もう潔く戦って負けるしかありませんね。ある意味、個人主催の対抗戦優勝なんかより、三年首席と決勝で戦って負けるほうが価値がありますよ。わかっている人間には、三年首席が出るくらいの競争率激しい戦いに勝ち上がっていったって映りますから」
「そ……その前に、戦ったら痛いだろうが! もう、対抗戦なんてどうでもいいから、お前が僕を守れ!」
「無理でーす! あばらが何本かいっちゃってて動けませーん! 自分でまいた種くらい、自分で刈り取ってくださーい!」
家臣の男は陽気に答えると、その場で仰向けに寝転んだ。
「そ……そうだ……お前の無礼を許してやろうじゃないか……それに、賞品も持っていってよい。あんな干し肉など、高貴な僕には合わないが、貧しいお前たちにはぴったりだろう」
「すげえな、こいつ……まだ自分の立場がわかってねえ……」
傲慢なモルヒの発言に、ホイルが呆れを通り越して感心すらしたように呟く。
「うん……今、戦って結構気分が晴れたから、土下座するくらいで許してやろうかと思っていたんだけれど……やめよう」
ブラントは呆れた眼差しをモルヒに向けると、踵を軽く踏みならした。
「……ぐっ……!?」
その途端、モルヒが喉を押さえて苦しみ始める。
だんだんと顔から血の気が失せていき、その場に膝をついてうずくまった。
「先輩……また殺しかけてるけど、わざと?」
「いや、言葉だけ封じるつもりだったんだけれど……ここまで弱すぎるって……これ、殺さない自信がなくなってきた」
のんびりと会話を交わしたまま、ブラントは術を解除しない。
やがて真っ青になったモルヒが痙攣し始めた頃、やっとブラントはもう一度踵を踏みならして解除した。
息も絶え絶えになったモルヒは、必死に新しい空気を求めて息を吸い込む。
ブラントはつかつかとモルヒの前まで歩いて行くと、蔑んだ眼差しを向けて見下ろした。
「選ばせてやるから、どういう目に合いたいか教えてくれないかな。なるべく殺さないようにはするけれど、もしうっかりしてしまっても、自分が選んだ方法なら諦めもつくだろう」
つまらなさそうな顔で淡々と述べるブラントを見上げ、モルヒはガクガクと震える。
「た……たす……け……」
「下手に魔術を使ったら、すぐ死んでしまう可能性が高いから、物理的な攻撃がおすすめかな。その体だったら、かなり攻撃を吸収しそうだ」
「わ……悪かった……僕が悪かったから……」
涙と鼻水で顔をべちゃべちゃにしながら、モルヒは許しを請う。
プライドを捨てて這いつくばる姿を見て、ブラントはため息をついた。
「……もう、二度とアナスタシアさんに話しかけるな、近づくな」
「わ……わかった……話しかけない……近づかない……」
モルヒは何度もコクコクと頷く。
それを眺め、ブラントは一際大きな息を吐き出すと、足を大きく振りかぶって、モルヒを蹴り上げた。
「ぶふぉ……!」
巨体が宙を舞い、舞台の外に墜落した。
大きな音が響き、モルヒが地面に突っ伏してひくひくと体を小刻みに震わせる。
これで二人とも場外に出たことにより、決着がついた。
干し肉一年分を賭けた戦いに終止符が打たれたのだ。
「干し肉一年分……やった……! 俺、何もしていないわりに疲れたけど……!」
「……やっと終わった……」
拳を握りしめて喜ぶホイルと、ぐったりとしたブラント。
そのまましばらく待ち、賞品を受け取って舞台を降りたところで、会場に駆け込んでくる姿があった。
「ブラント……こんなところにいるなんて……! もうすぐ、対抗戦が始まってしまいますわ! せっかく、あなたを見てもらうために開いたのに……早く、いらしてくださいな!」
三年次席のキーラが、息を弾ませながら叫んだ。






