40.管理者代理
歪んだ空間から、光が弾ける。
体の内側に直接叩きつけられるような衝撃を感じ、アナスタシアは目を閉じてぐっとこらえる。
すぐに衝撃は収まり、軽い吐き気を覚えながら、アナスタシアは目を開けた。
ブラントは立っていたが、女子生徒二人は倒れている。どうやら女子生徒たちは気を失っているようだ。
そして、転移石の前に青い球体が浮かんでいた。
「警告。攻撃を中止して下がること。さもなくば排除する」
青い球体から、無機質な声が発せられる。
「攻撃の意思はありません」
即座にブラントがそう言って、転移石から後ずさる。
部屋の入口にいたアナスタシアのところまで、ブラントが戻ってきた。
「確かに、攻撃の意思は伺えない。ならば何故、執拗に魔物を繰り返し排除し、かつ転移石に攻撃を加えたのか」
青い球体が質問が質問してくる。
アナスタシアとブラントは、顔を見合わせた。
「何度も魔物を倒したのは、ただ訓練したかったからです。転移石に攻撃を加えてしまったのは、偶然の事故です。転移石に攻撃したのは倒れている二人ですが、本当は違う相手に攻撃したかったようです」
ブラントが説明するが、最後のほうは苛立ちが混ざっていた。
もちろん青い球体に対するものではなく、女子生徒たちに対するものだろう。
「なるほど、偶然が重なっただけだと。倒れている二名は、この程度の衝撃波に耐えられない程度の抵抗力しかないのであれば、精神支配を強く受けたのも頷ける話だ。もうひとつ問おう。このままおとなしく戻る意思はあるか」
「はい、もともと戻るつもりでしたから」
さらなる質問にブラントが答えると、青い球体はちかちかと、どことなく満足そうに点滅した。
「ならばよい。偶然に発生した事故として処理しよう。転移石を調整するので、しばし待つがよい」
青い球体がそう言うのを聞き、転移石を使わせてくれるという親切さに、アナスタシアは驚く。
今までの会話から、青い球体はこのダンジョンの管理者である可能性が高い。
そして前回の人生での経験上、ダンジョンの管理者とは魔族だったはずだ。
「……あなたは、このダンジョンの管理者ですか?」
アナスタシアは問いかけてみる。
「そう呼んで差し支えないだろう。だが、正統な管理者とは、我が主のことだった。我は代理といったところだ」
答えは期待していなかったのだが、青い球体は律義に答えてくれた。
「……あなたの主は……魔族ですか?」
もしかしたらと思い、アナスタシアはさらに問いかけてみる。
隣にいるブラントがぴくりと反応したが、何も言うことはなかった。
「魔族。その呼び名を、我が主は好ましく思っていなかった。もともと魔族とは魔を管理する者だったというのに、今や魔に堕ち、黒く染まった翼の者どものことを指すようになってしまったと、よく嘆いておられた」
返ってきた答えは、アナスタシアの知らない話だった。
アナスタシアの知る魔族とは、黒い翼を持つ魔力に長けた者たちだ。だが、この話によると、そうではない魔族もいるらしい。
「……魔族も一枚岩ではないと?」
眉根を寄せながら、ブラントが呟く。
「我が主は、無垢な輝く翼の持ち主だった。黒い翼の者どもがもたらした災いに対抗できる力を与えるべく、このダンジョンを構成していった。個に大きな力を与える者もいたが、ここは多数に必要なだけの力を与えるのだと」
無機質な声が、歌うように語る。
ブラントは何かを考え込み、口を引き結んでいた。
アナスタシアの脳裏に真っ先に浮かんだのは、セレスティア聖王国の名の由来ともなった、天人セレスティアのことだ。
彼女は銀色の翼を持つ天の使いであり、勇者に聖剣を授けた存在として伝わっている。
輝く翼の持ち主、そして個に大きな力を与えるということで、彼女のことが思い出されたのだ。
「だが、生成できる魔物の数は限られている。こうも短期間で多く倒されてしまうと、追いつかないのだ。ここに流れてくる魔の総量は変わらぬ故にな。そのため、精神支配を強めにして遠ざけようとしていたのだが、ここにたどり着ける者ならその程度抵抗できるということ、参考になった」
そして、独り言のように無機質な声は続けられる。
女子生徒たちが正気を失ってしまったのは、おそらく精神支配のためなのだろうと、アナスタシアは考える。
アナスタシアも少し影響を受け、ブラントはあまり変わらないようだったのは、魔力抵抗力の差だろう。
それと、もうひとつ気になることがある。
流れてくる魔の総量が変わらないと何気なく言っていたが、それはどこか大元になる場所があって、そこから流れ込んでくるのだろうか。
もし、ダンジョンコアを破壊して流れがせき止められた場合、行き場を失った魔はどこに行ってしまうのだろう。
アナスタシアの前回の人生では、旅の終わりに近づけば近づくほど、魔物の強さや数が増していった。
当時は、魔王に近づいているため、魔物もより魔王の恩恵を受けることができているのだろうくらいにし考えていなかった。
だが、その理由が何故か、本当の答えに触れているような気がして、アナスタシアはぞくりと身を震わせる。
「さて、調整も終わった。戻るがよい」
物思いに沈んでいるアナスタシアを引き戻す声が響いた。
はっとして、アナスタシアは俯きがちになっていた顔を上げると、転移石が淡く輝いていた。
いつもならば、触れることによって転移が発動するのだが、すでに魔力の流れがアナスタシアたちを取り囲み始めている。
もう間もなく転移させられてしまうだろう。
「……あなたの主の名前を教えてください!」
何か質問をするのなら、この瞬間に一度きりしかチャンスはない。
そう思ったアナスタシアの口から出たのは、このダンジョンの正統な管理者の名を問うことだった。
何故それが出たのかは、自分でもよくわからない。
そして、答えが返ってくることも期待できない問いだ。
「…………」
やはり答えはないまま、転移が発動した。
目の前の景色が歪んでいく。
「……懐かしい方と似た香りに免じて答えてやろう。我が主の名はラピス。人々からは紺碧の魔術師と呼ばれていた」
転移が終わる直前、ごく小さな声がかすかに聞こえてきた。
答えがあったこと、そして出てきた名にもアナスタシアは驚く。だが、その名は納得でもある。
紺碧の魔術師ラピスといえば、魔術学院の創設者の名だった。






