195.武術大会本戦
一般参加の武術大会の本戦は、王城地区にある闘技場で行われる。
貴賓席には、メレディスとパメラ、そしてジェイミーの姿もあった。
アナスタシアとブラントも本来はその席にいるはずなのだが、治癒術師として闘技場の治療室で待機することとなる。
だが、本戦は出場人数が予選のように多くないため、治療の合間に試合を観る余裕もあった。
やはり、勇者シンは出場者の中にいた。
一回戦の対戦相手の大男を、いともあっさりと倒す。
まだ子供のように小柄なシンが大男を下したことに、会場は沸く。
「……強いね」
試合を眺めていたブラントが、ぼそりと呟いた。
「いちおう、勇者だからね……」
アナスタシアも頷く。
前回の人生での経験を受け継ぎつつ、この半年間でハンターとして鍛えてきたのだろう。
アナスタシアが知る勇者シンよりも、さらに強くなっているようだった。
「あれって、天人教団の……?」
「グローリア……? 出場していたのね」
さらに、天人教団の聖騎士であるグローリアも出場していた。
すでに一回戦は勝ち上がったようで、二回戦だ。
前回の人生で経験を積んだ後の強さには遠く及ばないが、それでも対戦相手を圧倒して勝利を収める。
対戦相手は頭から血を流しながら、自力で立てずに運ばれていく。
「これは出番かな」
ブラントの呟きにアナスタシアも同意して、二人は治療室に向かう。
運ばれてきたグローリアの対戦相手を治療し終えると、入れ替わりで次の負傷者がやって来た。
そこからは試合を観に行く余裕がなかなか無くなってしまう。
アナスタシアとブラント以外にも治癒術師はいるが、見習いばかりだ。彼らへの指導も兼ねているので、負傷者を任せきりにはできない。
やっと手が空いたのは、準決勝になってからだった。
しかも、すでに決勝進出のひとつ目の枠はグローリアが勝ち取っている。
残りの枠を、シンと長身の男が争う。
この試合が終われば、決勝戦の前に休憩が挟まれる。
その時間こそ、シンと接触する好機だった。
あと少しだとアナスタシアは緊張しながら、試合を見守る。
ところが、手加減を間違えたのか、シンは対戦相手の長身の男を完膚なきまでに叩きのめしてしまった。
大量の血を流しながら、長身の男は倒れ伏す。
見ていたアナスタシアも、長身の男が死んだのではないかと思うほどだ。
だが、まだ息があるようで、急いで運ばれていく。
「すぐに終わらせて向かうから……!」
そう言って、ブラントが治療室に急ぐ。
ブラントも治癒術は使えるが、アナスタシアほど洗練されていない。
膨大な魔力があるので力押しが可能だが、無駄が多い分、アナスタシアよりも時間がかかるのだ。
しかし、もしこのような事態が起こったときは、アナスタシアが一人でもシンのところに行くのだと、事前に二人の間で決めていた。
シンを知るのはアナスタシアなので、アナスタシアが行かなければ話にならない。
一人で立ち向かうことに恐怖はあったが、この機会を逃すわけにはいかないのだ。
アナスタシアは己を叱咤しながら、シンの控え室へと向かう。
「ええと、治癒術師さん? 何か用でも? あれ……どこかで見たような……でも、思い出せないな……」
すると、控え室の前でちょうど試合から戻ってきたシンと会った。
アナスタシアを見て考え込むシンを見て、アナスタシアは震えそうになる体に力をこめ、足を踏みしめる。
今この場にブラントはいなくても、すぐに向かってくれると言っていた。
一人ではないのだと、アナスタシアは自らの手首で輝く腕輪を眺めながら、頷く。
「……久しぶりね、シン。あなた、魔王を倒して過去に戻ってきた、勇者シンなのでしょう?」
アナスタシアは顔を上げると、単刀直入に切り出す。
どうにか、声は震えなかった。
「……きみは、誰だ?」
シンの目つきが変わる。
警戒した様子で、アナスタシアを窺ってくる。
「あなたに用済みと言われ、捨てられたアナスタシアよ」
一度自分から声をかけてしまうと、次は怯むことなく言い返せた。
すると、シンが大きく目を見開いて、アナスタシアをじろじろと眺めてくる。
「アナスタシア……!? 嘘だろ……アナスタシアはこんな美人じゃなかった……いや、そんなことよりもまさか、過去に戻ってきたというのか……?」
「そうよ。あのとき絶望したまま死んで、気付いたら戻ってきていたのよ」
アナスタシアはシンを睨みつけながら答える。
前回の人生の最期を思い出すと、恐怖よりも怒りが勝ってきた。
「ええ……どうして僕以外が……まさか、バグ……? いや、もしかして隠しシナリオ……? そういえば、結構違いがあったような……」
「何をぶつぶつ言っているの?」
シンが何を言っているのかさっぱりわからず、アナスタシアは苛立った声を出す。
「うーん……きみに説明してもわからないと思うんだけど、この世界の主人公って僕なんだよね」
「はい?」
思わず、アナスタシアは間抜けな声を漏らしてしまう。
すぐには意味が飲み込めなかったが、徐々に意味が染みこんでくると、世界の主人公とは随分と思い上がったことを言うものだと、呆れ返る。
確かに勇者なのだから、重要人物の一人ではあるだろう。
だが、主人公というのは言い過ぎだ。
もっとも、これまでの自分本位なシンを思えば、自分を中心に世界が回っていると本気で思っているのかもしれない。
「ええと……そもそも、この世界ってゲームの中の世界になるんだよね。聖剣を授かった勇者が主人公で、魔王を倒すっていう内容のゲーム。僕はその中に迷い込んだ、つまり呼び寄せられた勇者っていうことになる。だから、僕が主人公なんだ」






