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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第6章 勇者

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194.建国祭

 そのまま何の進展もなく、あっという間に前期試験の時期が来てしまった。

 結果はアナスタシアが首席で、レジーナが次席、ホイルが三席という、いつもの順番となった。

 レジーナとホイルは前期休暇中、ステム王国に戻るそうだ。

 実家への帰省というのもあるが、レジーナの家族に二人の仲を認めてもらえるよう、点数稼ぎをするためでもあるらしい。


 アナスタシアとブラントは、建国祭の準備もあり、セレスティア聖王国に滞在することとなった。

 この半年でマルガリテスの復興もかなり進み、二人も時折訪れていたが、何事もなく順調だ。

 パメラも次期王妃として認められ、半年後の結婚式に向けて準備が進められている。

 少なくとも表面上は大きな問題もなく、穏やかに時間が流れていた。


 だが、ベラドンナがずっと探っていたにも関わらず、ジェイミーに問題となる行動は見つからなかった。

 そして、建国祭を前にしてジェイミーの謹慎が解かれたのだ。

 まだ見張りはついているのだが、住居も離宮から王女宮へと戻った。

 それでもジェイミーはおとなしくしてるらしい。


 アナスタシアには、ジェイミーがおとなしくているのも、建国祭のときに何かをしでかすためとしか思えず、緊張感が拭えない。

 しかし、単なる勘であり、根拠はないので、手を打つこともできずに建国祭を待つだけだ。

 勇者シンのこともあり、建国祭が近づくにつれて不安が募ってくるアナスタシアだが、ひとつだけ手放しで喜べることがあった。


「胸が……成長している……」


 以前のドレスに仕立て直しが必要になるほど、胸に明らかな変化があったのだ。

 ララデリスからもらった成長を促す薬は、効果があったらしい。

 アナスタシアはララデリスに感謝しつつ、何か礼をしなくてはと心に留めておく。

 もう絶壁とは言わせない。


「お姉さま、おめでとうございます!」


 だが、侍女として控えているベラドンナの盛り上がった胸を見て、アナスタシアは心が曇っていく。

 これに比べれば、ささやかと言わざるを得ない。


「……出かけてくるわ」


 喜びに水を差されたようではあったが、成長したのは事実だと自分に言い聞かせ、アナスタシアはベラドンナを残して瑠璃宮を出て行く。

 向かう先は、王家の霊廟だ。

 特殊な場所になっているかもしれないと聞いてから、国王メレディスに許可をもらって、アナスタシアもこれまで何回か訪れている。

 結局、エリシオンの魔力が及ぶという意味では特殊な場所ではなかったのだが、それでも霊廟というだけあって、神聖で厳かな雰囲気が漂う場所だ。


 王家の霊廟に、前王妃デライラはいない。

 魔物化して、灰と消えたためだ。名だけが記されている。


 アナスタシアの母ファティマは、ここに眠っている。

 名前しか知らぬ母だが、この霊廟にいると優しい思いが伝わってくるようだ。

 母が持っていたというブローチも、温かく感じる。


「……お母さま、見守っていて下さい」


 おそらく、建国祭が決着の場となる。

 今度こそしっかり向き合い、立ち向かっていけるようにと、アナスタシアは祈りを捧げた。




 いよいよ建国祭の日がやってきた。

 建国祭は五日間続き、王城地区の一部が開放されて催しが行われる。

 アナスタシアはブラントと共に出席するが、最初は挨拶以外にすることがない。


 ジェイミーも出席していたが、メレディスのつけた護衛と侍女がぴったりと寄り添っている。

 見張りでもあるのだろう。


「ごきげんよう、お姉さま。素晴らしい建国祭になりそうですわね」


 落ち着いた様子で、ジェイミーはアナスタシアに挨拶してくる。


「ええ、良い天気にも恵まれて、素晴らしいこと」


 アナスタシアも返事をするが、二人の会話はそれで終了となった。

 当たり障りのない態度を取ってはいるものの、ジェイミーに仲良くしようといった意思は窺えない。

 それでも、こうして最低限の礼儀を守っているのだから、やはり以前のジェイミーとは違うようだ。


 一般参加の武術大会は、建国祭三日目に予選、四日目に本戦となっている。

 アナスタシアは治癒術師として手伝いを申し出ていた。

 もしかしたら、勇者シンが聖剣を手にする前に接触できるかもしれないとの期待からだ。


 建国祭一日目と二日目にも、アナスタシアは勇者シンがいないかと探してみた。

 ブラントも同様に探したが、見つけることはできなかった。

 訪れる人が多すぎて、一人を見つけ出すのは困難だ。


「……探知系の魔術使ってもよくわからないし、これって、しかるべきときにならないと会うこともできないっていう、巡り合わせでもあるのかな」


 眉根を寄せながら、冗談交じりに呟くブラントだったが、案外その予想は的を射ているのかもしれない。

 ある程度起こる出来事が決まっていて、それに向かっているのだとしたら、十分にあり得る話だ。

 特に勇者シンは迷い人だというのだから、不思議な運命を持っていてもおかしくないだろう。


 そして建国祭三日目、一般参加の武術大会の予選が行われた。

 アナスタシアは身分をおおっぴらにせず、治癒術師として裏方で働く。ブラントも治癒術師兼アナスタシアの護衛として、一緒だ。

 武術大会は魔術禁止で、使用武器は刃を潰した剣となっている。

 死人は滅多に出ないが、怪我人は多い。


 予選は参加人数も多いため、アナスタシアは忙しく働いていた。

 だが、次から次へと怪我人はやってくるものの、その中に勇者シンの姿は見当たらない。


「お嬢さん、よかったらこの後一緒に……」


「失せろ」


 たまにアナスタシアを口説こうとして、ブラントに蹴り飛ばされている者もいたが、大きな揉め事もなく予選は終わった。

 結局、勇者シンの姿を見つけることはできなかった。

 聖剣がなくとも、死線をくぐり抜けてきた勇者シンは、この程度では傷を負うこともないのだろう。


 しかし、本戦出場者にシンという名を見つけ、アナスタシアは息をのむ。

 会わなかっただけで、どこかに勇者シンはいたのだ。

 明日の本選は、十六名で競うことになっている。今日は人数が多すぎてよくわからなかったが、明日は見つけられるだろう。

 いよいよ決着のときが近づいているのだと、アナスタシアは貼り出されたシンの名をじっと見つめていた。

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