192.切り替え
「死んだ……?」
呆然としながら、アナスタシアはエリシオンの言葉をなぞる。
モナラートの祭りの占い師とフオナは別人ということだろうか。
それとも、本人だったとしてその後、事故など何らかの要因で死んだか。あるいは、洗脳に関連した何かがきっかけで始末されたか。
「……いちおう魔族なのですから、そう簡単には死にませんよね。誰かに殺されたっていうことでしょうか。でも、そうだとしたら誰が……」
「私の知る限りでは、魔族では特に対立しているような相手はいなかったはずです。あとは、フオナはさほど強くないので、竜のような強い魔物と遭遇すれば負ける可能性があります」
アナスタシアの呟きに、グシオセが答える。
だが、結局のところは原因を特定できないということが、より明確になっただけだ。
「たまたま特殊な場所に迷い込んだという可能性も、ごくわずかだがある。しばらく時間をおいてから、また探ってやろう」
エリシオンがそう言い、この場はお開きとなる。
もう帰ってよいと告げられたグシオセは、フオナのことで何かわかればすぐに知らせると、協力的な態度を見せていた。
どうやら一度やらかしているため、これ以上不興を買わないようにと、必死らしい。
「そうだな……聖剣の近くならば、もしかしたら特殊な場所となっているかもしれぬ。近いうちにメレディス殿と再び茶を飲む約束をしているので、そのときにでも念のために調べておこう」
グシオセが去った後、ふと思い出したようにエリシオンが口を開いた。
聖剣の近くという可能性もあるのかと納得しつつ、メレディスと再び茶を飲む約束をしていたということに、アナスタシアは驚く。
先日、一緒に茶を飲む約束をしているという話は聞いたが、その後も続いているようで、いつの間にか茶飲み友達になっていたらしい。
「聖剣は確か霊廟に安置しているのであったな。セレスティアの墓参りをしたいとでも言えばよかろう」
独り言のようなエリシオンの呟きで、アナスタシアはジェイミーが王家の霊廟に通っているのは、聖剣のためだったのかと納得する。
勇者シンがこの世界に呼び出された後も通っているようなので、他に狙いがあるのかもしれない。
ジェイミーのことを調べておく必要があるだろう。
この話はそれでいったん終了となった。
せっかく来たので一緒に食事をとエリシオンが言い、夕食をご馳走になってから帰ることにする。
ブラントはエリシオンから戦闘訓練を受けることを約束させられていた。
本格的に鍛えようという事らしい。
誰も寿命のことについては口にすることなく、穏やかな雰囲気のまま、アナスタシアとブラントは学院に戻った。
翌朝、食堂で会ったレジーナは、昨日のことについて尋ねてきた。
その後の魔王城での出来事のほうが印象的で忘れていたが、そういえば嫌がらせの手紙が発端だったと、アナスタシアは思い出す。
やはりブラントとキーラは手紙にあったようなことはなく、女子生徒たちの嫌がらせだったと答える。
キーラが一夜限りでもと願い、だんだん落としていって、最後には握手で折れたのを、重要な部分を飛ばして語ったためだと説明すると、レジーナも苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「……迷惑な方ですわね。それで、嫌がらせをしてきた女子生徒たちはどうしましたの?」
「話し合いで平和的に解決したわ。誰も死んでいないし、再起不能にもなっていないから、安心して」
不安そうに尋ねてきたレジーナに対し、アナスタシアは安心させようと微笑む。
洗脳の影響を受けていたことは、話が面倒になりそうなので、黙っておくことにする。
「それなら良いのですけれど……。あと、もうひとつだけ気にかかることがありますのよ」
真剣な表情のレジーナに、アナスタシアは何事だろうと首を傾げる。
まさか洗脳の可能性に気付いたとでもいうのだろうか。
「……ステイシィはブラント先輩と二人きりで、濃密な夜を過ごしましたの?」
だが、レジーナがアナスタシアの耳元でひそひそと囁いたのは、まったく予想もしない言葉だった。
アナスタシアは絶句し、固まってしまう。
「そ……そういう話は、朝からするような話題ではないから……」
「それでしたら、放課後ならよろしいのね。詳しいお話を聞きたいですわ」
ぼそぼそとしたアナスタシアの言い訳も、レジーナはにっこり笑いながらあっさり潰す。
何も言い返せず、アナスタシアは逃げるように食堂を去っていく。
だが、レジーナも向かう先は一緒だ。逃げることなどできず、生温かい笑みを浮かべるレジーナと共に教室に入ることになる。
放課後という言葉を守って、レジーナは休憩時間には何も尋ねてくることはなかった。
もっとも、それは聞き出せることを確信しているが故の余裕にしか見えない。
「……今日は、少し実家に戻ってやることがあるから、放課後はお話しできないわ」
「まあ、そうですの。行ってらっしゃいませ。放課後は明日も明後日もあるのですもの。いつまでもお待ちしておりますわ」
アナスタシアが言い訳を述べても、レジーナは落ち着いていた。
確かに、ずっと逃げ続けることなど不可能だろう。
観念してしまったほうがよいのかもしれない。単に、何となく恥ずかしいだけで、隠し通さねばならない理由はないのだ。
だが、言い訳にしたとはいえ、実家に戻ってやることがあるというのは事実でもある。
放課後、アナスタシアは気持ちを切り替えて、セレスティア王城へと転移した。






