187.洗脳の有無
アナスタシアは冷めた目で、女子生徒三人組を眺める。
占い師のことはさておき、手紙のことはあわよくばを狙った単なる嫌がらせだとわかった。
「どうやら私個人に対する嫌がらせのようなので、事を大きくするつもりはありません」
アナスタシアがそう言うと、三人は目に見えてほっとしたようだ。
「なので、個人的な報復だけにしようと思います」
「え……?」
だが、続く言葉で三人はぎょっとしてアナスタシアを見つめてくる。
まさか何もされないと思っていたのかと、アナスタシアは思わずため息を漏らしてしまう。
「嫌がらせをされたのだから、報復する権利はあるでしょう。当然、覚悟してのことですよね」
「それは……」
三人はアナスタシアから視線をそらす。
無記名の手紙の書き手が、こうも簡単に発覚するとは思っていなかったのだろう。
自分たちは安全圏にいると信じていたのだろうから、当然覚悟などしているはずがない。
「中庭にでも行きましょうか。別に一方的に殴られていろとは言いませんよ。反撃してもらって構いません。むしろ、三対一なのでそちらが有利ですよ。どうぞ遠慮無く」
寛大な申し出のはずだったが、三人はガクガクと震え出す。
「三対一っていっても……確か、あなたは魔族三人を一人で倒したのよね……?」
「ええ、でも中位程度の魔族なので大したことはありませんよ」
平然とアナスタシアが答えると、三人はひっと息をのんで、身を寄せ合う。
この三人では、下位魔族一人を全員で相手にしたとしても、まず勝てない。アナスタシアなど、彼女らにとっては化け物にしか見えないだろう。
「ブラントは私の身分に釣られたのではなく、私が魔族を拳で叩きのめしているところに釣られたのです。あなたたちも、ブラントを狙っているというのなら、それくらいはできないと相手にもされませんよ」
親切にブラントの好みまで教えてやったというのに、三人は何も言えずに震えるだけだ。
「そもそも、手紙にあったようなことなど、キーラの虚言でしょう。よくあんなでたらめを信じましたね」
この三人とは別に、キーラのことも締め上げたほうがよいのかもしれない。
おそらくは何らかの企みのためにそう言っているわけではなく、そうであってほしいという願望がねじれたのだろう。
だが、悪意があろうとなかろうと吹聴されるのは迷惑だ。
「も……申し訳ございませんでした……!」
「もう二度と、このようなことはいたしません……!」
「どうかお許し下さい……!」
アナスタシアがキーラをどうするべきかと考えていると、目の前の女子生徒三人組が床に土下座して赦しを請い始めた。
震える彼女らを眺めながら、アナスタシアはふと思いついて、感知系の魔術を使ってみる。
すると、ごくわずかだったが、残り香のように洗脳らしきものが残っていた。
もともとがさほど強くなかったようで、今はほとんど解けかかっているが、アナスタシアは完全に解除しておく。
先ほどの話からしても、モナラートで出会ったという占い師に洗脳された可能性が高いだろう。
とはいっても、もともと持っていたものを焚きつけて増幅させただけのようではあるが、それがなければ愚かな企みなど実行しなかったかもしれない。
「……わかりました。でも、二度目はありませんよ」
アナスタシアはため息をつきながら、赦しを与えた。
洗脳されていたというのなら、情状酌量の余地はある。実際に被害は無かったのだし、土下座して謝ってきたのだから、一度目は見逃そう。
そのままアナスタシアは教室から去って行くが、女子生徒三人組はずっと床に平伏したままだった。
「……こんなことがあったの」
図書室の隠し部屋でブラントと会ったアナスタシアは、手紙に関する一通りの出来事を語った。
「それ……アナスタシアが俺のことを信じてくれたから良かったけれど……そんな下らないことでアナスタシアを煩わせようとしたなんて、腹立たしいな」
「少し洗脳もされていたようなので、おかしくなっていたのは確かみたいね。ところで、キーラとのこと、実際はどうだったの?」
キーラの言う通りのことがあったとは思わないが、元になるような出来事はあったのかもしれない。
アナスタシアが尋ねてみると、ブラントは何でもないことのように口を開く。
「ああ……確かに、最初は一夜限りでもって言われたよ。断ると今度は口づけだけでもって言われて、それも断った。結局、最後は握手だけでもって言われて、まあそれくらいならって頷いたんだけれど……全部断っておくべきだったな」
苦々しい表情を浮かべながら、ブラントはため息を漏らす。
『一夜限りでもと願い、最初は断られたものの、最後には折れて下さった』という内容は、途中の重要な部分を省いていることを除けば間違っていないようだ。
もっとも、その省いた部分こそが大切なのだが。
「どうやらキーラの中では、もともと俺とキーラが付き合っていたところ、アナスタシアが王女という身分で俺を奪い取っていったらしいよ。でも、俺の出世のために身を引くという悲劇のヒロインになっているみたい」
うんざりした様子で、ブラントはため息と共に吐き出す。
「それ、キーラこそが洗脳かかっているんじゃ……」
「うん、実は俺も前に同じ事を思って、こっそり感知系の魔術かけたことがあるんだけれど、何も反応しなかったんだよね。いっそ、洗脳されているほうが安心できるんだけれどね……」
苦笑するしかないブラントの言葉に、アナスタシアはまるでジェイミーのようだと思う。
ジェイミーも、いっそ魔石が埋め込まれているなどで洗脳されていることを願ったものだ。






