186.拙い企み
手紙を読んだアナスタシアは、眉間に皺が寄っていく。
すると、今日こそは色々聞き出そうと近づいてきたレジーナが、アナスタシアの様子がただならぬことに気付いたようだ。
「ステイシィ、どうかしましたの?」
心配そうに声をかけてくるレジーナに、アナスタシアは手紙を見せる。
すると、レジーナもアナスタシアと同じような表情になった。
「これは……」
「本当にふざけているわね。ブラントがそんなことするわけないじゃない」
盛大なため息と共に、アナスタシアは吐き捨てる。
卒業パーティーの日はブラントに会っていないので、夜に何をしていたのかは知らない。
だが、ブラントがキーラと一夜を過ごすなど、薬や洗脳でも使わなければあり得ないだろう。さらに言えば、ブラントは耐性が高いため、もしそういった手段を使ったとしても難しいはずだ。
「あのブラント先輩が、そんなことをするはずがありませんわよね。それにしても、誰がこんなものを……」
手紙をアナスタシアに返しながら、レジーナは考え込む。
アナスタシアは手紙に探知系の魔術をいくつかかけてみる。
まだ文字は書かれてからさほど時間が経っておらず、隠蔽もされていない普通の手書きなので、書き手との繋がりを探り出すことができた。
あとは追跡していけばよい。そう遠くはないので、学院内にいる誰かだろう。
「手紙の書き手を見つけたから、ちょっと行ってくるわね」
ゆらりと立ち上がると、アナスタシアは歩き出す。
いったい何故このようなふざけたことをしたのか、聞き出す必要がある。
学院内にいることからキーラが書いたわけではないようだが、キーラの差し金という可能性もある。
「ステイシィ……やりすぎると、停学や場合によっては退学ということもありますから、ほどほどにして下さいね……」
「ええ、なるべくなら平和的に話し合いたいものだわ」
遠慮がちに声をかけてくるレジーナに対し、アナスタシアは微笑んで答える。
学院内で殴り合いは好ましくない。
やるとしても、証拠を残さないように気を付ける必要があるだろう。
それでもレジーナは不安そうに、ついていったほうがよいのかと思案する様子だったが、アナスタシアは巻き込むこともないだろうと、足早に教室を出ていく。
手紙から伸びる追跡の糸を追っていくと、三年生の第二クラスの教室にたどり着いた。
教室を覗いてみると、中には三人の女子生徒がいる。そして、そのうちの一人に追跡の糸は繋がっていた。
「ごきげんよう、先輩」
追跡の糸が繋がっている女子生徒に向け、アナスタシアはにこやかに挨拶する。
すると、女子生徒の顔が強張り、唖然としてアナスタシアを見つめ返す。
自分が犯人であると雄弁に語っている態度だ。
「私がやってきた理由は、おわかりですね?」
「さ……さあ、何のことかしら……」
あからさまに視線をそらしながら、女子生徒はとぼける。
一緒にいる二人の女子生徒もそわそわとして、アナスタシアには目を向けようとしない。
どうやら、この二人も仲間のようだ。
「単なる嫌がらせでしたら、まあ良いのですけれど……場合によってはセレスティア聖王国に仇なす行為として、徹底的に調べ上げる必要があるのです」
アナスタシアが冷淡に言い放つと、女子生徒たちが青ざめた。
小刻みに震えていて、どうやらそこまで大事になるとは考えもしなかったようだ。
言いながら、アナスタシアもそれほど大それたことではないだろうと思っていた。彼女たちの態度を見る限り、単なる嫌がらせで合っているだろう。
「学院内の生徒間での嫌がらせというのなら、事を大きくするつもりはありません。何故このようなことをしたのか、話してもらえますか?」
ちらりと救いを与えながら促すと、女子生徒たちは観念したようだ。
ぽつりぽつりと、語り始める。
「……そもそも、手紙に書いたことは嘘ではありません。キーラさまから直接お伺いしました」
「私たちはブラントさまのファンクラブの一員です。それで、ファンクラブ前会長だったキーラさまとはお話しする機会があったのです」
「卒業パーティーの日、キーラさまはブラントさまにどうか一夜限りでもと願い、最初は断られたものの、最後には折れて下さったとのことでした」
三人の話を聞きながら、元凶はキーラの虚言かとアナスタシアはため息を漏らす。
キーラはかなり自分勝手に物事を捻じ曲げるので、もしかしたら本人の中ではそれが事実になっているのかもしれない。
「それで、わざわざ手紙を出した理由は? キーラに指示されたのですか?」
アナスタシアが尋ねると、三人は気まずそうに視線を背ける。
その態度から、キーラの指示ではないようだ。
少し苛立ってアナスタシアが腕を組むと、三人はその気配を察知したらしい。
慌てて口を開く。
「そ……その……そうやって頼み込めば可能性があるのならと思って……」
「もちろん、恋人の座などは狙っていなくて、一度限りでもと……」
「手紙で少しでも仲違いしてくれれば、その隙にちょっとだけと思って……」
ぼそぼそと答える三人の言葉に、アナスタシアは額を押さえる。
キーラの虚言がおかしな期待を持たせてしまったらしい。
だが、もしうまくいってアナスタシアとブラントが喧嘩したとしても、本気で割りこめると思っているのだろうかと、頭が痛くなってくる。
魔族を拳で殴り倒すこともできないような女が、今さらブラントに相手にされるはずがないだろう。
あまりにも拙い企みだ。
「……本気でうまくいくと思ったのですか?」
呆れながら、アナスタシアは問いかける。
「……私たちも、最初はそんな気はなかったのですけれど、占い師に恋愛運が最高の状態だと言われて……」
「それで状況を相談したら、相手の男は恋人の女の身分に釣られているだけなので、手に入れることは無理だけれど、一夜の関係くらいならどうにかなると……」
「その……身分のこととか、その通りだったので、きっと当たっているのだろうと思って……こうして隙を作ろうと……」
三人の説明を聞き、アナスタシアは眉根を寄せる。
占い師の適当な言葉を鵜呑みにしたというわけか。
ブラントが身分に釣られたなどまったくのでたらめなのだが、そうであることにしたいのだろう。
呆れ果てて物も言えない。
「あ……あの占い師がいい加減なことを言うから悪いのよ……!」
「そうよ、私たち三人でモナラートの祭り見物をしていたら、声をかけてきて……こっちから占って欲しいって言ったわけじゃないのに、向こうが勝手にしたことよ……!」
「今にして思えば、とってもうさんくさかったわ。紫色のヴェールで顔を隠して……つい雰囲気で流されちゃったけれど、あのときはちょっとおかしくなっていたんだわ」
今度は占い師のせいにし始めた三人。
アナスタシアはさらに呆れつつ、何かが引っかかる。
モナラートの祭りとは、アナスタシアが勇者シンと遭遇した祭りのことだろう。
しかも、紫色のヴェールの占い師というのも気にかかる。
よくある風貌といえばそうだが、以前セレスティア聖王国で王妃お抱えの占い師となっていた魔族が、同じ色のヴェールを纏っていたのだ。






