183.エドヴィンからの使者
いよいよ明日は魔術学院に戻るという日になって、アナスタシアにジグヴァルド帝国第三皇子エドヴィンからの使者が到着した。
アナスタシアとブラントは、瑠璃宮の応接室で使者を迎える。
「お姉さま! やっとお会いできました!」
今にも飛びついてきそうなほど喜色にまみれた使者は、ベラドンナだった。
そういえば、エドヴィンとイゾルフにベラドンナを預けっぱなしだったと、アナスタシアは今さら思い出す。
とうとう邪魔になって、追い返されたのだろうか。
「あの人たち、人使いが荒いんですよ。何だかんだで、色々手伝わされました。でも、やっとひと段落ついてお姉さまの元に帰ってくることができました。これが、預かったものです」
そう言って、ベラドンナは手紙を差し出す。
エドヴィンの封蝋印が押された手紙で、アナスタシアは早速ペーパーナイフを使って開封する。
中の便箋を取り出して読んでいくと、アナスタシアが以前ジグヴァルド帝国から帰ってからのことが書かれていた。
ドイブラー伯爵を始めとした裏取引に関わっていた者たちは、家門を残すことを餌にして色々と利用したようだ。
その後、彼らは全員、病を得るなどして代替わりしたらしい。
そう遠くないうちに安らかな眠りにつくことになるだろうと、彼らの処遇はそう結ばれていた。
やはりそうなったかと、アナスタシアはわずかに顔をしかめる。
エドヴィンに処分を任せたときから、予想はしていた。
もっとも、無罪放免というわけにはいかないのだし、当初の予定では拷問処刑だったのだから、随分ましになっただろう。
家門が残ったことを考えれば、慈悲深いといえるかもしれない。
その件に関しては、ベラドンナがとても助けになったらしい。
ベラドンナを貸してくれたことに対する礼も、丁寧に記されていた。
「……ドイブラー伯爵たちの件について、頑張ってくれたようね。ありがとう」
「ありがたいお言葉です!」
いちおうベラドンナのことを褒めておくと、彼女は満面の笑みで声を張り上げた。
その勢いにやや押されながら、アナスタシアは続きを読み進める。
「え……?」
すると、思わず驚きの声が漏れてしまった。
エドヴィンが皇太子になったというのだ。
第三皇子だが、ジグヴァルド帝国の次期皇帝ということになる。
実力主義の風潮が強いといわれるジグヴァルド帝国だが、皇位継承についてもそうらしい。
アナスタシアの前回の人生では、エドヴィンは戦死してしまったので、このような展開はなかった。
本当に未来が変わっているのだなと、アナスタシアは実感する。
後は、ジグヴァルド帝国にも遊びに来てほしいということや、いずれセレスティア聖王国を訪れたいといったことが綴られ、差し障りのない内容で結ばれていた。
アナスタシアは読み終えると、大きく息を吐き出す。
「……エドヴィン皇子が、皇太子になったそうよ」
「ああ……やっぱり」
秘密を明かすかのように、ひっそりと口を開いたアナスタシアだったが、ブラントは驚くこともなく、納得したような呟きを漏らした。
「知っていたの?」
「いや、直接聞いたわけじゃないけれど、イゾルフさんとの会話なんかで、きっと皇位を狙っているんだろうなとは思っていた。うまく次期皇帝になったんだね」
アナスタシアは、エドヴィンが皇位を狙っていることなど、まったく気付かなかった。
きっと正しい王族というのは、そういった細かい意図を察知して、色々と動くものなのだろう。
そういった意味では、アナスタシアよりもブラントのほうが、まだ適性があるのかもしれない。
「マルガリテスが返還されたら、守りの魔道具を作ると言ったし、立太子の祝いも含めて何か作っておこう」
ブラントの呟きを聞きながら、友好関係にあるエドヴィンがジグヴァルド帝国の皇帝になったほうが、今後セレスティア聖王国との関係も良くなるかもしれないと、アナスタシアは考える。
守りの魔道具というのは、ちょうどよい贈り物かもしれない。
そして、ベラドンナはマルガリテスが返還されるまで様子を窺っておけというという任務が終了したことになる。
では次はどうしようかと、アナスタシアは悩む。
正直なところ、ベラドンナをどうすればよいのかわからず、邪魔だという気持ちを抑えられない。
「あたしは諜報活動にも長けています。侍女のふりをして色々探ることだってできますし、お姉さまのお役に立てます……!」
すると、アナスタシアの思いを察知したのか、ベラドンナが慌てて言い募る。
「……侍女のようにも振る舞えるの?」
「基本的な礼儀作法は学びました。新人侍女くらいは務まります」
ベラドンナの答えを聞いて、アナスタシアは考え込む。
セレスティア宮廷に、アナスタシアの息のかかった者はいない。
ある程度親しいといえばパメラくらいだろう。だが、彼女は未来の王妃として学んでいるところだ。
ジェイミーの様子を探るのにも、ベラドンナを侍女として潜り込ませておくのは悪くないかもしれない。
「そうね……じゃあ、侍女としてこの瑠璃宮に勤めてもらおうかしら」
アナスタシアがそう言うと、ベラドンナは顔を輝かせた。
「これで、ずっとお姉さまのお側にいられるんですね……!」
「いえ、私は明日学院に戻るから」
期待に満ちたベラドンナを、アナスタシアはあっさり切り捨てる。
しかし、この世の終わりのように愕然とした顔をするベラドンナを見ると、さすがにひどいかと罪悪感がわき上がってきた。
「……月に何回かはこっちに来るし、長期休暇は戻ってくるから」
慰めの言葉をかけると、ベラドンナは少し立ち直ったようだ。
「いいえ……これも、あたしの忠誠心を試していらっしゃるのですね。もちろん、お姉さまとお会いできない間も、任務は完璧にこなしてみせますので、ご安心下さい……!」
健気なベラドンナの宣言を聞きながら、前回の人生と比べて未来が変わったのは良いが、どうしてこんな変わり方をしたのだろうかと、アナスタシアは宙を仰いだ。






