17.女子生徒からの呼び出し
アナスタシアは三年次席だというキーラたちに連れられ、中庭にやってきた。
実技の授業でも使うことがある、魔術障壁に覆われている場所である。
「この学院では、身分を持ち出すのは禁止となっているのは、ご存じのとおりですわ。身分よりも、己自身の力に目を向けよ、と。そして私は、三年の次席ですの。ブラントという学院始まって以来の天才がいなければ私が首席……ということは、実質的に首席のようなものだと思いませんこと?」
「はあ……」
つらつらと言葉を並べ立ててくるキーラに対し、アナスタシアは気の抜けた相槌を打つ。
相手が悪意を持っているのは間違いないだろうが、それを抜きにしても、何と答えてよいものかわからない。
「キーラさまのお父上は、この国の宮廷魔術師長なのよ。それも、由緒正しい伯爵家で、家柄と実力を兼ねそろえていらっしゃるの。だからどうというわけではなくて、ただの説明ですけれどね」
「キーラさまはいずれ伯爵家をお継ぎになられる、高貴なお方なのよ。家柄と実力、さらに美貌までと完璧令嬢でいらっしゃるわ。もちろん、これもただの説明よ」
取り巻きの二人が、口々にキーラを称える。
身分を持ち出しているのだが、ただの説明ということにして逃げ場を作っているようだ。
「もちろん、この学院では身分など関係ありませんわ。でも、人生は学院を出てからのほうが長いというのは、おわかりですわね?」
「はあ……」
言っていることはわかるが、何を言いたいのかがわからず、アナスタシアはため息を漏らしたくなる。
「今は首席のブラントも、学院を卒業すれば後ろ盾のない一介の魔術師となりますわ。でも、私なら彼にふさわしい身分を用意してあげられますの。これは学院での成績がいくら良くてもできないことですわ。私だからできますの。だから、あなたはどうするべきなのか、おわかりですわね?」
「いえ、さっぱり」
回りくどさにうんざりしてきて、アナスタシアは正直に答えてしまった。
すると、それまで余裕を浮かべていたキーラの顔が歪む。
「……あなた、頭が鈍いのかしら?」
「よくそのように言われます。なので、はっきりと用件をおっしゃってください」
苛立ちを覚えながら、アナスタシアは言い返す。
ホイルから散々悪口を言われていたときでも、これほど気に障ることはなかった。彼はこれほど回りくどくなく、直情的でわかりやすかったせいだろうか。
また、ホイルは毎日顔を合わせるクラスメイトなので、自分から関係を悪化させないようにとの思いもあった。
だが、目の前にいる相手は学年も違い、これまでろくに存在を知らずにいられたくらいの、関係のない相手だ。
アナスタシアの中では、すでにキーラは『敵』として認定されていた。
「……下賤な者には、理解できなかったようですわね。いいでしょう。あなたのような卑しい者が将来のあるブラントに近づこうなんて、彼のためになりませんわ。だから、身の程をわきまえなさいと言っていますのよ」
キーラはアナスタシアを睨みつけながら、刺々しく言い放つ。
「昨日、ブラントと一緒に食事をしたのですって? よくもまあ、ぬけぬけと……彼はいずれ、私と共に栄えあるシャノン魔術王国の宮廷魔術師となり、共に我が家を盛り立てていくことになるというのに……」
さらに続く文句で、昨日の料理屋には学院の生徒たちもいたことを、アナスタシアは思い出す。
おそらくそこから話が伝わったのだろうが、レジーナとホイルも一緒にいたことは聞いていないのだろうか。それとも、聞く気がないのだろうか。
それに、ブラントは宮廷魔術師になるつもりとはいっても、確かシャノン魔術王国ではなく、ジグヴァルト帝国が第一候補だったはずだ。
どうやらキーラはブラントに熱を上げているが、ブラントは相手にしていないのだろうということが、見て取れた。
「そうやって髪型を変えて殿方の目を引こうと必死になって、浅ましいこと。でも、そのようなことをしても無駄ですわよ。私こそが、ブラントの隣に立つのにふさわしいのですわ。まともな頭があれば、自分から悟って身を引くでしょうに……これだから下賤な者は……」
「そうですか。ではさようなら」
これ以上、思い込みの激しい相手の妄言を聞いている気にはなれず、アナスタシアは別れを告げて、中庭から立ち去ろうとする。
「ま……待ちなさいよ! キーラさまがお話ししている最中でしょう!?」
「人の話もまともに聞けないなんて、どんな育ちをしているのかしら!」
取り巻きの二人が喚きたててくるが、アナスタシアは無視して歩き出す。
さらに文句を叫び始めた取り巻きたちを、キーラが止めた。だが、それは見苦しいから止めろというような意味ではなく、この場を仕切っているのはあくまでも自分であるというアピールのためだ。
「これだけ言えば、いくら生まれも頭も悪いあなたでも、わかったでしょう? ブラントにはもう近づいてはいけないと理解したのなら、行ってもよろしいですわ」
「……ブラント先輩本人から近づくなと言われたのならそうしますが、どうしてあなたの勝手な言い分を聞かなければならないのですか?」
背中に向かって投げかけられたキーラの言葉に、アナスタシアは足を止めた。
振り返ることなく、答える。
アナスタシアにとってブラントは、魔術の話を語り合える仲間なのだ。キーラが思っているような恋愛関係ではないが、だからといって関係について指図されるのは気に入らない。
「……どうやら、こうして平和的にお話ししてもわかってもらえないようですわね。だったら、力の差というものをわかってもらいましょう」
苛立ったらしいキーラが、【埋没】の魔術を発動させる。
さすがに三年の次席というだけあって、魔術の発動までの時間が短く、構成も綺麗なものだと、アナスタシアは冷静に分析する。
アナスタシアの足下がじわじわと地割れを起こしていくが、上から圧力がかかって動けず、逃げられない。
「別に怪我をさせようという気はないので、安心なさいな。ただ、しばらく地面に埋まって頭を冷やし、反省するとよろしいわ」
勝ち誇ったようなキーラの声が響く。
アナスタシアは足首のあたりまで、地面に飲み込まれていた。徐々に土の中に埋めていくことで、より恐怖を煽るつもりなのだろう。
なかなか悪くないと、アナスタシアはキーラに対する評価を少し上げた。ただの思い込みの激しい変人ではなく、三年次席というだけの実力はある、と。
だが、所詮は学生の魔術だ。実戦を知らない。
アナスタシアはキーラの放った魔術の術式を書き換える。
奪われることなど想定していない術式の変更は容易で、主導権はあっさりアナスタシアに移った。
「えっ……?」
キーラが魔術の主導権を失ったことに気づき、愕然とする。
続いてアナスタシアは、魔術をそっくりキーラと取り巻き二人に返す。
「う……嘘よ! こんなの嘘に決まってるわ! どうして……どうして、こんなことが……!?」
「ちょっ……なに……きゃあぁぁぁ!」
「これ、なんなの! いやぁぁぁ!」
キーラと取り巻き二人が、徐々に地面に飲み込まれていく。
すでにアナスタシアの足下は普通の地面に戻っている。足に少し土がついてしまったが、それだけだ。
「あなたたちこそ、少し頭を冷やしたらどうでしょう。人に突っかかっている暇があったら、自分の力を高める努力をしたほうがいいのではありませんか? そのほうが、きっとブラント先輩も振り返ってくれますよ」
そう言い残し、アナスタシアは一度も振り返ることなく、中庭を後にした。






