167.浮かれる国王
本当はエリシオンの素性を明かしたくはない。
しかし、ただ立っているだけで漂う威圧感や尊大さ、そして人間社会に対する知識の無さは隠しきれないだろう。
それならば魔王であることだけは言わず、天人だと明かすことにしたのだ。
「天人……? まさか、そのような……いや、でも……」
メレディスはぶつぶつと呟きながら、考え込んでいる。
「会えばわかるのに、嘘をつく必要などないか……あれ……ということは、もしやブラントくんも天人なのか……?」
「いいえ、俺は人間です。天人の血が混じった人間ということになります」
「そうか……我が王家の祖先と同じようなものか……」
まだ顔には驚愕が貼り付いていたが、それでもメレディスは情報を飲み込もうとしているようだ。
だが、どうせすぐにわかるだろうからと、言っておくべき心労の種がもうひとつある。
「その我が王家の祖先なのですが……ええと……ブラント先輩のおじいさまが、我が国の始祖であるセレスティアの兄だそうです」
「は……?」
申し訳なさを感じながらアナスタシアが口を開くと、メレディスは再び固まった。
目を開けたまま気絶したのだろうかというくらい、微動だにしない。
「……それが本当ならば、血の薄まった我々よりも、ブラントくんのほうがよほど始祖に近い存在ではないか。何というか……驚きすぎて、よく飲み込めていない。マルガリテス滞在中、突然襲撃されたとき以上の驚きだ」
ややあって、ため息のような吐息を漏らしながら、メレディスは呟いた。
「天人……天人か……伝説の存在が会いたいなど……まさか本当に……」
さらに、どことなく夢心地のように自分の世界に入り込んでいる。
衝撃が大きすぎて、なかなか整理しきれないようだ。
「申し訳ありませんが、そんなに大したものではないので……祖父はかなり抜けていますし、考えるより先に殴るような人なので、あまり天人と思わないほうがよいかと思います……」
「そうか。どのようにもてなせば良いのだろうか……」
頷きながらも、メレディスはブラントの言葉などまったく聞いていないようだ。
もっとも、セレスティア王家にとっては特別な存在である天人が会いたいというのだから、浮かれてしまうのも仕方が無いのかもしれない。
実際には天人といっても銀色の翼を持つ魔族というだけで、中身はとにかく力で解決するような単純な種族なのだが、世間のイメージは高潔で気品ある存在だ。
「お父さま、この件については大事にしたくないこと、おわかり頂けるでしょうか?」
「……まあ、そなたたちにとっては、そうであろうな」
真剣なアナスタシアの声で、メレディスも引き戻されたようだ。
メレディスはやや残念そうながらも、理解を示す。
「国王としてではなく、私の父として会って頂けますか?」
「元よりそのつもりだ。そなたたちが望まぬのなら、喧伝するようなことはせぬよ」
メレディスは、アナスタシアとブラントの意思を無視する気はないようだ。
アナスタシアはほっと胸を撫で下ろす。
「して、いつ来て下さるのだ?」
それでも、わくわくした様子を隠しきれないようで、メレディスは弾んだ声で問いかけてくる。
「陛下のご都合に合わせます」
「そうだな……ならば、晩餐の用意を整えて……」
メレディスはもてなすための考えを巡らせているようだが、国王主催の晩餐など目立つだろうとアナスタシアは苦笑する。
いきなり王城に招くのは、メレディスが張り切りすぎていて危険かもしれない。
何か良い方法はないだろうかとアナスタシアは考え、ふと思いつく。
「そうだ、お父さま。もうじき、マルガリテスの結界の魔道具が完成する予定です。それを設置するとき、マルガリテスでお会いするのはどうでしょう?」
「マルガリテスか? うむ……まあ、それも悪くないか……天人をお迎えしての復興開始というのは、幸先が良さそうだ。というか、完成が近いのか……そうか……」
感慨深そうに、メレディスは深く息を吐く。
「復興のための予算は組んである。結界が完成すれば、いよいよ復興だ。そなたたちの婚約準備も進めねばな。ブラントくんには伯爵位を予定していたが……いっそ、大公位にすべきだろうか……」
「いえ、それはあからさまに何かあると言っていますよね。伯爵で十分だと思います……」
浮かれながらとんでもないことを言い出すメレディスを、アナスタシアが止める。
さすがに大公位はやりすぎだ。
天人のことまで見抜く者がいるかはわからないが、裏に何かがあるというのは誰もが思うだろう。
「そうか……ならば、予定通りにしよう。結界の魔道具が完成したら、教えてくれ。すぐにマルガリテスに行けるよう、都合をつけよう。ところで、またパメラも連れて行ってもよいだろうか?」
「ええ、もちろんです。いずれ私の継母になるのですし、家族ですもの。紹介しておきませんとね」
アナスタシアはにこやかに頷く。
そして、紹介すべき家族からジェイミーを除外していることに気付いたが、それは胸の疼きと共に意識の外へと追いやった。






