165.酷い性悪
結局、ブラントのことを蔑んでくるような輩はブラント自身が葬るので、エリシオンは手を出さないでくれということで落ち着いた。
話を持ち出したララデリスは、エリシオンを引き留めるための材料に過ぎなかったようで、ブラントの決定に口出しすることはなかった。
アナスタシアとブラントはぐったりと疲れ切ってしまったが、エリシオンとララデリスはかなり普通に話せていたようだ。
エリシオンも泊まっていき、翌朝、セレスティア王城に向かうときに、別行動で帰ることとなった。
「では、儂は帰る。『持たざる者の祈り』が手に入ったので、魔道具も完成させることができるであろう。用事が済んだら来るがよい」
別れ際、エリシオンはアナスタシアとブラントに向かってそう声をかける。
「まあ、アタシも行ってよろしいの!?」
「そなたは帰れ」
はしゃいだ声をあげるララデリスに対し、エリシオンは間髪入れずに冷たく言い放つ。
やはり一日程度では、今までの溝は埋まらなかったらしい。
ララデリスがしゅんとうなだれる。
「……一階は開放しておく。用があれば来るがよい」
仕方がなさそうにため息をつきながら、エリシオンはそう言う。
すると、ララデリスが顔をぱっと輝かせた。
今度こそエリシオンは帰り、アナスタシアたちは【転移】でセレスティア王城に向かう。
ララデリスは昨日、巫女として現れたときと同じ姿で、絶壁になっていた胸も復活してふくよかになっていた。
だが、アナスタシアは何も触れず、そっとしておく。
王城の地下神殿に無事転移すると、今度はジェイミーのいる離宮だ。
ララデリスのことは治癒術師を連れてきたというと、あっさり中に通してもらえる。
ジェイミーの部屋の前までたどり着き、ララデリスと一緒に部屋に入ろうとすると、ララデリスに止められた。
「……多分、妹さんはアナちゃんに対して対抗心が強いと思うのよ。アタシに任せてもらえないかしら?」
確かに、アナスタシアがいるというだけで、ジェイミーは話を聞こうという気もなくなってしまうかもしれない。
アナスタシアは頷いて、ララデリスに任せる。
一人でジェイミーの部屋に入っていくララデリスを見送るが、昨日のように花瓶は飛んできていないようだった。
アナスタシアはブラントと共に、じっと待つ。
時折、興奮したような叫び声が聞こえてくることはあったが、長くは続かず、すぐに収まるようだ。
物が壊れるような音も聞こえてこないので、ジェイミーにしてはかなりおとなしく、追い出すこともしないで話を聞いているらしい。
二人が無言で待っていると、しばらく経ってから扉が開いた。
ララデリスが出てくるが、かなり疲れているのがヴェール越しでも明らかだ。
「……あれ、本当にアナちゃんの妹?」
乾いた声でそう言われ、アナスタシアは思わず苦笑する。
さすがにこの場では詳しい話をするわけにもいかず、三人は瑠璃宮に移動した。
談話室で周辺に【聴覚阻害】をかけてから、話をする。
「結論から言うと、ちょっとだけはマシになったと思うわ。でも、ひん曲がりすぎていて、まっすぐにするのは無理ね」
ため息交じりに、ララデリスはそう言った。
しかし、ちょっとだけでもマシになったのかと、アナスタシアにとっては驚きの結果だ。
「あの子、わりと最近まで魔族が側にいたでしょう? 雑魚の下等な残り香があったわ」
「……そんなことまでわかるのですか?」
アナスタシアは驚愕に目を見開く。
つい数か月前まで、ジェイミーの側には占い師に扮した魔族がいた。
正確にはジェイミーの母である王妃デライラのお抱え占い師だったが、ジェイミーも惚れ薬をもらうなど、近しかったようだ。
「呪法ともちょっと違うから、わかりにくいと思うわ。物事を深く考えないようにと誘導した形跡があったわね。傀儡にするつもりだったのかしら」
ララデリスの語る内容に、アナスタシアは納得する。
将来の傀儡の女王として、ジェイミーから思考力を奪っていたのだろう。
「残っていたものは、全部取り去ったわ。だから、少しはマシになると思うの。でも……もともとがそういう性質なのよ。努力が嫌いで、自分は正しいっていう性格が根底にあるわ。だからこそ、誘導されたともいえるわね」
やはり根本から問題があったようだ。
少しはマシになったようだが、元が元だけに、どれくらいなのだろうかと、アナスタシアは寒気を覚える。
「……人並みより少し下の性悪程度まで、改善されますか?」
「無理だと思うわ。最低最悪の性悪から、酷い性悪になったくらいね」
おそるおそるのアナスタシアの問いかけは、きっぱりと否定された。
「あの子、アナちゃんにかなり劣等感持っているわよ。セレスティアの血が少し残っているのかしら。本能的に、アナちゃんのほうが格上だって認識しているみたいね。でも、それを人間としての立場からか何なのか、認めたくなくて暴れているところもあると思うわ」
「ああ……」
やたらとジェイミーが突っかかってきたのは、そのためだったのかと、アナスタシアは納得する。
ずっと圧倒的優位な立場にいるときから、ジェイミーはアナスタシアを目の敵にしてきた。
理由が何故かわからなかったが、本能的に何かを感じ取っていたらしい。
「これで少し判断力が戻ったとは思うけれど、それがかえってあだになるかもしれないわ。アナちゃんは改善しようと頑張っているのに、こんなことを言うのは何だけれど……」
少し言いよどんだ後、ララデリスは厳しい表情で続きを口にする。
「あの子を幸福にしようと思ったら、一日だけ言うことを聞いて望みを叶えて、眠りについたところで苦痛なく葬るくらいしか思いつかないの。正直なところ……アタシは、それをおすすめするわね」






