158.聖騎士グローリア
エリシオンに連絡したところ、嫌なことは早めに終わらせておこうとのことで、その日のうちに天人教団本部に向かうことになった。
アナスタシアとブラントはいったん魔王城に移動し、エリシオンと合流する。
目的を果たすために一番手っ取り早いのは、エリシオンが教団の巫女である魔族のところに殴りこむことだ。
だが、エリシオンはなるべくならその魔族と関わりたくないのだから、せめて正体を隠せないだろうかと考える。
「私がお忍びのセレスティア王女として、正面から教団に行くのはどうでしょう。お二人にはお付きの魔術師という設定で、フードをかぶってもらって……」
提案しながら、アナスタシアは魔王であるエリシオンに対し、芝居とはいえ従者になれというのはいかがなものだろうかと、不安を覚える。
怒らせてしまっていないだろうかとエリシオンの様子を伺うが、本人はいたって平然としていた。
「そうだな……魔力や気配を隠蔽する術も併用すれば、まあ何とかなるであろうか。それでよかろう」
従者のふりをすることに関しては一切構わないようで、エリシオンは頷く。
魔王としての威厳や権威にまったくこだわらない様子に、アナスタシアは驚いていた。
しかし、考えてみれば周囲から見くびられないようにしようという発想が、そもそもないのかもしれない。
強さが価値である魔族にあって、圧倒的な強さを誇るエリシオンは、虚勢を張る必要などないのだろう。
「俺もそれでいいと思う。おじいさま、いかにも魔術師らしいフード付きのローブってありますか?」
「それくらいならばあるはずだ」
こうして、準備が整えられていく。
最終的な設定は、アナスタシアはお忍びのセレスティア王女で、妹の病について相談するために天人教団を訪れるということになった。
ブラントとエリシオンは王女付き魔術師で、フードで顔を隠して魔力や気配を隠蔽することにする。
結局、エリシオンのこと以外はほぼ間違っていない設定ができあがった。
妹ジェイミーの自分本位の極みともいえる性格は、もはや病だろう。それを本当に治せるのならば、正式に依頼しても構わない。
また、ブラントは王女付き魔術師という扱いだったはずだ。
全て整うと、エリシオンの【転移】で天人教団本部付近まで移動する。
すぐ近くだったので、さほど時間もかからず天人教団本部にたどり着いた。
「実は、内密に相談したいことがありまして……」
受付にて、アナスタシアは思わせぶりに言いながら、そっとセレスティア王家の紋章が入ったペンダントを見せる。
すると、受付の人間が息をのんだ。
さすがセレスティア王家から分離独立したと自称する天人教団だけあって、セレスティア王家の紋章もしっかり知っているらしい。
「しょ……少々、お待ちくださいませ……」
受付の人間は、慌てて席を外してどこかに消えていった。
すぐに上司らしき神官服の男性が焦りを浮かべながらやってきて、アナスタシアたちを別室に案内する。
立派な調度品の並ぶ、やや装飾過多のきらいがある華美な部屋だ。
「こちらでお待ち下さいませ」
神官服の男性も去っていき、アナスタシアたち三人は部屋で待つ。
「……っ!?」
そのまましばらく待っていると、何らかの魔術をかけられた気配を感じ取り、アナスタシアは咄嗟に抵抗して弾く。
すると、隣の部屋で物音と人間の気配がした。
どうやら、隣の部屋から魔術をかけられたらしい。探知系か、精神に影響を及ぼすようなものだろう。
そこそこの腕ではあるようだが、アナスタシアと比べればまだまだだ。
いきなりそれかとアナスタシアは苦笑する。
ブラントとエリシオンも魔術が使われたことに気づいたらしい。
ブラントは不快そうな雰囲気を醸し出し、エリシオンはつまらなさそうにしている。
「……失礼いたします」
ややあって、扉を叩く音が響く。
中に入ってきたのは、白銀の鎧をまとった、まだ二十前後の若い女性の聖騎士だ。
長く伸ばした金色の髪をひとつに束ね、ややつり上がった空色の目でまっすぐにアナスタシアを見つめてくる。
その姿は、アナスタシアの見覚えのあるものだった。
前回の人生で勇者のパーティーメンバーの一人だった、グローリアだ。
天人教団教祖の一族であり、天人の血を引くことを誇りにしていた。
ベラドンナ以上にアナスタシアを目の敵にしてきて、紛い物や出来損ないなど、蔑みの言葉を散々浴びせてきたものだ。
過去を思い出し、一瞬怯みそうになるアナスタシアだったが、すぐに振り払う。
今はもう、あの時とは違う。
今回の人生でベラドンナを初めて見たときのように、過去に囚われることもなく、アナスタシアはグローリアをしっかりと見つめ返す。
「不意打ちで魔術をかけてくるなど、どういうつもりかしら?」
冷淡な声でアナスタシアが問いかけると、グローリアはその場に膝をついた。
かつてのグローリアからは想像もできない殊勝な態度で、アナスタシアは唖然としてしまう。
「大変、失礼いたしました。セレスティア王家といえば、我々にとっても特別な存在です。本当にあなたがセレスティア王家の方なのか確かめたく、無礼な真似をいたしました」
跪いて、グローリアは素直に詫びる。
アナスタシアが本当に王族か確かめるため、探知系の魔術を使ったようだ。
何も言わずに勝手に行うなど無礼な行為だが、気付かれない自信があったのだろうか。
「それで、どうでしたか?」
冷たい態度を崩すことなく、アナスタシアは問いかける。
魔術には完全に抵抗したので、わからなかったはずだ。
本当に王族かどうか疑うのは当然のことだろうし、最初に確かめてもよいかと声をかけられれば、素直に従っていただろう。
しかし、不意打ちは気分の良いものではない。
「……探知魔術に気付き、あっさり抵抗するそのお力は、まさに天人の血を引くセレスティア王家のものでしょう。ご無礼、どうかご容赦ください」






