157.過去の呪縛からの解放
これから天人教団本部に向かうつもりだと伝え、メレディスとの面会を終える。
いったん瑠璃宮に戻り、アナスタシアとブラントは談話室で一息つく。
「アナスタシアさん、お疲れさま。建国祭の話が出てから元気がないみたいだけれど……何かあったの?」
「ええと……」
心配そうなブラントに尋ねられ、アナスタシアはどう答えるべきか迷う。
建国祭が勇者シンに結びつくのではないかという考えから、アナスタシアは思い悩んでいる。
だが、それをそのまま言うわけにはいかない。
何かごまかす方法はないだろうかと、アナスタシアは考える。
それとも、もういっそのこと、ある程度は打ち明けてしまうべきだろうか。
もちろん全てをそのまま言ったところで、頭がおかしいと思われるだけかもしれない。夢を見たことにでもしておくのが、無難だろう。
アナスタシアは決意し、口を開く。
「実は……おかしな夢を見たんです。建国祭の後、勇者が現れる夢を。そして、各地で魔物が大発生して、それをけしかけているのが魔王だとなって、勇者が倒しに行くという……」
「……確かに、おかしな夢だね。おじいさまが魔物をけしかけるなんて、あり得ないだろう。でも……何だろう、俺も背筋がぞくりとする」
アナスタシアが語ると、ブラントも眉根を寄せて呟く。
「もしかしたら、予知夢とか警告といった類のものかもしれない。実際にはそうでなくても、倒すべき敵として『魔王』なんていうのはうってつけだし、『勇者』を何らかの思惑に利用することだってあり得るだろうしね」
真剣に考えてくれるブラントの姿に、アナスタシアはほっとする。
ブラントならば、夢は夢だとまともに取り合うことなく切り捨てるようなことはしないだろうとは思ったが、本当にその通りだった。
今まで一人で背負い続けてきた重荷が、少し軽くなっていくようだ。
「それで、勇者が現れることによって、色々とおかしくなってしまうので、本当にそうならなければよいなと思って……」
さすがにフォスター研究員のことや、勇者のパーティーのことまでは言えず、アナスタシアはそう締めくくる。
「そうだね……そういった存在を祭り上げるような、おかしな動きがないか、気を付けてみたほうがいいね。それに、もしそういったことが起こってしまったら、そのときにできることも、今から考えてみたほういいかもしれない」
ブラントの言葉に、アナスタシアは目から鱗が落ちるようだった。
これまでずっと、勇者シンとの出会いを回避することばかりに意識が向き、もし出会ってしまったときの対応は考えていなかった。
せいぜい、パーティーメンバーにはもう二度とならないというくらいだ。
とにかく逃げたいというところで思考停止していて、その先は無意識に排除していたのだろう。
前回の人生で抑えつけられ、言いなりになっていたときの影響が未だに及んでいるのだと、アナスタシアは恐怖を覚える。
よく考えてみれば、もし今回の人生で勇者シンと出会ったとしても、今のアナスタシアにとって大きな問題はないはずだ。
世界や国に何か問題が潜んでいるから、勇者が現れるのだとすれば、その点については解決していくべきだろう。
だが、アナスタシア個人にとっては勇者と会ったからといって、どうということはない。
もし勇者シンが現れたところで、今回の人生では初めて会うのだから、別人のようなものだろう。なるべく関わらないようにすればいいだけだ。
たったそれだけのことなのに、ブラントに言われるまでまったく思いもよらなかった。
「ブラント先輩……ありがとうございます。ずっと不安で怖かったけれど……ブラント先輩が一緒にいてくれるんだから、大丈夫ですね」
アナスタシアは、今やっと過去の呪縛から解放されたようだ。
晴れやかな気分で微笑むと、ブラントも微笑み返してくれる。
「俺も一緒に考えるから、不安なことや気になることがあったら、何でも教えて。何かあっても、一緒に乗り越えていけるよ」
「はい、そうですよね。ありがとうございます」
勇者シンを過剰に恐れるのは、終わりだ。
これから向かう天人教団にいるであろう、前回の人生のパーティーメンバーである聖騎士のことも、もう怖くはない。
アナスタシアにはブラントがいるのだ。彼が側にいてくれ、一緒に立ち向かってくれるのだから、勇者も聖騎士も恐れることなどない。
「まずは、天人教団の件から片付けることにしましょう。『持たざる者の祈り』を手に入れるのと、魔物化を埋め込んだ魔族の思惑について調べないと」
勇者シンのことは、今これ以上考えても仕方がない。
天人教団絡みのことを先に解決しておくべきだろう。
「そうだね。おじいさまも行くと言っていたから、連絡しようか。なるべく早く……可能だったら、明日にする?」
「いえ、できれば今日これから向かいましょう」
ブラントの提案に、アナスタシアは首を横に振る。
もちろんエリシオンの都合もあるが、叶うなら早く行きたい。
「今日これから? 俺は大丈夫だけれど、アナスタシアさんが疲れているんじゃないのかな」
気遣うブラントだが、アナスタシアは大丈夫だと頷く。
確かにジェイミーとの不毛な会話や徒労に終わった魔術行使で、疲れている。
しかし、それ以上に重要なことがあるのだ。
「……むね……体の一部を成長させる呪法があるんですよ。早く行かないと」






