152.天人教団との繋がり
「後ほど、褒賞を与えよう。まずは直接尋ねたいと思い、こうしてやって来たというわけだ。人間が魔物化したという話は本当なのか」
眉根を寄せながら、メレディスが問いかけてくる。
「はい、モリス伯爵令息チェイスが魔物化しました。でも、魔物化は解除して、元の姿に戻すことに成功しています」
「……解除できたのか」
「あの後、天人の遺跡で解除方法を発見しましたので」
以前、王妃デライラが魔物と化したときは、解除方法がわからずに時間切れとなってしまい、デライラは命を落とした。
その後、魔王エリシオンから解除方法を聞いたアナスタシアだったが、天人そのものと会ったというわけにはいかず、天人の遺跡を見つけたということにしてある。
「……そうか。して、モリス伯爵令息チェイスはどうした?」
「解放しました。彼はもう魔物化の心配はなく、情報は聞き出しましたから。あと、なるべく早くやって欲しいことがあったので……」
「ああ……婚約の件か」
メレディスは、ちらりとレジーナに視線を向けるが、すぐにまたアナスタシアに戻す。
「まあ……そなたがそう判断したのなら、よかろう。そなた以上に魔物化に詳しい者など、この国にはおらぬだろうからな。ところで、デライラの件と何か関連があるのか?」
「……多分、別件じゃないかと思います。どうやら天人教団が怪しいようなので、確かめに行ってみようと思います」
「天人教団か……」
腕を組みながら、メレディスは考え込む。
どうやらレジーナやホイルもいる場で言うべきか、迷っているようだ。
しかし、ややあってメレディスは決断したようで、口を開く。
「天人教団が、セレスティア聖王国の王家から分離独立したという話は間違いだが、王家の血を引く貴族家の出身者が教祖なのは確かだ。公にはされていないが、モリス伯爵家の出身者だったはず」
メレディスの言葉に、アナスタシアは唖然とする。
王家の血を引く貴族家がいるらしいというのは知っていたが、それがモリス伯爵家だとは驚きだ。
モリス伯爵令息チェイスが魔物化したというのも、その関連で何かあるのかもしれない。
チェイス自身はこのことを知らない様子だったが、モリス伯爵家内でも隠匿されているのだろうか。
「モリス伯爵家は、一度本流が途絶えて傍流が跡を継いでいる。もしかしたら、今は天人教団のことは伝わっていないかもしれぬ」
アナスタシアの不思議そうな顔を読み取ったのか、メレディスが説明する。
本流が途絶えたとき、伝わっていたことも一緒に途絶えたというのなら納得だ。
チェイスが天人教団本部に行った際、モリス伯爵家の名を出すと特別待遇を受けたとのことなので、天人教団側は知っているのかもしれない。
「なるほど……それと、気になることがあるのです。モリス伯爵令息チェイスは、魔物化の核となる魔石を埋め込まれたことによって、性格が悪化した可能性が高いです。もともと女好きだったのでしょうが、会話不能なまでの生きる価値もない害悪、歩くゴミと化していました」
憎々しげなアナスタシアの説明に、メレディスは興味深そうな顔をしながら、口元にわずかな苦笑を浮かべる。
レジーナとホイルも、やや顔が引きつっているようだ。
ブラントだけが平然としている。
「王妃のときとは系統が違うようなので、そうとは言い切れないのですが……王妃も、もしかしたら魔物化の魔石によって性格がよりひどくなっていた可能性があるのではないかと思います」
「ああ……」
アナスタシアの予想に、メレディスは苦い表情を浮かべる。
王妃から受けた仕打ちは許しがたく、仮に魔石のせいで悪化していたのだとしても、もともとその素養はあったということだ。
それでも、王妃も被害者であったのかもしれないとアナスタシアが思えるのは、今が幸せだからなのだろう。
「それで……もしかしたら、ジェイミーにも魔石が埋め込まれているのではないかと思うのです」
「ああ……なるほど。それはあり得るな」
アナスタシアが疑問を口にすると、メレディスも深々と頷く。
自分本位の極みともいえるジェイミーは、通常のわがままの度を超えている。
前回の人生での最期にアナスタシアをどん底に突き落としただけではなく、今回の人生でもアナスタシアに刃物を向けて殺そうとしてきたことがあった。
魔石が埋め込まれて、性格が悪化している可能性はとても高い。
むしろ、そうであってくれとアナスタシアは願う。
「一度、ジェイミーにも魔石が埋め込まれていないか、調べてみたいのです」
早く天人教団本部に行きたいところではあるが、ジェイミーのことも気にかかる。
以前聞いたときは、新たな教育係をつけて教育中だが、成果ははかばかしくないようだった。
もし魔石によって性格が悪化しているのだとしたら、取り除けばほどほどの性悪程度に改善できるかもしれない。
「そうだな。そうしてもらいたい。それが原因であれば、どんなに良いだろうか……」
ため息を漏らしながら、メレディスが呟く。
どうやらメレディスも苦労しているようだ。
「だが、今日はもう日が暮れる。明日にするとよいだろう。ところで、夕食を共にどうだ?」
全員を見回しながら、メレディスは穏やかに問いかける。
アナスタシアとブラントは少し驚いた程度だったが、レジーナとホイルは絶句して固まってしまう。
「私がいては気が休まらぬだろうが、一度我慢しておけば、対外的に箔が付くぞ」
主にレジーナとホイルに向け、メレディスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
確かに、国王と食事をしたとなれば、名誉なことだろう。
レジーナとホイルにとっては、これからレジーナの家族のところにも行くのだし、ちょっとした武器になるかもしれない。
もっとも、それ以前に国王からの誘いをそう簡単に断るわけにもいかないのだから、受けざるを得ない。
ガチガチに緊張しているレジーナとホイルには気の毒だが、アナスタシアは頷くしかなかった。






