137.王女の殴り込み
アナスタシアはセレスティア国王メレディスから宮廷魔術師の誘いがあったことを、レジーナに伝える。
すると、やはりレジーナは予想もしていなかったようで、驚いていた。
「とても光栄なお話ですけれど……本気ですの? 兄を説得する材料作りの、お芝居というわけではないのかしら」
「本気なのは間違いないと思うわ。説得する材料作りなのも確かでしょうけれど、本当に宮廷魔術師として欲しいのでなければ、そんなことは言わないはず」
おそらく、恩を売りつつ、この機会に勧誘しておこうという思惑なのだろう。
誘いを受けるかどうかはレジーナに委ねられているとはいえ、それすら強要しないことにより印象を良くしようという魂胆が感じられる。
「本当に宮廷魔術師に……」
レジーナは口元を押さえながら、呆然と呟く。
「もちろん今すぐ決める必要もないし、断ってもいいから。それで、父がレナに会いたいって言っているの」
「えっ……? セレスティア国王陛下が……? ど……どうしましょう……わたくし、とても緊張してしまいますわ……」
「国王というよりは、父として娘の友人に会いたいっていうだけだから、あまり固くならないで大丈夫よ」
こうして準備を進めていると、レジーナに実家からの手紙が届いた。
レジーナの両親と兄はセレスティア聖王国の首都ジュードにある支店に滞在しているので、そこで会おうとなっている。
迎えの馬車をよこすとあったが、レジーナはセレスティア聖王国出身の友人に招かれているので、それから行くと返事を出した。
ちょうどよいので、セレスティア国王メレディスに挨拶してから瑠璃宮に一泊して、決戦地となる支店に行こうと決める。
日程を決めているうちに、学院は後期休暇に入った。
ブラントにも一通りの流れを説明して、日程も伝えておく。
宮廷魔術師の話は悪くないと頷き、ブラントも賛成のようだった。
「アナスタシアさんの武運を祈っているよ。もし宮廷魔術師のこともまともに聞き入れず、政略結婚を強要するようだったら、それはもう言葉が通じないっていうことだからね。そういうときは拳という共通言語で語ってくるといいよ」
ブラントの助言に、アナスタシアは深く頷く。
元からそのつもりだったが、こうしてブラントからも言われたことで、自分の考えは間違っていないのだと確信を得た。
そして、その日がやってきた。
アナスタシアはレジーナを連れて、セレスティア王城に転移する。
初めて【転移】を見たレジーナは驚き、言葉を失っていた。
そのまま瑠璃宮まで移動すると、優雅にそびえ立つ宮殿を眺め、またもレジーナは開いた口が塞がらないようだ。
「……先ほどから、物語の中にでも迷い込んだようですわ。ステイシィって本当にお姫さまですのね……」
繊細な調度品に囲まれた談話室にて、レジーナは呆然としながら呟く。
レジーナが来ることは伝えてあるので、客室も調えられていた。
「実は、私も落ち着かないの。この宮殿は最近もらったばかりだし、学院の寮のほうが落ち着くわ」
「宮殿をもらう……」
なかなか落ち着かない様子のレジーナだったが、二人で話しているうちに、だんだん慣れてきたようだ。
すると、今度は国王メレディスがやってきた。
王城への呼び出しでは緊張するだろうからと、瑠璃宮にいるアナスタシアたちを訪れることにしたのだ。
「お……お初にお目にかかります……レジーナ・リッチと申します……」
ガチガチに強張りながら、レジーナは貴婦人の礼を取る。
「アナスタシアの父、メレディスだ。そうかしこまらず、楽にしてほしい」
メレディスは鷹揚な笑みを浮かべ、国王ではなく、アナスタシアの父と名乗る。
促され、ぎくしゃくとしながらレジーナは椅子に腰掛けた。
「レジーナ嬢には、アナスタシアが世話になっていると聞く。呪いを解くきっかけもくれたそうで、もしかしたらこの国を救ったということにもなるかもしれない。私からも礼を言う」
「そ……そんな……わたくしは、大したことは……」
「アナスタシアからも聞いているだろうが、レジーナ嬢をセレスティア聖王国の宮廷魔術師として迎えたいのだ。もちろん返事は急がない。卒業まで二年あるのだし、ゆっくり考えてもらいたい」
「はい……光栄でございます……」
メレディスは気さくに話しかけていたが、レジーナは圧倒されっぱなしだった。
学院の様子を尋ねるなど、少し雑談をした後、メレディスはさほど長居することなく席を立とうとする。
だが、ふと何かを思い留まり、再び腰を下ろす。
「そうだ、忘れるところだった。アナスタシアを助けてくれた礼として、これを渡しておきたい」
メレディスはそう言って、銀色をした円形のメダルを差し出す。
翼を広げた女性の姿が描かれたメダルで、ほのかな魔力が漂っている。
「お守りのようなものだ。それでは私は戻ろう。これからもアナスタシアと仲良くしてやってくれ」
そう言い残して、メレディスは去っていった。
「ど……どうしましょう……このような物まで頂いてしまいましたわ……」
「ちょうどよい証拠になるわね。明日の本番に向けて、武器が増えたようなものよ」
「そ……そうですわね……本番は、明日ですものね……」
はっとしたように、レジーナは呟く。
メレディスとの会話でぐったりと疲れ切っていたようだが、本当に大切なのは明日の話し合いなのだ。
絶対に負けられないのだと、アナスタシアとレジーナは頷き合った。
──リッチ商会のジュード支店は、大騒ぎとなっていた。
セレスティア王家の紋章が刻まれた豪華な馬車が、店を訪れたのだ。
ちょうどジュード支店に滞在中だった商会主マシューにもすぐに話は伝わり、マシューは慌てて店に出ていく。
商会のほとんどを息子ネイサンに任せ、ほぼ半隠居状態のマシューだったが、元は一代で小さな商店を、各国に支店を持つ大きな商会にまで育て上げたのだ。
貴人の対応くらい慣れている。
落ち着き払って店に出ると、魔術学院の制服を纏った、背の高い銀髪の美少女が目に入ってきた。
だが、身に着けているのが豪奢なドレスではなくとも、マシューには一目で彼女が身分の高い存在であることがわかった。
明らかに、纏っている雰囲気が違う。
見た目は華奢な少女でありながら、下手に触れようとすれば首が飛びそうな、歴戦の猛者のごとき佇まいだ。
マシューは記憶から、セレスティア聖王国の王族の名を引っ張り出す。
確か王女は二人で、第一王女アナスタシアと第二王女ジェイミーだった。
銀髪の少女は、おそらくこの二人のどちらかだろう。
「ようこそお越し下さいました。会頭のマシューと申しま……す……」
にこやかに話しかけたところで、マシューは固まった。
王女と思しき銀髪の少女の後ろから、娘のレジーナが顔を見せたのだ。
しかも、レジーナも魔術学院の制服を着ていて、銀髪の少女とお揃いだった。
「初めまして。レジーナさんの友人の、アナスタシア・ウーナ・セレスティアと申します。レジーナさんには、いつもお世話になっております」
穏やかに微笑む少女の口から出たのは、第一王女の名だった。
しかも、レジーナの友人だという。
信じられない出来事に、マシューは卒倒しそうになった。






