136.宮廷魔術師
セレスティア聖王国では、宮廷魔術師は冷遇されていた。
亡くなった王妃デライラが魔術師を嫌っていたためだが、それも魔術への対策をおろそかにさせるための魔族の策略だったことがわかっている。
今は魔族の影響も消え、アナスタシアとブラントという優れた魔術師を得たこともあって、宮廷魔術師の地位も向上しつつある。
しかしながら、ここ十年ほど宮廷魔術師を受け入れていなかったため、どうしても人材不足だ。
アナスタシアとブラントだけに頼らず、宮廷魔術師も徐々に増やしていき、普段から魔術への対策を強化していきたいと、メレディスは語る。
「レジーナ・リッチは、そなたに次ぐ次席だったな。そなたが突出しているために目立たぬが、優秀だと聞く。卒業はまだ先とはいえ、魔術学院の次席はぜひ欲しい人材だ」
「……レナを宮廷魔術師に?」
予想外の言葉に、アナスタシアは目を見開く。
「最近はおかしくなっていたが、もともと宮廷魔術師の地位は高い。最低でも準貴族扱いで、功績があれば爵位も与えられる。悪い話ではないだろう」
「た……確かに、それはそうですが……」
ややうろたえながら、アナスタシアは呟く。
宮廷魔術師とは魔術師の職としては最高峰のものだ。これまで冷遇されていた地位が改善された今、間違いなく良い話ではあるだろう。
しかし、レジーナの将来に関わることを、アナスタシアが勝手に決めてしまうことなど、できるはずがない。
「私としては、ぜひ宮廷魔術師に欲しい。しかし、本人の意思次第だ。強要はせぬ。ただ、受けるにせよ断るにせよ、国王自らが宮廷魔術師に望むほどの力量があるとなれば、伯爵家のバカ息子に嫁がせるのが得策かどうか、家も考えるのではないか?」
「あ……」
そういうことかと、アナスタシアは納得する。
レジーナの家に、婚姻よりももっと利益になる方法があると、教えてやるのだ。
宮廷魔術師になるかどうかの選択はレジーナに委ねられているのだし、問題はないように思えた。
「一度、レジーナ・リッチを連れてくるがよい。もし早々とモリス伯爵家が結婚の許可を求めてきたら、うっかり書類をどこかに置き忘れておこう」
メレディスは唇の端を歪めるようにして笑みを形作る。
思惑もあるのだろうが、助けてくれるのも間違いないようだ。
「ありがとうございます、お父さま」
この方法なら一時しのぎではなく、根本から解決できそうだ。
殴り合いの必要もなくなりそうである。伯爵令息を結婚できないように殴りつけるといった野蛮な方法も、使わなくてすむだろう。
ほっとしたアナスタシアは、肩の力が抜けていく。
「……それにしても、そなたが一人で来て、男のことを尋ねてきたときは、ブラントくんと喧嘩でもしたのかと焦ったぞ」
話がひと区切りついたところで、メレディスがとんでもないことを言い出す。
あまりにも思いがけない内容に、アナスタシアは一瞬、何を言われているかわからなかった。
徐々に言葉がしみ込んでくると、唖然としてしまう。
「……喧嘩なんてしていません。でも……お父さまは、ブラント先輩と私のこと、本当に認めて下さっているのですか?」
ふと気になって、アナスタシアは尋ねてみる。
本来ならば、アナスタシアも政略結婚の道具となるはずだった。
だが、先ほどのメレディスの言葉によれば、それ以上の利益を提供できたので、ブラントとの結婚も許されるようだ。
とはいっても、実のところメレディスはどう考えているのか、アナスタシアにはよくわからない。
「私個人は最初からそなたたちの仲には賛成している。立場上、条件なしに認めるわけにはいかなかっただけだ。……正直なところ、そなたがブラントくんを連れてきたときは、歓喜を抑えられなかった」
思い返せば、メレディスは最初からブラントに対して好意的だった。
マルガリテスを取り戻して結界を修復できる可能性のある魔術師だからだろうが、娘の結婚相手にしてもよいくらいだったのだろうか。
実際に、マルガリテスは返還され、結界の魔道具もいずれ完成するだろうから、目論見は正しかっただろう。
「ちらほらと、そなたへの婚約申し込みが届く。だが、娘は魔族三人を同時に相手しても屠るような力量の持ち主だが、夫婦喧嘩で殺されない自信があるかと問うと、皆が辞退する」
重々しく語られる内容に、アナスタシアはそっと頭を押さえる。
いつの間にそのようなことになっていたのだろう。
婚約など受けたくはないのだから良いことなのだが、何かが釈然としない。
「ブラントくんはそなたと釣り合う、稀有な相手だ。彼を逃がせば、そなたはもしかしたら一生独身かもしれぬ。そうならぬよう、しっかり捕まえておくのだ」
真剣な表情でそう言われ、アナスタシアは気圧されながら頷く。
いちおう、マルガリテスのことだけではなく、アナスタシアの幸福も望んでいるようだ。
素直に喜べない複雑な気分ではあったが、父として娘のことを考えてくれているのは間違いないのだからと、アナスタシアは自分に言い聞かせた。






