13.ダンジョン進入
アナスタシアたちは、ブラントに護衛を頼んで近場のダンジョンへと向かった。
街を出て街道を進み、山の方向に進んでいく。しばらく歩いたところで、切り立った斜面にぽっかりと穴が空いているのが見えた。洞窟タイプのダンジョンのようだ。
「おや、珍しいな。一人じゃないなんて」
ダンジョンの入り口には番人がいたが、ブラントとは顔見知りらしく、気安く声をかけてくる。
「今日は護衛でね。後輩の一年生たちなんだけれど、護衛なしだとダンジョンに入れないから、俺が一緒に行くことになって」
「そうか……後輩の面倒を見るようになったか……頑張れよ。気を付けて行ってこい」
感動したような素振りを見せながら、門番は快く通してくれた。
ブラントを先頭にして、アナスタシアたちはダンジョンに入っていく。
洞窟なので中は暗いと思いきや、天井や壁がほのかな青白い光を放っている。意外と明るく、満月の夜くらいはありそうだ。
前回の人生で、アナスタシアはこのダンジョンに入ったことは無かった。
勇者シンが『半分死んでいるダンジョンに行ったところで旨みはない』と言って、行かなかったダンジョンがいくつもあったためだ。
今にして思えば『半分死んでいる』というのがどういう意味なのだろうかと気になるが、当時のアナスタシアにはそのようなことを気にかけている余裕はなかった。
アナスタシアにとっては久しぶりのダンジョンだ。今回の人生としていえば、初めてでもある。
ブラントは慣れているらしく、歩き方にもよどみがない。
ホイルもおそらくダンジョン自体は初めてではないのだろう。やや緊張しながらも、恐れている様子はなかった。
ただ、おそらく初めてダンジョンに入るだろうレジーナは、かなり落ち着きがなく、神経を尖らせているようだ。
「先輩、もしかして友達いないんすか? 一人じゃないのが珍しいって」
緊張をほぐすためか、それともただの嫌味か、ホイルが口を開いた。
「そうだね。同じ三年の第一クラスはここ魔術王国の貴族出身者ばかりで、ハンターを下に見ているのが多いからね」
「……身分を持ち出すのは禁止ではありませんの?」
少し緊張がほぐれたのか、レジーナが疑問を口にする。
「身分を持ち出してどうこうするのは禁止だけれど、出身を隠さなければならないわけじゃないからね。同じ国の貴族同士なら知り合いということも多いみたいだし、なんだかんだで伝わってくるよ。三年ともなれば、内面では何を考えているかわかったものじゃないけれど、表面上は取り繕っているよ」
のんびりとブラントが答える。
「まあ、入学したてのときは身分を持ち出すのがどうしてもいるけどね。俺は奨学金もらっているから平民とわかりやすいし、一時期はわりとターゲットにされたなあ」
「えっ……? 先輩って、平民なんすか?」
驚いた様子で、ホイルが聞き返す。
「そうだよ。姓もない、ただの平民」
「あ……俺、てっきり貴族出身だとばかり思って……突っかかって悪かったっす」
ブラントが肯定すると、ホイルはころっと態度を変えて謝罪した。
「……よっぽど、貴族に対して良くない印象を持っているようだね。まあ、気持ちはわからないでもないけれど。でも、貴族にも色々な人がいるよ。思い込みだけで決めつけると足下を掬われかねないから、気を付けたほうがいい」
苦笑しながらも、ブラントは穏やかに諭そうとする。
「はあ……そうだ、先輩はどこに就職予定なんすか?」
「……宮廷魔術師の引き合いがいくつかきているよ。今のところはジグヴァルト帝国が第一候補かな」
いまいち伝わっていない様子のホイルに対して、ブラントはひとつ大きな息を吐きながらも、特に何も言うことなく質問に答えた。
「ジグヴァルド帝国といえば、大陸一番の強国ではありませんの。小国を次々と吸収して成り上がっていったという」
やや上擦った声で、レジーナが呟く。
「そう。成り上がりの国だから、実力主義の風潮が強いっていう話を聞いて。少し調べてみたけれど、戦争狂いだった先代皇帝と違って、現皇帝は平和主義らしいし。ただ、セレスティア聖王国に執着しているらしくて、それはちょっと気がかりかな」
「セレスティア聖王国といえば、勇者発祥の国でしたわね。でも、勇者が現れたのは三百年以上も前のことだったように思いますわ。王家は勇者と天人の血を引いているという話ですけれど……ジグヴァルド帝国は新興国なので、そういう歴史にあやかりたいということでもあるのかしら」
出身国であるセレスティア聖王国の名前が出て、アナスタシアはびくりと身を震わせる。
ジグヴァルド帝国は数十年前、セレスティア聖王国にも戦争を仕掛けてきたのだ。だが、領土を一部奪われながらも、セレスティア聖王国は完全に屈することはなかった。
それをどうにか取り込もうとしているのか、ジグヴァルド帝国は皇女をセレスティア聖王国に妃として送り込んでいる。
だが、妃となった皇女は後継ぎとなる王子を残せないまま夭折してしまい、成果は芳しくない。
「帝国といえば……最初の……」
アナスタシアは、小さな声を漏らす。
前回の人生では、ジグヴァルド帝国は第三皇子をセレスティア聖王国第一王女の婚約者として宛がったものの、魔物の大発生によって第三皇子は戦死してしまったことを、アナスタシアは思い出す。
皇族や王族が犠牲となったのは初めてで、彼の戦死をきっかけに各国に危機感が広がっていくことになったのだ。
肖像画でしか見たことのなかった第三皇子だが、アナスタシアの心に消えることのない染みのように残っている存在である。
「ジグヴァルド帝国か……平民で宮廷魔術師ったらかなりの出世だな。まあ、俺はそんなのより、気楽なハンターのほうがいいけどな」
「宮廷魔術師になるのなら、品位も必要ですものね。心配しなくても、あなたには縁遠いでしょうから大丈夫ですわ」
物思いに浸っていたアナスタシアは、ホイルとレジーナの掛け合いによって引き戻される。
いつものようにホイルに突っかかるレジーナは、すっかりリラックスしているようだ。
「さて、気分もほぐれてきたところで、お出ましのようだよ」
ブラントの声で、一瞬にして空気が張り詰める。
レジーナとホイルは口をつぐみ、アナスタシアも気を引き締めて、魔物の出現に備えた。
ダンジョンの奥から、かすかに獣の唸り声が聞こえてきた。






