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【書籍化】死に戻り魔術姫は勇者より先に魔王を倒します ~前世から引き継いだチート魔術で未来を変え、新しい恋に生きる~  作者: 葵 すみれ
第4章 マルガリテス

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123.本当の切り札

「……っ!?」


 思わず、アナスタシアとブラントは目を見開き、言葉にならない呻きを漏らす。

 ギエルの翼が完全にちぎれたと同時に、エリシオンとギエルが爆発に包まれたのだ。

 それも、通常の魔術ではありえないほどの威力だった。

 範囲は狭く、エリシオンとギエルにしか届かないくらいだったが、その分効果が凝縮されているようだ。


 アナスタシアとブラントには爆風が届いた程度だが、もしアナスタシアがまともに受けてしまえば、一瞬で消し炭になっていただろう。

 いくら魔王エリシオンでも無事ではいられないのではと、アナスタシアの背筋を冷たいものが伝っていく。


「……やっぱり、翼を引きちぎりましたね。そうくると思って、連動させておいたのですよ。いくら魔王さまといえども、ダンジョンコアの爆発を受けてただではすまないでしょう?」


 苦しげながらも、満足そうなギエルの声が響く。

 自分で引き起こした爆発だったためか、ギエルは影響を受けていないようだ。

 もっとも、片翼が無残に千切りとられた姿に変わりはないので、今の状態が無事と言い切れるわけではない。

 爆発により舞い上がった煙が収まってくると、立ったままのエリシオンの姿が見えてきた。


「ダンジョンコアか……なるほどな。一度きりしか使えぬとはいえ、面白い使い方だ」


 煙の中より現れたエリシオンの額から、赤い血が伝う。

 エリシオンは不快そうに、額を手の甲で拭った。


「儂に傷を負わせたことは褒めてやろう。血を流したのは随分と久しぶりだ。だが、この程度のかすり傷で儂は死なぬぞ」


 平然としながら、エリシオンは口を開く。

 ところどころに血が滲んでいるようだったが、大した量ではない。

 立つ姿にも不安定なところはなく、本当にかすり傷程度のようだ。

 前回の人生で戦ったときよりも、今のエリシオンのほうが頑丈なようで、アナスタシアは唖然とする。


「……本当の切り札は、これからですよ」


 しかし、ギエルは苦痛に顔を歪めながらも、口元に笑みを浮かべる。

 次の瞬間、少し離れた場所で爆発音がいくつも響きだした。

 さらに、黒い翼がある以外は人間と変わらない容貌だったギエルが、硬質な皮膚に覆われていく。残った片翼も鋼のような質感に変化する。

 もともと黒かった目は、白い部分も全てが黒く染まる。

 ややあって、ギエルはまるで鋼鉄の人形のような姿に変貌してしまった。


「己の身を魔物と化したのか……」


 眉根を寄せながら、エリシオンが呟く。

 鋼鉄のような魔物となったギエルは、ゆっくりと立ち上がった。


「本当は瘴気だけで弱らせて、殺すことができればよかったのですけれどね。それがうまくいく可能性は、さほど高くないと思っていました。あれほど効果がないのは予想外でしたがね」


 ややひび割れた、硬質な声が響く。


「瘴気で弱らせきれなかった場合、反撃されて一瞬で殺されてしまうのが、最も恐れたことでした。でも、イリスティア姫のことを持ち出せば、必ず魔王さまはそう簡単に殺して下さらないと思っていましたよ。間違いなく翼を引きちぎるはずと思い、仕組んでいたのです」


 表情は動かず、声にも感情の波は感じられなかったが、それでもどことなく愉悦が滲んでいる。


「この地に満ちた瘴気、ダンジョンコアの破壊、そして魔王さまの血と憎悪、私自身の苦痛まで、全てが準備された贄です」


 ギエルの言葉と共に、地響きが鳴った。

 その途端、とてつもない力のうねりが感じられ、アナスタシアは目の前が真っ暗になって、奈落に突き落とされたような恐怖に襲われる。

 足が震えて、力が入らない。


「アナスタシアさん……!」


 その場に崩れ落ちそうになるアナスタシアを、ブラントが支えた。


「あ……」


 ブラントの手によって、アナスタシアは現実に引き戻される。

 頭の中を覆いつくしていた恐怖が、徐々に薄れていく。


「だ……大丈夫です……ごめんなさい」


 深呼吸をして心を落ち着かせると、アナスタシアはブラントにつかまりながら体勢を立て直し、自らの足で大地を踏みしめる。

 だが、依然として恐ろしい力が存在しているのが感じられた。

 これほどの恐怖を受けたことは、前回の人生における最後の戦いでもなかった。

 あってはならない力が、目覚めようとしている。


「ああ……やはり私は、間違っていなかった。聞こえますか? 神龍が目覚めようとしている音が」


 地響きが鳴り続ける中、硬質ながらも弾んだギエルの声が響く。


「……してやられたか」


 苛立たしげなエリシオンの呟きが、ギエルの言葉が真実であることを示していた。

 アナスタシアは再び恐怖に襲われ、足の力が抜けていく。

 だが、寄り添ったままのブラントに支えられていたこともあって、どうにか持ちこたえた。


 神龍は一度目覚めてしまえば、浄化という名の破壊を行い、大陸を焦土と化すという。

 あのエリシオンでさえ止められないと言っていたのだ。

 それならば、もはや打つ手があるとは思えない。

 このまま大陸の全ての国が滅んでいくのを、何の手立てもなく許してしまうことしかできないのだろうか。

 アナスタシアは恐怖と絶望に苛まれながら、強大な力が伝わってくる方向を呆然と見つめた。

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