111.ボロ雑巾のように
「あ……あの……あたしの知っていることは全部話します。だから……終わったら、どうかひと思いに殺して下さい」
しばしの沈黙が流れた後、悲痛な声でベラドンナが懇願してくる。
アナスタシアはその内容に驚きながら、ベラドンナを眺める。そして、続いて問いかけるようにイゾルフに視線を移すと、彼は苦笑を浮かべた。
「王族である姫さまを狙ったんですから、楽には死ねませんよ。帝国だと、見せしめの意味も含めて拷問を加えた後に処刑ですね」
イゾルフの説明に、アナスタシアは衝撃を受ける。
これまでまともに王女扱いなどされず、ようやく最近扱いが変わってきたばかりのアナスタシアには、考えが及ばないことだった。
前回の人生でいじめられたこともあり、ベラドンナのことなどかばい立てするつもりはない。
もし、鞭打ち刑の後に投獄とでもいうのなら、心が動くことはなかっただろう。
しかし、処刑となれば話は別だ。
殺してしまえば、取り返しはつかない。
前回の人生では、ベラドンナは勇者のパーティーメンバーの一人だった。
個人的な恨みはあるにせよ、アナスタシアの知る限りでは旅の最中、ベラドンナが大局に悪い影響を及ぼしたことはないはずだ。
それがいなくなることで、どういった影響を及ぼすことになるかがわからない。
「……先ほど、私に皿を持ってきましたが、どうするつもりでしたか?」
しばし考え、アナスタシアは違う質問をする。
「……皿に毒を入れました。少ししてから効果が出て、ゆっくり死に至るものを」
少し戸惑ったが、ベラドンナは正直に答えた。
ブラントがぴくりと反応するが、何も言うことなく見守っている。
「私ともう一人、レナ……友人の分も皿を持ってきましたが、そちらにも毒を?」
「いえ、そちらには入れていません。標的ではないので」
レジーナには毒を盛っていないと、ベラドンナは疑いを否定する。
【嘘感知】は反応していないので、本当だろう。
「では、食事を作る人の姪として潜り込んだようですが、それはどうやって?」
「少し寝込んでもらって、姪のふりをしました。本当に姪がいて、過去にも手伝ったことがあったようなので。薬を使いましたが、そろそろ効果が切れる頃で、後遺症も残さないはずです」
ベラドンナの答えを聞きながら、アナスタシアは考え込む。
確か、前回の人生ではベラドンナは無関係者にはなるべく害を与えないという信条を持っていたはずだが、それは今も同じようだ。
この後、ベラドンナをどうするべきだろうか。
なるべくなら、殺したくはない。
かといって無罪放免というわけにはいかないだろう。
前回の人生でのベラドンナからの仕打ちを、アナスタシアは思い出す。
見下され、悪口を浴びせられて、ダンジョンでは酷使された。
アナスタシアが魔力切れになって吐きながら苦しんでいても、使えない奴と吐き捨てられ、さっさと動けと蹴り飛ばされたものだ。
「……やっぱり、拷問処刑でいいかも」
思わず小声で呟くと、ベラドンナが愕然とした表情で震える。
その怯えた姿が、かつての自分と重なるようだった。
そこでふと、思いつく。
かつてのアナスタシアと同じように、酷使してやればよいのではないだろうか。
そうすれば殺すことなく、罰にもなるだろう。
「そうだ、ベラドンナの処遇、私に任せてもらえませんか?」
アナスタシアがイゾルフに問いかけると、彼は訝しげな表情を浮かべる。
「そりゃあ、襲われたのも捕らえたのも姫さまですから……拷問に何かリクエストでも?」
「いいえ、殺すよりも使い潰そうと思って。魔術で制約をかけて、私のために死ぬまで働かせようかと。ボロ雑巾のようになってもらいたいんです」
「……あー……いいんじゃないですかね」
微笑みながら説明すると、イゾルフは一瞬沈黙したが、わずかに視線をそらしながら頷いた。
「ブラント先輩はどう思います?」
「アナスタシアさんがよければ、それでいいと思うよ。殺しておしまいよりも、そっちのほうがいいかもね」
にこやかにブラントも答える。
二人からの賛同を得られたので、アナスタシアはベラドンナに向き直る。
「拷問処刑と、私に仕えてボロ雑巾になるのと、どちらを選びますか?」
「お……お姉さまにお仕えいたします!」
問いかけると、ベラドンナははっきりと答えた。
お姉さまという呼び方に、アナスタシアは首を傾げる。
確か、ベラドンナはアナスタシアより三つか四つほど年上だったはずだ。
しかし、大したことではないかと、気にしないことにする。
「では、制約をかけます」
アナスタシアは術式を構成し、ベラドンナに主従関係の制約を与える。
主に逆らえなくなるもので、現在は失われた魔術だ。
相手が抵抗しようとすれば、ねじ伏せるために魔力を多く必要とするが、ベラドンナがあっさり受け入れているため、さほど魔力を消費せずに終わった。
無事に主従関係が結ばれたことを確認すると、アナスタシアはベラドンナの麻痺を完全に解除する。
すると、ベラドンナは身を投げ出すようにして、アナスタシアの足下に跪いた。
こんな命令は与えていないと、アナスタシアは混乱する。
「お姉さま! このベラドンナ、お姉さまに一生お仕えいたします! 冷酷さの中に滲むお優しさ……しかも、こんなにお美しいお姉さまにお仕えできるなんて、あたしは幸せ者です! どうぞボロ雑巾のように使い潰して下さい!」
感極まったように叫ぶベラドンナを、アナスタシアは唖然としながら見下ろす。
だが、すぐに気に入られるためのおべっか、嘘だろうと思い当たる。
ベラドンナにとっては自らの人生がかかっているのだし、当然だろうと思ったところで、【嘘感知】がまったく反応していないことに気づき、アナスタシアは戦慄した。






