108.ベラドンナとの対決
アナスタシアは皿を受け取ろうと伸ばした手で、皿を持ってきた女性の腕をつかもうとする。
だが、その手は虚しく空を切った。
驚いた顔をしながら、女性が後ろに飛びのいたのだ。
その顔は化粧でごまかしているが、ベラドンナのものだった。
思わず、アナスタシアは敵意をこめた眼差しを向けてしまう。
「……っ!?」
信じられないといった表情でアナスタシアを眺めるベラドンナだったが、すぐに持っていた皿を放り出して逃げ出す。
アナスタシアは即座に立ち上がり、ベラドンナを追いかける。
「ステイシィ……!?」
後ろからレジーナの叫び声が聞こえるが、説明している時間はない。
アナスタシアは食堂を抜けて廊下を走り、外へと出ていくベラドンナの後を追う。
さすがに素早く、アナスタシアは徐々に引き離されていく。
走りながらでは魔術を使う余裕もない。
庭まで出たときには、このまま逃げられてしまいそうだった。
「ベラドンナ!」
アナスタシアは逃げるベラドンナの背中に向け、叫ぶ。
すると、びくりとベラドンナが一瞬怯んだ。
その隙にアナスタシアは立ち止まり、ベラドンナの行き先に障壁を作り出して道を塞ぐ。
「……何であたしの名前を知ってるのよ!?」
逃げることを諦めたのか、ベラドンナはナイフを取り出して構える。
本当はこのまま【麻痺】でも使ってしまえば、安全に生け捕ることができるだろう。
だが、アナスタシアはそれを良しとはしなかった。
今回の人生では言いなりにならずに好きにすると決めながら、かつてのパーティーメンバーであるベラドンナの姿を見ただけで、アナスタシアの心は過去に囚われた。
過去に区切りをつけるために、アナスタシアはベラドンナとの直接対決を選ぶ。
アナスタシアはベラドンナを見据え、近づいていく。
「あんた、魔術師なんでしょう? 丸腰で近づいてくるって、バカ?」
いったんは観念したようでもあったベラドンナは、無防備に近づいてくるアナスタシアを見て、余裕を取り戻したようだった。
一般的に魔術師とは、接近戦には弱いものだ。
遠くから魔術を放てば威力が高くて厄介だが、近づいてしまえば魔術を放つ前に無力化させてしまえばよい。
ベラドンナもおそらく、そのように考えているのだろう。
「……どうして私を狙ったの?」
「そんなこと、言うわけないに決まってるじゃない!」
アナスタシアの質問に対し、ベラドンナはナイフを突き出してくる。
それをかわしながら、狙ったのは間違いないようだと、アナスタシアは頷く。
続いてナイフが何度も急所を目掛けて襲ってくるが、アナスタシアは体術のみで全てよける。
アナスタシアの記憶よりも、ベラドンナの力量は劣っている。
やはり旅に出る前だからだろう。
さらにアナスタシアは体が軽く、容易に避けることができる。
もしかしたら、ブラントからもらった腕輪のおかげかもしれない。
「なっ……なんなのよ!? あんた、魔術師じゃなかったの!?」
自慢のナイフがかすりもしない状況に、ベラドンナは焦った声を出す。
だが、相変わらず狙いは急所に定まっていて、行動にまで焦りは出ていないようだ。
ずっと防戦一方だったアナスタシアは、ベラドンナの足に向けて蹴りを放つ。
ベラドンナが飛びのいてかわしたところで、アナスタシアは踏み込んで、ナイフを持つベラドンナの手に手刀を叩きこむ。
ナイフが地面に落ち、転がっていく。
「こっ……降参するわ! だから……」
両手を上げて慌てて叫ぶベラドンナ。
だが、アナスタシアは聞き入れることなく、ベラドンナのみぞおちに拳を入れる。
「ぐっ……」
倒れこむベラドンナの手首から、もう一本の隠されていたナイフが転がり落ちた。
降参だと油断させておいて、そのナイフで切りつけるつもりだったのだろう。
前回の人生で何度も見た手だったので、あっさりと破ることができた。
拳を入れたとき、【麻痺】の術式を組み込んでおいたので、しばらく起き上がることはできないだろう。
地面に倒れたベラドンナを見下ろしながら、彼女はこれほど小さかっただろうかと、アナスタシアはふと疑問に思う。
だが、小柄でアナスタシアよりも小さかったことは、以前から知っている。
それでも実際以上に大きく見えていたのは、アナスタシアの心構えの問題だったのだろう。
「……っ」
悔しそうな目だけを向けてくるベラドンナに、アナスタシアは冷淡な視線を返す。
かつてアナスタシアを虐げてきたベラドンナが、こうして無様な姿を晒している。
だが、さほど感情は動かなかった。
せいぜい、これで区切りがついただろうかという程度だ。
転がっているベラドンナはすでに過去の存在で、もはや石ころのようなものに過ぎない。
その思いが目に表れていたのか、ベラドンナが怯えた表情になる。
後は狙った理由について聞き出すだけだ。
アナスタシアがそう思っていると、ざわざわとした声が近づいてきた。
食堂を飛び出したベラドンナとアナスタシアの姿を見て何事かと思った生徒たちが、集まってきたのだ。
「ステイシィ! 大丈夫ですの!?」
レジーナがいち早く駆けつけてくる。
「大丈夫だよ」
アナスタシアは振り返りながら、答える。
足下に転がるベラドンナは麻痺しているので、もう悪さはできないだろう。
とはいえ、多くの生徒たちに囲まれてしまうのは厄介だ。
どうしたものかと思っていると、寮とは違う方向から近づいてくる姿があった。
「……えーと、今さら来ても遅いっていう感じですかね」
ばつが悪そうな顔でやって来たのは、ジグヴァルド帝国第三皇子エドヴィンのお抱え魔術師である、イゾルフだった。






