107.プレゼント
それからしばらく、放課後に魔王城へと転移して魔道具作りを教えてもらう日が続いた。
ブラントは早めに授業が終わることが多く、大抵は先に移動している。
後からアナスタシアも行って、魔道具作りを学んだ後に夕食をご馳走になり、ブラントと一緒に帰ってくるというのが、最近のパターンとなっていた。
アナスタシアも大分魔道具作りに慣れてきて、簡単なものなら作れるようになってきた。
その日も帰り道をいつものように寮までブラントに送ってもらったのだが、別れ際に引き留められる。
周囲はすでに暗く、人の姿は見当たらない。
「アナスタシアさん、これ、俺が作ったんだ。今日完成したんだけれど、アナスタシアさんに持っていて欲しい」
そう言って、ブラントは細身の腕輪を差し出す。
澄んだ輝きを持つ銀色の腕輪で、雫のような青い宝石が彩っている。
「これを……私に……?」
アナスタシアは驚きながら、差し出された腕輪を眺める。
シンプルながら可愛らしい腕輪で、アナスタシアは初めて見るものだった。
どうやら、ブラントが先に魔王城に行ったとき、アナスタシアが来るまでの間に作っていたらしい。
「ありがとうございます……」
感動と照れくささで目を伏せながら、アナスタシアは腕輪を受け取ろうとする。
すると、早速ブラントがアナスタシアの腕につけてくれた。
その途端、強力な守りの力に包まれるのをアナスタシアは感じる。
「これ……凄いですね……」
「ミスリル銀に人魚の涙が材料だよ。守りの効力があるのと、危険を察知したら青い石が赤くなるんだ」
穏やかに答えるブラントだが、その口から出てきたのは貴重な材料の名だ。
しかも、それをブラントの極めて高い魔力で仕上げたのなら、国宝級の代物だろう。
だが、効力そのものというより、アナスタシアはブラントの気遣ってくれる心が嬉しい。
そして、初めてのプレゼントということに胸が高鳴る。
当然、前回の人生でプレゼントなどもらったことはない。
必要な物を支給されたことはあるが、それだけだ。
こうして恋人からの贈り物など初めてのことで、アナスタシアは心が満たされる。
「いつでもアナスタシアさんを守れるようにと思って、今の俺にできる全てをつぎこんだつもりだよ」
「ありがとうございます……大切にしますね」
アナスタシアは腕輪をそっと押さえながら、微笑む。
すると、ブラントがアナスタシアの頬を両手で優しく挟んだ。
心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じながら、アナスタシアは目を閉じる。
ブラントの顔が近づいてくる気配がして、唇に柔らかい感触が触れる。
二回目の口づけは一回目のときよりも我を保っていられたが、それでもアナスタシアは痛いくらいに心臓が脈打つ。
「……じゃあ、おやすみ」
やがてブラントは顔を離すと、微笑みながらそう言って去って行く。
アナスタシアはしばし呆然と立ち尽くしながら、それを見送った。
翌朝、アナスタシアは寮の食堂でレジーナと一緒に朝食を摂っていた。
朝はレジーナと朝食を共にした後、教室まで一緒に行くことが多い。
「あら? その腕輪、どうしましたの?」
目ざとくレジーナが腕輪に気づき、尋ねてくる。
「うん……ブラント先輩からもらったの」
「まあ……それはよろしいですわね。そういえば最近は、夕食も別の場所で召し上がっているようですものね。……後でゆっくりお話を聞かせてくださいな」
照れながらアナスタシアが答えると、レジーナは目を丸くした後、微笑みながら囁く。
その瞳には何かを期待するような輝きがあった。
「そ……そんなに大したことは……」
やや気圧されてしまうアナスタシアだが、レジーナはにっこり笑うだけだ。
そこで話はいったん終わりとなる。
「あら……このスープ、少し味付けが濃いですわね。夕食の方が、朝食も作るようになったのかしら」
スープを口に運んだレジーナが、ぼそりと呟く。
アナスタシアもスープを飲んでみるが、あまりよくわからない。
言われてみれば、少し味付けが濃いかもしれないといったところだ。
どうやらレジーナは味覚が鋭いらしい。
「夕食の方?」
気になる言葉があり、アナスタシアは尋ねてみる。
「ええ、少し前から夕食を作る方が変わったらしいのですわ。味付けが少し濃くなったような気がして尋ねてみたら、いつもの方が体調を崩してしまい、代わりに姪御さんが手伝いに来ているとか」
「そうだったんだ」
ここのところ、夕食は魔王城で食べているから、知らなかった。
だが、どうということはない出来事のはずなのに、アナスタシアは何となく背中がむずむずするような気がしてくる。
「すみませーん、さっきのお盆にお皿を一品乗せるのを忘れてしまって、持ってきました」
すると、そこに声をかけられる。
茶色い髪を束ねた小柄な女性が、皿を二つ持ってやって来たのだ。
見たことがない顔で、代わりに来ているという手伝いの人だろうかと、アナスタシアは思う。
そして、周囲の生徒たちのお盆と自分のお盆を見比べてみると、確かに一皿少ないようだった。レジーナのお盆も同様に一皿足りない。
たまにはそういうこともあるだろうと、アナスタシアは皿を受け取ろうとする。
その手首を飾る腕輪の石が、赤くなっていた。






