102.元パーティーメンバー(挿絵あり)
ならず者三人組を警備兵に引き渡すと、アナスタシアたちは再び街の散策に戻った。
アナスタシアの命を狙っている者が誰かはっきりせず、疑問は残ったが、とりあえずは置いておくことにする。
あの程度の相手が何人襲ってきたところで、問題はない。
「……意外と美味いな」
何だかんだと言っていた割に、エリシオンはブラントの買ってきた棒状の揚げ菓子が気に入ったようで、歩きながら食べている。
ブラントは何か言いたげな、やりきれないような眼差しを向けていたが、ため息として吐き出しただけだった。
「そなた、狙われるような心当たりはあるのか?」
しばらく散策した後、何気なくといったように、エリシオンが尋ねてくる。
すると、ブラントもはっとしたように、アナスタシアに視線を向けてきた。
「あるといえばありますが……何かが変な気がして……明日にでも、父に話を聞いてこようかと思います」
アナスタシアを殺すよう指示した者は、セレスティア騎士団の短剣を落としていったという。
だが、あまりにもあからさますぎて、疑わしい。
とんでもない間抜けだったという可能性もあるが、決めつけるのは危険だ。
セレスティア騎士団のことなら、国王である父メレディスに尋ねてみるのが手っ取り早いだろう。
メレディスがアナスタシアの命を狙ったという可能性もないわけではないが、極めて低いだろう。
マルガリテスを取り戻せるかもしれないのに、現時点でアナスタシアを始末する利点があまり感じられない。
しかも、あの程度のならず者ごときでアナスタシアが殺せるとは思わないはずだ。
もっとも、裏に深慮遠謀があったとしたらわからないが、疑い出せば切りがない。
「そうか。もし儂の手助けが必要であれば、遠慮なく申せ。そなたはブラントの番い、儂にとっても孫同然だ」
気遣わしげな顔で、エリシオンが声をかけてくる。
「……ありがとうございます」
驚きながら、アナスタシアは礼を述べる。
まさかエリシオンにここまで気遣ってもらえるとは、考えもしなかった。
前回の人生では最後の敵であり、今回の人生でもこれからの目標を立てたときには、倒すつもりだった相手だ。
それが、今や身内となっている。
改めて、前回の人生との違いに、アナスタシアは感じ入る。
状況はがらりと変化し、アナスタシア自身も変わった。
かつての身を縮めて、周囲の言いなりになるだけだった自分は、もう存在しない。
良い方向に進んでいるのだから、きっと今回の事件も解決できるだろうと、アナスタシアは楽観的に考える。
「さて、それでは儂はそろそろ戻るか。魔道具作りの材料と、城に場所を用意しておこう。三日ほどしたら、城に来るがよい」
そう言って、エリシオンは【転移】で帰っていった。
歩きではないので、馬車にはねられることもないだろうと、アナスタシアは安堵しながら見送る。
「……何だか、嵐みたいだったね。二人で、お茶でも飲もうか」
疲れ切った様子のブラントに促され、二人は喫茶店に向かう。
すると、その途中でまたレジーナとホイルが連れ立って歩いているところに遭遇した。
アナスタシアは、二人で出かけていたのかと尋ねただけで、激しく否定されたことを思い出し、何と言ってよいものか迷う。
「ええと……二人で、ダンジョンにでも行っていたの? 鍛錬?」
思いついたのは、この程度のことだ。
二人の靴に土がついていることから、あながち間違いでもないだろう。
「そっ……そうですわ! 単なる、鍛錬ですのよ、鍛錬!」
「そう、鍛錬だ! 鍛錬に付き合ってやってるだけだ!」
今度は二人とも、否定することなく肯定してきた。
アナスタシアはちらりとブラントに視線を向けるが、ブラントは生温かい微笑みを返してくる。
どうやら対応は間違っていなかったようだと、アナスタシアは胸を撫でおろす。
「ええと……今日はダンジョンに行ってきたのですけれど、その前にハンターギルドに寄ったとき、少々気になることがありまして」
こほんと咳払いをして表情を切り替えると、レジーナが口を開く。
「わたくしたちに声をかけてきた女性がいまして。何でも、妹さんが魔術学院に入学を考えているそうで、どういうところか見学をしてみたいけれど、どうすればよいのかと尋ねてきたのですわ」
「俺たちが魔術学院の生徒らしかったから声をかけたって言ってたけど……今の一年首席はどれくらい強いのかとか、変なことまで聞いてきたんだよな」
レジーナとホイルが、訝し気な顔をしながら口々に述べる。
思わず、アナスタシアもブラントと顔を見合わせた。
「学院は普段、部外者は立ち入り禁止で、見学したければ学院の事務にお話ししてみてはいかがかしらと答えましたけれど、あまり真剣ではないような印象を受けたのですわよね」
「一年首席は魔族を倒すくらい強いって言ったら、何か引きつってたな」
さらに続く言葉で、アナスタシアは何やら不穏なものを感じる。
先ほど襲われたばかりのところにこの話は、タイミングが良すぎるような気がした。
一瞬、依頼者ではないかとも頭をかすめたが、ならず者たちの証言によれば、中年男性だったという。今の話は女性なので、違うだろう。
「……あ、あの女だ」
ホイルが路地の奥を指差す。
指し示された女性は、こちらには気づかないようで、すぐに道を曲がって消えていった。
遠目にはこれといった特徴の窺えない、くすんだ赤毛の女性だ。
「そんな……まさか……」
だが、アナスタシアは一人愕然と立ち尽くす。
もうどこにもいなくなったはずの、長い前髪で目を覆って身を縮めた少女が、こちらをじっとねめつけているような錯覚に陥る。
わずかに見えた、くすんだ赤毛の女性の姿には、見覚えがあった。
かつては毎日見ていた姿だ。そう簡単に見間違えることはない。
前回の人生でアナスタシアが言いなりになっていた相手の一人であり、元パーティーメンバーの一員、ベラドンナだった。
名無し様からアナスタシアのイラストを頂きました。
死に戻ってきた直後くらいのアナスタシアだそうです。
一話目にも猫又小町様から頂いたアナスタシアのイラストがあります。






