101.捨て駒
路地裏の先は行き止まりで、戻る道は人相の悪い三人組の男たちに塞がれている。
アナスタシアとエリシオンは、追い詰められた形だ。
もっとも、小娘と年寄りだけになれば相手も手を出しやすいだろうと、わざとブラントを遠ざけて作り出した状況だった。
「あ……あなたたちは、誰ですか……? どうして、私を殺そうと……?」
怯えたふりをしながら、アナスタシアは問いかけてみる。
「さあな。あんたに死んでほしいっていう奴がいるんだとよ。かわいそうだけど、諦めてくれや」
だが、芳しい答えは返ってこなかった。
もしかしたら彼らは単なる捨て駒で、詳しいことを知らされていないのかもしれないと、アナスタシアは冷静に考える。
「……なあ、殺す前に……」
「そうだな、じじいから先に殺って……」
「でも、早くしないと男が戻ってくるかもしれないぞ。やるならさっさと……」
三人組はアナスタシアの全身を舐め回すように眺めると、好色な笑みを浮かべながら囁き合う。
その視線は、アナスタシアに鳥肌が立つような不快感をもたらす。
今の時点でこれ以上、彼らから情報を引き出すことはできないだろう。
それならば、我慢する必要はないと判断したアナスタシアは、無造作に三人組に近づいていく。
「お? どうした……ぶふぉ……っ!?」
自分から近づいてくるアナスタシアを不思議そうに見つめる三人組の一人だったが、最後まで言い切れずに吹っ飛んでいく。
アナスタシアが顔面を殴りつけたのだ。
軽くだが魔力を拳に流したので、アナスタシアの細い外見からは想像もつかないような威力だった。
残された二人が、状況を把握できずにぽかんとしたまま立ち尽くす。
アナスタシアはそちらの二人も同じように殴りつけ、地面に沈めた。
あっけなく決着となり、見た目通りその辺のならず者程度の力量しかなかったと、アナスタシアは三人組を見下ろす。
「……儂の分は残っておらんのか」
「弱すぎるんで、つまらないと思いますよ」
残念そうに呟くエリシオンに、アナスタシアは淡々と返す。
「それもそうか。つまらぬ雑魚ではあったが、そなたの戦い方はなかなか面白いのう。魔力を流しておるのか。それはかなりの制御力が必要となるだろう。そなた、その若さでよくそこまでできるな」
感心したようなエリシオンの声が響く。
これは前回の人生での経験によるものが大きい。魔力を拳に流す戦い方は前回の人生では使わなかったが、土台となるのはそのときのものだ。
詳しく説明するわけにもいかず、アナスタシアは曖昧に頷くだけにした。
「さて、こやつらはそなたを狙ったようだが、その理由でも尋ねてみるとするか」
そう言って、エリシオンはパチンと指を鳴らす。
すると、倒れていた三人組が虚ろな目をしたまま、起き上がった。
「何故、アナスタシアを狙った?」
「……殺せと、依頼を受けた」
エリシオンが質問をすると、三人組が焦点の定まらない瞳をしながら答える。
「依頼をしたのは誰か?」
「……わからない……素性は言わなかったし、尋ねもしなかった。そういった裏の依頼をするような奴は、大抵そんなもんだ」
やはりというべきか、三人組は使い捨ての捨て駒のようだ。
たいした実力もないので、当然といえば当然だろう。
「依頼者の特徴はどのようなものだった?」
「……黒いフードで顔を隠していて……おそらく中年の男……そうだ、立ち去るときにこれを落としていった」
三人組の一人が、ひとつの短剣を差し出した。
古びた短剣で、柄の部分に剣と盾をモチーフとした紋章が刻まれている。
その紋章に、アナスタシアは見覚えがあった。
セレスティア騎士団のものだ。
ということは、セレスティア聖王国の誰かがアナスタシアを狙ったということだろうか。
真っ先に思いつくのは、妹のジェイミーだ。
だが、謹慎中であり、おそらく外部との接触も制限されているであろうジェイミーが、国元から離れた魔術王国で使えるならず者を雇えるだろうか。
ジェイミーを支持する勢力の仕業というほうが、現実的かもしれない。
ただ、わざわざ落としていったというところが、気になる。
もしかしたら、セレスティア騎士団の仕業に見せかけるため、わざと落としていったのかもしれない。
「……売り払っちまおうかとも思ったが、依頼者を強請るネタになるかもしれねえから、持っていた」
三人組の一人が説明する。
その理由はもっともではあったが、アナスタシアは思わず苦笑してしまう。
「……男は厄介そうだったが、運よくどっかに行ったから、女とじじいなら簡単だろうと思ったのに……こんなに強いなんて聞いてねえ……」
しかも、恨み言まで言い出すのがいた。
結構好き勝手に口をきけるようで、アナスタシアの知る傀儡の術とは違うようだ。
色々な情報を引き出すための加減なのかもしれない。
「さて、他に聞きたいことはあるか?」
エリシオンがアナスタシアに尋ねてくる。
少し考えたが、何も知らされていない捨て駒に答えられるようなことなど、これ以上は思いつかなかった。
「いいえ、大丈夫です」
「ならば、こやつらはどうする? 始末するか?」
アナスタシアが答えると、今度は物騒なことをエリシオンが言い出す。
ここで首を縦に振ったら、跡形も残さないように消してしまいそうだと苦笑しながら、アナスタシアは首を横に振る。
「……いえ、警備兵に突き出しましょう。何か他の罪があるかもしれませんし」
「そうか。そなたが言うのならば、そうしよう。では、行こうか」
特に異を唱えることもなく、エリシオンは三人組を従えて歩き出す。
三人組は相変わらず虚ろな目をしたまま、おとなしくエリシオンの後をついてきた。
「あ、いたいた! アナスタシアさん!」
大通りに出たところで、手に包みを持ったブラントがやってきた。
ブラントはエリシオンの後ろを黙ってついてくる三人組を眺め、一瞬顔をしかめたが、まともな状態ではないと気づいたのだろう。
すぐに視線をはずして、アナスタシアに向き直る。
「わざわざ聞く必要もないだろうけれど……大丈夫だった?」
「はい、よくその辺に転がっている、弱いならず者でしたから」
やや心配そうなブラントに、アナスタシアは微笑みながら答える。
二人の間に柔らかい雰囲気が漂う中、エリシオンがじっとブラントを見ていた。
「……そなた、本当に買ってきたのか」
驚きと呆れが入り混じる声で、エリシオンが呟く。
その途端、ブラントの表情が引きつり、何か言いたいのを必死に我慢するように、唇を引き結んでいた。






