100.不穏な追跡者
ブラントは魔王エリシオンから魔道具作りを教わることになったが、材料などを準備するので数日待てという。
もちろん異論はなく、この日は食事をした後、アナスタシアとブラントはいったん寮に戻った。
そして翌朝、何かやらかしていないだろうかという不安と共に、再び宿にやってきた。
「……なんだ、もう朝か」
幸いと言うべきか、エリシオンはやらかす間もなく寝ていたようだ。
十年以上ふて寝をしていたくらいなのだから、その気になればいつまででも眠っていられるのかもしれない。
今日は学院が休みなので、街を案内することになっている。
準備をすると、宿を引き払って街に出た。
「思い出したが、この街にはずっと前に一度来たことがある。当時とは街並みも随分と変わったようだ」
街並みを眺めながら、エリシオンがふと呟く。
「どのくらい前ですか?」
「ここの魔術学院とやらができて間もない頃だな。ラピスが自慢してきた」
「……三百年くらい前ですか。それは街並みも変わっているでしょう」
尋ねたブラントは、エリシオンの答えに苦笑する。
魔術学院の創設者ラピスは魔族だったという話は聞いたが、エリシオンもラピスのことを知っているようだ。
「ラピスはセレスティアの友人でな。まあ、ライバルというやつだったかもしれん。何かと張り合っておったな」
話しながら歩いていると、やがてハンターギルドの前を通りかかった。
興味を引かれたのか、エリシオンが足を止める。
「ここは何だ? この街の中ではそこそこ腕が立ちそうなのが集まっているようだが」
「ハンターギルドです。ダンジョンに潜るためにはハンターの資格が必要で、等級によって立ち入ることができるダンジョンが制限されます」
ブラントが答えると、エリシオンは目を見開いてハンターギルドを眺める。
「ほう……そのような仕組みがあるのか。なるほど、力を持つ者が魔物退治をするが、個々ではなく体制を作っているというわけか。人間は人間で、色々と考えているものだな」
感心したように、エリシオンは頷く。
「俺とアナスタシアさんも、ハンターの資格を持っています」
「そうなのか。ならば、儂もその資格を取れるのか?」
「え……?」
思わず、アナスタシアとブラントは顔を見合わせる。
魔王がハンターの資格を取ってどうするというのだろうか。
ハンターはダンジョンに潜るものだが、魔王といえばダンジョンの元締めのようなものだろう。立場が逆だ。
「……特に条件はないので大丈夫でしょうけれど……ハンターになってどうするんですか?」
「そなたたちが持っているというから……」
ブラントに問われ、エリシオンはやや拗ねたように答える。
みんなが持っているから欲しいということか。
まるで子供のようだと、アナスタシアとブラントは頭を抱えたくなってくる。
「……ん?」
そのとき、エリシオンがハンターギルドに視線を向け、わずかに目を細めた。
何事かとアナスタシアも視線を移すと、ハンターギルドの中からどことなく暗い雰囲気の漂う、人相の悪い三人組が出てきたところだった。
まるで犯罪者か、その予備軍のような面構えだ。
ハンターは誰でもなれるため、ならず者も多い。だが、この街は魔術学院都市ということもあって、そういった輩は滅多に見かけることがなかった。
「あ? 何見てんだ?」
アナスタシアたちの視線に気づいたのか、三人組の一人が威嚇するような声を発してきた。
関わってもよいことはないと、アナスタシアはブラントに目配せして、この場を立ち去ろうとする。
「……そうだ、儂は買い食いと食べ歩きというものをしてみたい。ブラント、どこかで手軽に食せるものを買ってきてくれ」
そこに、のんびりとしたエリシオンの声が響く。
三人組はぴくりと反応したようだったが、何も言わずに様子を窺っている。
「……はい?」
「歩きながら食べられるものだ、よいな。儂とアナスタシアはこの先で待っておる」
眉をひそめながら呆れた声を漏らすブラントだが、エリシオンは堂々とした態度を崩さない。
ブラントは反射的に何か文句を言いかけたが、思い留まったようだ。神妙な顔で頷くと、アナスタシアに真剣な眼差しを向けた。
頷きながらアナスタシアがちらりと三人組の様子を窺うと、彼らは顔を見合わせてひそひそと何かを囁き合っているようだ。
「……じゃあ、ちょっと行ってきます」
少し気がかりそうではあったが、ブラントは食べ物を探しに行った。
「では、儂らは向こうに行っていよう」
エリシオンに促され、アナスタシアは歩き出す。
路地裏へと入り、人の気配が無い場所へと向かっていく。
「どうも、この街には不慣れで道がよくわからぬのう」
「ここを通ると近道ですよ」
わざとらしいエリシオンに合わせ、アナスタシアも適当なことを言う。
後ろから何かがついてくる気配は感じていたが、それがどんどん近づいてくる。
やがて、道は行き止まりに突き当たった。
「おや、行き止まりだ」
「ああ……曲がる道をひとつ間違えてしまったかもしれませんね」
またもいい加減なことを言いながら、アナスタシアは振り向く。
すると、そこには先ほどの人相の悪い三人組が、抜き身のナイフを手に握りながら、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。
「お嬢ちゃんがアナスタシアか? こんな上玉、もったいねえから俺も殺したくねえんだけど……まあ、諦めて死んでくれや」






