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#23a 喧嘩

 居住エリアの廊下の窓を見る。夜になって、もうだいぶ経つ。


「どうしてるかな。あの少年……」

 四〇三号室へ向かいながら、セニアはつぶやいていた。


「『あれっくす』、だったっけ」


 小さなため息がでた。何を言うかは決めている。

「……謝ろう」


 あの子にとって大切な母親を貶めて、冷たくあしらった。味方がいない、ひとりぼっちの、この場所(VRA)で。

 ――わたしも似たようなものなのに。


 でも、始めになにを言えばいいのだろう。

 こういう事を誰かに言うなんて、同じ年代の『ひと』に心から謝るなんて、生まれて初めてだから……。


「……うぅ」

 わからない。それに、

 他にも『忘れていること(・・・・・・・)』、何かあるような――


 考えながら歩いているうち、……着いてしまった。

 ドアに記された『四〇三』の文字。わたしの部屋、なのに別の部屋のように感じる。


「ふぅ、ヨシ!」

 息を整えて、ドアを開けた――


「えっ? 暗い……」

 四〇三号室は、薄闇の世界。部屋に電気は点いていなかった。

 ドアから見える少年(アレク)は急ごしらえのベッドに、壁を向いて横になっている。


「……人感センサー、切ってない」


 実体が存在しなければ、センサーは『人がいない』と判断する。当時、最後まで部屋にいたセニアがいなくなった事で、意図せず照明が落ちたのだった。


「もう、寝てるよね……」

 あれだけ泣いて、疲れたはず。

 セニアは手持ちの小型端末で部屋の人感センサーをオフにし、四〇三号室に入った。


 そろりと部屋を進む。ドアが閉まった。

 その時、


「……いるんだろ、なんか言えよ」

 声がした。

 全く動かず、丸くなった背中を見せたまま。


「起きてた、……のか」

 いつもの癖で、任務中の勝ち気な口調に戻ってしまった。


「あぁ、ずっと起きてたよ。……ずっと考えてた」

 少年は、微かな声で言う。


 こんな暗い部屋で、たったひとりでずっと……。

 いわなきゃ――

 でも、

「そうなのか、……大丈夫か」


 勝ち気のまま喋ってしまう。

 ……ちがう! 言いたいのはそんな言葉じゃない。

 どうしたら本当の気持ちが言えるの、……わたしはどうしたら。


 少年が言った。

「……バカにしに来たんだろ。『存在しない親に甘えるガキ』って……」声が震えている。

「……しんじる、もんか……」


「ちがうんだ! ここは、わたしの部屋だ。それと――」


「もういい! ……僕に、話しかけるな。なにも変えたくない、変わることなんて、僕には、……ないんだ」

 背中をさらに曲げ、身を縮める。そして少年は、何も言わなくなった。


「おい! あ、アレックス――」

 名前、呼んでも返事してくれない。塞ぎこんだ少年は、もうわたしを相手にしてくれなかった。


 ――ひとり――

 また、わたしはひとりになってしまう……。

 いかないで……! もう、わたしはひとりになりたくない。


 変わりたい、変えたい――

 わたしを、そして――


 悲しみの中で、セニアが発した言葉は、

 ――激語だった。


――


 ――暗い。

 どこまでも、暗い。僕がいる部屋じゃなく、心の奥が何も見えない。

 わずかな涙も出なくなった。また補充されるまで、頬は乾いていくだろう。


 そんな時、部屋に光が差した。聞き取れなかったが少女の声、セニアだ。

 足音が部屋に入った。


 ――いるんだろ、なんか言えよ――

 久し振りに声を出した気がする。本当はそうでもないのに。

 僕は、助けて欲しかったのかもしれない。敵と思った彼女に、すがりたかったのかもしれない。

 だけど、僕はのばした手を引っ込めた。

 相手が敵だからじゃない、そんなのどうだっていい。


 僕は、僕自身が『幻』なのを信じたくない。

 だけど、……幻じゃないのだとしても、僕は元々『空っぽ』だ。

 なぜなら母がいなくなってからずっと、僕は『死んだ人間』なのだから。


 いいんだ。もう変わらない。僕は独りなんだ。

 ……あきらめよう。何もかも。……ぜんぶ、このままで。

 そして僕は、救いの手を差し出そうとする少女を、突き放して――



「ふざけるなっ!!」

 セニアの怒号にアレクはびくりとした。心の暗闇は、消し飛んでしまった。


「こっちを向けよ! ……自分の殻に閉じこもって。あんたは本物のバカなのか……!? ちがうだろ!」

 それは激しくて大きくて、だけど何かを求めるような声だった。


「ほんとにいいのか! 何も変わらなくて。あんたはそんなことで、わたしに背を向けるのか!」セニアは力のすべて発した。

「わたしを見たらどうだ!! ……この臆病者(・・・)っ!」



 ――『臆病者』――


 前にも聞いた気がする。

 違う、それは裏路地で僕が言ったんだ。

 あのときフードの奥でセニアは不敵に、勝ち気な表情で笑っていた……。


 ――だんだん腹が立ってきた。

 子供扱いされて、ケタケタ笑われて、相手にされないと思ったら、ここに来れば『甘えん坊』と『馬鹿馬鹿しい』!


 ――あのときの続きだっ! コイツに勝ってやる!!

 ベッドから起きて、セニアに顔を見せる。

 暗い中ではあるが、彼女の形の良い眉尻は下がり、目は潤んでいる。


 だけど、僕は動じない。

「……じゃあ言わせてもらうよ」なぜなら、

 僕の存在を必要としてくれたから――

「しっぽ巻いて衛兵と戦士から逃げたくせに、何が『臆病者』だ! 達者なのは口だけか!?」


 セニアの顔が一瞬ほころんだ気がしたが、すぐにしかめっ面になりそっぽを向いた。

「……言っておくが、わたしはミラージュの中で一番優秀と評価されている。作戦遂行能力で右に出るものはいない」


「レンガをぶつけられたのに?」


「……! あれは、お前が想定外の行動をしたからだ! あの壁を登れるなんて考えもしなかった」


「ふーん。で、矢で射られたのも頭になかったと」


「うぐっ……! あぁもう!! ペースを乱されるの! あんたといると!」ショートカットの髪をかきむしった。

「何よ! ウジウジしてると思ったら、今度は煽り立てて……。何がしたいのよ!」


「なにって……。お前が『こっち向け臆病者』って煽ってきたからだろ!!」


 少しの間、静かになった。

「……フ、ふんっ。わたしの挑発にか、簡単に乗るなんて単純だな」


「あーそうかい。裏路地でもそうやって偉そうに喋ってたけどな、この部屋でタオルを投げてきたときは思いっきりビクビクしてただろ……! どっちかはっきりしろ」


「あんただって、……すごい悲鳴上げて恥ずかしがってたじゃないの!」


「なっ! お前のほうが面白かっただろ『ヒッ、コナイデェ』って……。ぷぷっ」


「なによ! 右往左往するあんた、ムチャクチャ傑作だったわよ……。くすすっ」


 すべてを失った少年と何もかも拒絶し続けた少女。どちらともなく、クスクスとした声が漏れ――

 そして、


――『ぷすっ、あはははは!』――

 ふたりは大笑いした。



 ――笑いが引いて、アレクは口を開いた。

「――あはは、……あーあ。ばかばかしいな、このケンカ」


「――ふふ。……そうね、わたしもそう思う。」


「『セニア』だっけ」自然に笑みがでた。

「……ありがとう。なんだかすっきりしたよ」


 結局、僕は負けた。彼女に挑んで勝てなかった。

 でも嬉しかった。おかしな形だったけど、彼女に救われた気がしたから。


 セニアが目を細める。

「わたしの方こそ……。わたしが物心ついてからこんなに笑ったのは、これで二回目(・・・)……」


 アレクが驚く隙も与えずに、セニアが『今まで言えなかったこと』を言った。端整な顔をしわくちゃにして。

「『ごめんなさい!!』 あのとき、味方のいないあなたに酷いことを言って。あんなこと本当は思ってなかったの。母親の思い出がある、あなたが羨ましくてつい……。本当にごめんなさい!!」


「……言いたくて、でも何から言えば良いのか分からなくて。……ゆるして」

 かすれた声で謝るセニア。


「そうだったんだ……。大丈夫、もう怒る気なくしちゃったもん。謝らなくていいよ」

 心からそう思えた。


「ホント!? ありがとう」

 表情が一気にはじける。セニアは嬉しそうだった。


「ねえ、セニア。ちょっと気になったんだけど、……君には母親がいないの?」


 セニアは首を横に振った。

「……わたしは『母親』に育てられたけど、その母親と本当の意味で会ったことがないの。わたしの母親は『オーロラ』だから」


「えっ!? 『オーロラ』ってAIの」

 ハワードたちから聞いた、この世界(二〇九四年)の人類を見守り、彼らの道具であるはずのAI『オーロラ』。

 それがセニアの母親って、いったい――


 セニアは続ける。

「そう、わたしの母親。会ってみたい。『簡易モード』じゃなくて本当の意味でお話したい。けど、まだ無理……」言葉に詰まった。

「わたしは、この部隊(ミラージュ)の存続派にとって切り札であり『道具』なの。生まれてからずっと、わたしは『ひとり』で……」


 セニアは最後まで言い切れず、黙ってしまった。



 ――ひとり――


 ……きっと、僕たちは似ているんだ。

 生まれた場所、経緯、立場。いろいろ異なってて、理解できない部分もあるけれど、ひとりぼっちで迷いながら今を生きている――

 そう思った。


「あのさ……。『これからよろしく』って、ムリかな? 僕も、……独りだから」


 一瞬の間があった。

 それは喜びで固まる一瞬だった。

「……もちろん!! よろしくねアレックス」


「こちらこそ。あ、だけど『アレックス』じゃなくて『アレク』でいいよ。そのあだ名で言われたほうが親しく感じるから」


「そうだったの。なら、『アレク』。これからよろしくね」


「うん! よろしくセニア」


 夜景の光が差し込む四〇三号室。

 ――時刻は二二時四七分、

 セニアの十五歳の誕生日から、一時間後の出来事だった。



セニアの生い立ちのストーリーについてなのですが、

書ける場所が2章となってしまいます。

本当に申し訳ありません。


関連 活報6『愚痴』

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/954126/blogkey/1889158/

(スケジュールさえ狂わなければ……。遅筆が悔しい限りです……)


関連話 ※別タブ推奨

(一回目) #04a

https://book1.adouzi.eu.org/n3531ej/4/


#12a

https://book1.adouzi.eu.org/n3531ej/12/

#17a

https://book1.adouzi.eu.org/n3531ej/17/


――――――――――――――

一章分投稿スケジュールも来週でラストとなります。読んでくださいまして、

本当にありがとうございました!

m(_ _)m


来週は5話分を複数投稿いたします。

よろしくお願いいたします。


関連(活報12)

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/954126/blogkey/1902905/


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