【07】エピローグ
――その後の話をしよう。
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ジェイコブが女遊びをしていた、という噂は広がる事もなかった。
そういう話が出た時、本当に女遊びをしていた令息ならば、「私も遊ばれましたわ……およよ……」と言い出す令嬢がいるものだ。
これは本当に遊ばれていた、純粋な令嬢が遊ばれた悲しみを吐露する事もあれば、己のステータスにするために、関わった事がないのに嘘をつく者もいる。
一般的には婚前に異性とあまりに深い関係になっている事はよろしくない事である。
だが、世間的に宜しいとされている事に反発するのがカッコいいと考える者たちがいるのも事実で、一部の若者の間では異性との経験値が多いのを自慢げに語る者がいるのだ。
そのせいで噂が大きくなりがちだったりするのだが……今回の場合は、ジェイコブの女遊びは完全に存在しない噂なので、前者の「本当に遊ばれた令嬢」から洩れる新しい話はない。
後者の令嬢は話を盛ろうにも、ジェイコブは学園に通っていた二年間以降は王都には殆ど立ち寄っていない。ジェイコブの同年代の令嬢でもそこまで彼と深く関係があったものなどはおらず、盛れる話すら殆どなかったのである。
それに、この時にはローゼマリーという戦うにはあまりにも高すぎる壁が現れていた。ジェイコブと遊んだ事はステータスにもなるだろうが、下手な事を言った後に己に降りかかる可能性のあるデメリットも多すぎる。自然と、通常時より嘘を吐く令嬢は減っていたのだった。
そうした様々な要因により、偽りの噂はローゼマリーの耳に入る前に消えてしまった。
(もしかすれば耳に入った上で、聞かないふりをしているのかもしれないけれど……)
もしかしたら知っているかも、なんて疑心暗鬼に陥っても仕方がないので、ジェイコブはそれ以上この件には首を突っ込むことはしなかった。
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王都で必要なパーティーへの出席が終わった後、ジェイコブ、ローゼマリー、エドワードの三人は早々に領地へと帰った。
帰りの見送りには、アーサー叔父夫妻しかいなかった。
あれ以来、ジェイコブはロドニーには一度も会っていない。
ロドニーはあのパーティーの日以降、アーサー叔父によって謹慎させられていた。
アーサー叔父は、女遊びをしまくり、更には私生児まで作ってしまっていたロドニーに、「家の名を汚した」と大層お怒りで、彼を謹慎させた。
詳細な処分については、エルウィズ家当主であるジェイコブの父と相談するという事であったが……少なくとも、今までのように気軽に行動する事は出来ないだろう。
この、ロドニーへの対応には、ジェイコブは関わらない。伯爵から何か聞かれれば応えるが、自分からは何も言うつもりはない。この手の問題への処分は当主や実の親などの領分だというのが一つ。
また、従兄弟間での長年の小さい嫌がらせより、私生児を作るほど遊んでいた問題の方が大きい。他家にまで影響するからだ。ジェイコブが何もしなくとも、身内に下すにしては重めの罰が与えられるはずだ。
ローゼマリーには、ロドニーの不在に関しては「少しおいたをしていたようで」とぼかして伝えた。
何も伝えていないと不安になるだろうし、情報を持っていない事で悪い方向に考えやすくなると考えたからだ。
ローゼマリーも確りとした伯爵家の娘。おいたに対する対応は、当主や実の親が下すものというのは心得ており、何も口出しなどはしなかった。
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エドワードは王都から戻って少しして、ジュラエル王国へと帰っていった。王都での社交に疲れ果てたらしい。ペデュール王国内にいてはまた呼び出されかねないので、早々に国外への脱出を決めたのだった。
ローゼマリーはペデュールに来て以降、ずっと頼っていた祖国からの知り合いとの別れに、涙目になりながらエドワードを見送った。
「エドワードおじ様……! どうぞお元気で……」
「ああ。ローゼマリー嬢。ジェイコブたちをよろしくお願いするよ」
「はい。どうかお父様たちにもよろしくお伝えくださいませ」
「もちろんだとも」
エドワードは馬車に足をかけながら、家族たちに大きく手を振った。
「また新しいのを作れたら連絡するから~!」
そうして、エドワードは去っていった。
◆
ジェイコブとローゼマリーは、その後、婚約者として仲を深めながら、問題なく過ごした――とは、少し、言い切れなかった。
二人の関係自体は大きな問題はなかった。ジェイコブは婚約者として以上にローゼマリーを一人の女性として大事にしたし、ローゼマリーもジェイコブを一筋に好いてくれた。
だがしかし、二人が結婚式を挙げるまでの一年間、さまざまな問題がローゼマリー周りで発生する事となった。
いかんせん、あの美貌である。
ジェイコブの婚約者としてやってきたというにも関わらず、ワンナイトを狙う無謀者や、一方的にほれ込んで誘拐して己の妻にしようとする犯罪者など、後を絶たない。
本人が祖国では高く評価されてこなかった事によりそういう目で見られる事に自覚が薄い事もあり、最初の頃は特にその手の問題が多発した。
ローゼマリーは箱入り娘的に育てられてはいたものの、一応しっかりと貴族令嬢として育てられていたのもあり、少しするとしっかりと自衛をしてくれるようになった。
それでもなお、よからぬ事を考える人間が多くて大変であった。
そうした問題を、ジェイコブやエルウィズ家の人々はいくつも乗り越えていった。乗り越える度に、ジェイコブとローゼマリーの仲も深まり、他人の入る余地はなくなっていったのだった。
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そうして一年後、二人は式を挙げ、書類的にも対外的にも正式な、夫婦となった。
ペデュール王国で開かれた結婚式にはローゼマリーの両親であるカシテライト伯爵もジュラエル王国から参列した。
晴天の下、二人は並び、一生の愛を誓う。
「ジェイコブ・エルウィズは、ローゼマリー・カシテライトを一生愛し、慈しむ事を天なる神に誓います」
「ローゼマリー・カシテライトは、ジェイコブ・エルウィズを一生愛し、慈しむことを天なる神と精霊に誓います」
そうして交わした口づけは、終わりではない。
これから始まる、長い人生を共に歩いていく、始まりの合図に過ぎないのだった。




