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オレの婚約者は『ブサイク』らしい  作者: 重原水鳥


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【05】今度はオレ自身にまつわる噂

 王都に来て最初で最大の仕事であった、王族が開くパーティーは無事に成功した。



 ◆



 ローゼマリーに関する噂を知っている人々は、噂と全く違うローゼマリーに言葉を失ったし、噂を知らなかったり興味がなかった人々も、ローゼマリーを見て、


「なんて美しい……!」

「一体どこのご令嬢だ……?」

「エスコートしているのは、シャーリーブルーの家の令息では?」

「では、彼女がジュラエル王国から来るという話だった婚約者なのか?」


 と、ざわめいた。


 そんな中で、ジェイコブはローゼマリーと共に国王陛下と王妃殿下に挨拶をする事となった。


 二人よりも先に挨拶をしたのは靑栄(せいえい)伯エドワードだ。まあ、これも簡単に挨拶をして終わり、ではなかった。

 叔父は国王陛下と王妃殿下への挨拶中、ペロリと、


「もうすぐ、新しい青の染料を作る事が出来るかと。出来上がりました際は、是非、王妃殿下に最初に献上したく存じます」


 などと話し出したのだ。

 エドワードに紹介されて前に進み出る予定で、比較的近くに控えていたジェイコブは心の中で、


(叔父上。聞いてない。叔父上! 知らない知らない! 聞いてない聞いてない! そんな重大な事を根回しなしで、こんな大きな舞台で一人で発表しないでくれ!)


 と頭を抱える事となった。

 王妃殿下はエドワードの言葉に大層喜んで、国王陛下も嬉しそうだったのは良いのだが、心臓に悪すぎる。


 その後、エドワードが「本日は甥とその婚約者がエルウィズ家を代表してきておりまして」と切り出した事で、二人は国王夫妻の前に進み出た。


「国王陛下、王妃殿下にエルウィズ伯爵家を代表して、ご挨拶申し上げます」


 ジェイコブの言葉に合わせて、ローゼマリーもカーテーシーをする。

 エドワードが、二人の詳細を国王陛下たちに説明した。扱い的に、エドワードが紹介した事で顔を合わせている状況になっているからだ。


「甥のジェイコブはシャーリーブルーの責任者として働いております。婚約者としてペデュールに来たローゼマリーは、私がシャーリーブルーを開発する際に多大な助力をしてくださいました、ジュラエル王国のカシテライト伯爵のご息女でございます」

「まあ。シャーリーブルーの?」

「そうでございます。シャーリーブルーの開発に、カシテライト伯爵の助力は不可欠でございました」

「うむ。エルウィズ家の息子は、素晴らしい女性を婚約者としたのだな。これは、次代も期待が出来るというものだ」


 期待というものの、実際の所、エルウィズ家の発展はエドワードあってのようなもの。次代にエドワードのような新しいものを生み出す才のあるものが出るかは分からない。

 が、今のジェイコブたち(エルウィズ家)に国王夫妻が求めているのは、そういう事ではなく「シャーリーブルーを作り続けられる」という事である。服の型や帽子、靴、アクセサリーなど、さまざまなものの形はその時々の流行で簡単に移り変わる。色彩も、赤が流行るだとか、黄色が流行るだとか、流行はある。


 そんな中でも、【青】だけは、その位置づけが変わる事は向こう数十年、ないだろう。


 だからこそ、彼らはシャーリーブルーという新しく出た最上位の【青】を必要に応じて手に入れられる事を求めているのだ。


「ありがたいお言葉でございます」


 ジェイコブは国王陛下の言葉に深く頭を下げた。ローゼマリーもそれに従い、頭を下げ続けていた。



 ◆



 ――噂はただの噂。

 ローゼマリーは「ジュラエル王国すなわち美人が多い」のイメージ通りの美女で、しかもあのシャーリーブルーの開発にも深くかかわった家出身で、そのうえ、国王陛下たちからの覚えもめでたい。


 そんな構図が、たった一夜で出来上がったのだ。



 ◆



 以降の社交界では、ローゼマリーの噂はどこに行っても小耳に挟まった。

 更に、新規でパーティーや茶会への誘いも凄い勢いで届いた。


 一目で良いので、あの美しい人を近くで見たいという雰囲気が凄い。


「全く、現金なものだ」


 ジェイコブが婚約者と共に王都に来るという話は一応、前々から出ていた。それでありながら事前に送ってきていなかったのは、ジェイコブが跡取りとはいえまだ若く侮っていたのと、ローゼマリーがブサイクという噂を信じていたからだろう。

 招いてしまえば、シャーリーブルーに関わる以上、下手な扱いは出来ない。気まずい思いをするのなら最初から招かなければ良いという訳だ。

 それが、とてつもない美人だったから、一転して己の家に呼ぼうと必死な訳だ。


 時流に乗ろうとする勢いが悪い訳ではないが、ローゼマリーには無理をさせられない。特に、ローゼマリー一人だけ参加を促す女性限定の茶会などは、出せる訳もない。

 とてつもなく馴染んでいるが、ローゼマリーはペデュールに来てまだ二か月だ。

 教師の下での作法は完璧とはいえ、ペデュール国内の貴族関係を完璧に覚えきれている訳でもないし。名前は比較的覚え始めているとの事だが、顔と一致までは難しいだろう。

 更に、勝手に連れ出したりしたらジェイコブが伯爵夫人(ははおや)にとんでもなく叱られる事になる。伯爵夫人はローゼマリーの女性限定の社交デビューに強い責任を感じており、色々と算段をつけているらしいと小耳にはさんでいた。怒る母は怖い。


 そんな細かい事情を語る事はないが、ペデュールに来て二か月しか経っていない事を理由に、事前に参加を決めていた物を除いて殆どを断った。

 その中で、いくつか顔を合わせておきたい家だけは、エドワードとジェイコブの二人で参加する事にしたのだった。

 一番の目的はローゼマリーであったろうが、エドワードも超重要人物だ。ローゼマリーが来ないなら参加しなくていい、なんて事を言ってくる家は存在しなかったのだった。



 ◆



 王都での日々は基本的には問題なかった。


 ローゼマリーも参加したパーティーでは多くの人に囲まれたが、ローゼマリーはいつも落ち着いて会話をしていた。周りの人々も、見た目が美しいだけでなく、外国(ジュラエル)人でありながら綺麗なペデュール語をしゃべり、教養もある。

 若い令嬢ほど、ジュラエル王国に憧憬を抱いている者が多い。そういう背景もあり、女性との会話でも求められた範囲で母国の話などをして盛り上げた。それでいて、求められない以外では「大国から嫁いできたのだ」とひけらかす事がないのは、年配が上の人々からは好印象に映ったらしい。


 そんな感じで、第一に心配されていたローゼマリー関連は、特に問題は起きていない。


 が。


「ジェイコブ。お前、女遊びをしていたのかい?」

「は?」


 ある日、エドワードが一人で参加したパーティーから帰ってきて早々、ジェイコブの私室にやってきてそんな事を言いだした。ジェイコブは「何を言ってるんだ」とばかりにエドワードに怪訝な目線を向けた。

 最初に「近くにローゼマリー嬢はいないだろうね?」と確認してきた時点で、彼女に聞かせられないような話題とは予想出来ていたが、自分の話題とは想定していなかった。


「いやあね」


 と、エドワードは正装のジャケットを脱ぎながら話し続けた。


「ちょっと小耳に挟んだんだ。ほら、ローゼマリー嬢の容姿が優れないという噂が立っていたが為に、それを鵜呑みにしたお前が気を紛らわせるために王都で女遊びをしていた――という噂が立ち始めているらしい」


 ジェイコブは「はあ?」と紳士らしくない声を上げそうになって、それをなんとか飲み込んだ。


「事実無根過ぎます。王都に定住していたのは、学園にいた二年間だけですよ」


 エルウィズ伯爵家の跡取りとして、王都の外れにある貴族専用の教育機関である学園に通っていた二年間、ジェイコブは王都に定住していた。

 その期間は確かに、必要に応じて社交界にも出たが、それ以外は万が一にも学園で留年したりならないように、必死だった。この当時は若者コミュニティ以外とのかかわりが殆どなく、出ていく度に「ああ婚約者が(ブサイクの)!」と言われるのが嫌すぎたのだ。

 あの頃は「偽りでもいいから絵姿位送ってくれ!」とカシテライト伯爵家に思っていたが、今はそうは思わない。ローゼマリーの事を思えば、己の姿に自信がなく、絵姿を作る事すらできていなかった彼女を責める事など出来ようもない。


「その間、特定の令嬢とかかわった事はありません。一番関わっていて王女殿下ですけれど……王女殿下の周りには、いつも複数の護衛がついて回っていましたから、そのような関係ではなかったと王家に問い合わせいただけば分かるかと思いますが」

「そう怒るな。事実がどうあれ、そういう噂が広まっているから、伝えておこうと思ったのだよ」

「はあ……」


 ローゼマリーについて話せなくなったからと、図ったようなタイミングで、ジェイコブ自身に関する噂が流れだした。

 エルウィズ伯爵家に対して良く思っていない家か。

 あるいは……。


(ロドニー……)


 誰もいない、屋敷の廊下ですれ違った時、ロドニーはジェイコブの事を心の底から恨むような視線で睨みつけてきていた。

 以前よりさらに強く嫌われているようだ。


(お前のしたい事が分からないよ)


 アーサー叔父一家は、十分に潤っている。シャーリーブルーの販路に合わせて、そのほかの商品の販路開拓などもして、働いているからだ。それに見合う十分な給金が、父からアーサー叔父にわたっているはずである。


(ロドニー自身は、もう名を上げている)


 ローゼマリーとの初対面の時、アーサー叔父が嬉しそうに語っていた通り、学園時代に始めたという研究を纏めて成果を上げている。まだ実用化にはいささかコストが高いものの、このまま研究が進めばエドワード並みに名を上げそうなものだ。


(それでなお、オレに固執する理由……伯爵家の跡取りか?)


 確かに、ジェイコブに不幸があれば、この年齢だ。父の次は、弟であるアーサー叔父になるだろう。アーサー叔父自身が継ぐにしろ継がないにしろ、次代という意味ではロドニーが跡取りだ。ほかの親戚の人間にわざわざエルウィズ家を渡すような事はしないだろう。


 だがそんなもの、とてつもなく確率の低い話だ。

 幼いころからわざわざ狙うものでもないだろう。

 ついでに言うと、跡取りになった場合、おそらくロドニーが現在集中している研究などは自分の手ではあまりできなくなる。何故なら、エルウィズ家にとってはロドニーの研究よりも、シャーリーブルーをはじめとした染料の精製の方が重要だからだ。

 個人の好みで続けるとすれば、今ほど集中できないのは必至で、開発までには時間がかかるだろう。その間に、他の人間がロドニーの研究を下にして新しいものを作ってしまう可能性も、なくはない。


 研究の世界の争いは熾烈だ。そのうえ、研究にかけた時間や金額が成果に比例するとは限らない。研究を始めたのは先でも、結局、成果が出たのが後追いのものなら、すべてが後追いのものの手柄になる。


(正直、幼いころならオレがいなくなれば……なんて夢を見てたのかもしれないが、今も恨み続ける理由がサッパリ分からない)


 ロドニーからすれば、ジェイコブには取り入っておいて、たった一人の従兄弟のよしみとかなんとか言って、研究に必要な資金を引き出す方が賢い動きだ。


(なんでこれほど嫌われているんだか……)


 はあ、とジェイコブは深いため息を吐いた。

 余談

 ペデュール王国の学習方法のメインは各家庭での勉強のため、学園は(ストレートに卒業すれば)2年間のみ通う、短期大学ぐらいの感じです。

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