2015年
「実質コラボじゃね?」
俺はYouTubeのおすすめ動画欄に並ぶサムネイルをスクショで保存して言った。拡散しよ。
「実質、ってどういうこと?」
「いや並んで表示されてるし、内容も似たようなやつだしさ」
俺の動画と、バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんのドラたまさんの動画が、おすすめ動画の項目に並んで表示されていた。
内容はふたりとも、来年発売されるVR機器について。
『あの、今しかないと思うんで』
動画で必死に説明するぽちゃロリ。
『おr――我が注目されてるのはほんと今しかないと思うので、今のうちに、紹介しておきたいものがあって。それがこのVRのヘッドセットです。Oculus Riftっていいます。あのーこれをかぶると、バーチャルリアリティが体験できるっていうか、我ぇ……が、立体的にね、見れるようになるんですよ。これってすごい機械で、そのー立体視とかそういうのより没入感がすごくて、すごい……のだぞ。あの、身の丈に合わずに、開発者版のDK2ってやつを買ったんですが、ほんとこう……すごいのでぇ……』
早口におじさんが必死に説明する姿はもうなんていうか。
「はあ、おじさんがかわいい。必死なぽちゃロリさんかわいすぎない? ぶっとい尻尾を抱えて押さえつけて後ろからガンガン犯したいわ……エッチなおじさんがわるいんやぞ……」
「……は? え?」
俺の独り言を聞いた悪魔が首をひねる。
「……えっと、ついに女性が目覚めたのかな? このおじさんの中の人に抱かれたいってことだよね?」
「気持ち悪いこと言うな。逆だ逆」
「……君が、おじさんを抱く?」
「そうだ。というか中身じゃないぞ。ドラゴン娘のおじさんを、だからな? 私×ぽちゃロリさんな?」
「ええっと……君は女だからね?」
「それな……」
俺は大きなため息を吐く。
「ほんとさぁ……ほんとお前は気が利かないよ。どうして私を女にしちゃうんだ。バ美肉おじさんたちを屈服させることができないじゃないか」
「? ? ?」
「せめて女じゃなくてふたなりにしてくれたら良かったのにさあ……」
「意味がわからない」
「心の中のち○ち○だけじゃ限界があるんだよ……」
「ごめん、頭が痛い。話題を変えてもらっていい?」
まったく頭の硬い悪魔だな。
「あー、VRヘッドセットの話題で並んだだろ。そういう動画内で共演していなくても、似たような内容を揃って出すことを実質コラボというんだ」
「あぁ、そう……ちなみに、そのVRヘッドセットとやらはどうなんだい、売れそうなのかい?」
「難しいだろうな」
俺は腕を組む。
「前世でもこのタイミングで普及とはいかなかった。問題は価格や煩雑さもあるが、なによりそれを乗り越えてまで体験したいと思えるキラーソフトがなかったことだろう」
サマーレッスンは大きな注目を受けているが、あくまで『他』がないからだろう。幅広いプレイヤー層がやりたくなるようなソフトとは、残念ながら言い難い。俺は前世で買ったが。カノジョの方も。それはともかく。
「だからこそ――彩羽根トーカの出番じゃないか?」
「おっ、何か仕掛けるのかい?」
「はっはっは、まだ完成していないけどな」
プログラミングの才能をもらっても、大きなプロジェクトにはどうしたって時間がかかるからなあ。
「やっぱり音楽系のイベントが伸びると思うんだよな。そういうわけで、VR対応のライブ配信ができるソフトを作ろうと思ってる」
推しのVtuberが歌い、観客がサイリウムを振る。
見たい。俺が見たい。めっちゃ見たい。めっちゃソフト提供する。無料でいい。むしろ俺が金を払うからやってくれ!
「いいねえ、盛り上がるんじゃない?」
「だろう? まあ、まずはソフトを作るところからなんだけどな。作業量的に来年の夏ぐらいには――」
「あ、そうそう。さっき神望リリアの運営からメールがきてたよ。なんかコラボしたいって」
「リリアちゃん! いいねえ、何かな? オジサンになんのお願いかなぁ?」
メールを読む。ふむふむ……。
「……コラボのお誘いは嬉しいが……スタジオに来い、っていうなら、不可だな」
「そうかい。ま、君もソフトを作ったり忙しいだろうしねえ」
「ああ、その計画は……中止する」
「えぇ!? なんでさ?」
「だって、お前」
メールには、リリア運営が新しく発表するソフトウェアの紹介を手伝ってほしいと書いてあった。
そのソフトは、VR専用で――
「内容だだかぶりの水差し野郎になるうえに、速度で負けてるじゃんか……」
アイドルのライブ配信なんかが、使用例の1つとしてあげられていた。
◇ ◇ ◇
【新作発表!】VR専用ソフトを紹介しますわ【ダイレクトなマーケティング】
「みなさま、ごきげんよう。みなさまを天に導くバーチャルYouTuber、神望リリアですわ。そしてこちらが犬の」
「アシスタントと呼べ。……イヌビスだ」
リリアと宙に浮く包帯犬、イヌビスが揃って登場する。
「本日はわたくしたちが所属する会社、ガブガブイリアルが来年春リリース予定の、新作ソフトのご紹介をいたしますわ。なんとこちらはVR専用ソフト、ということですけれど、イヌビス、VRとはなんですか?」
「バーチャルリアリティの略だ。来年はいろいろなVR機器が発売される。この中でもPC用のものに対応したソフトだな」
スライドを包帯で指し示しながらイヌビスが説明する。
「あらあら、それはまたニッチそうですね。それで、新作ソフトではなにができるのかしら?」
「バーチャルリアリティ空間で会話やコミュニケーションがとれるサービスだ」
「あら、お話しするだけですか?」
「他にも売りはあるが、百聞は一見にしかずだ。まずはこちらの映像を見てもらおう」
動画が切り替わり、会議室のようなところでリリアが立っている。
「うわっ」
それを見て驚く、おじさんの声。動画はプレイヤーの主観視点らしい。
「うふふ。はじめまして。神望リリアですわ。お名前を伺っても?」
「あっ、はい。こ、こんにちわー。バーチャル、ぽちゃロリ、ドラゴン皇女Youtuberおじさんの、ドラたまなのだぞー」
カメラが三人称視点に切り替わり、リリアと――単色のデッサン人形の顔に、ドラゴン皇女のアイコンが張り付いたようなアバターを映す。
「うふふ。いいですわね」
「あぁ、はい……よろしくお願いします」
「語尾は徹底してくださいね?」
「わ、わかりま、なのだぞ」
「ふふ。はい、というわけで今、ドラさんに体験していただいているのが、ガブガブイリアルの新作ソフトウェア、バーチャルラウンジです」
「おぉー」
「わたくしとドラさんは今、現実では別室にいますが、こうやって面と向かってしゃべることもできますし、それに」
ずずいっ、とリリアがデッサン人形に近づく。と同時に、視点がプレイヤー主観に切り替わった。
「こうやって近づいて頭を撫でることだってできるのですよ」
「あっ、あーっ、近い、近いですっ、やばっ、これはやばいっ」
カメラの中心がリリアの胸元に行く。
「あらあら、どこを見ているのでしょうね?」
「あっ、いや、すっすみませっ」
「ドラさんの姿はぺったんこですのにね?」
「あーはいいやそうですけどこれは、これは見ちゃいますって!」
「語尾は?」
「も、もう勘弁してくださいなのだぞ」
クスクスと笑いながらリリアが離れる。
「どうでしたか?」
「いや、すごい、だぞ。この手、ハンドコントローラーで手が使えるのがもう、VRに入り込んでいる感覚っていうか、あと、あのーたぶん動画ではそんなだと思うん……のだけど、VRだと立体的というか、実在感がやばいで、のだ」
「こちらのソフトは将来的に、ユーザーが自分のモデルデータを使えるようになるそうですが、ドラさんはご興味が?」
「あっ、はい、それは、対応したらぜひ、やりたいのだぞ。でも、いろいろ難しい気も」
「そういう難しい話はイヌビスにさせましょう。というわけで、コラボに来ていただいたのはドラさんでした。ドラさん、ありがとうございました」
「あっはい、こちらこそー、ありがとうございました」
動画が切り替わり、リリアとイヌビスの一人と一匹になる。
「ということで、体験してきましたわ」
「フン、どうだ、面白かっただろう?」
「ドラさんが面白かっただけかもしれませんね?」
「グッ……」
「ところでドラさんの懸念とは何なのでしょうか?」
「フッ、なかなか見込みのある男だった。鋭い指摘をいくつもしてきたがまあオレの想定の範囲内――」
「イヌビス」
リリアが短く冷たく呼びかけ、びくりとイヌビスが止まる。
「……皇女に向かって男はないでしょう?」
「は? あ、ああ、うむ、ええと……か、彼女……? ……オイッ、キサマ、笑うな!」
「ふふふ。それで、どうなんですか?」
「クッ……まあ、まずだな。バーチャルラウンジはユーザーが作った3Dモデルをアバターとして扱えるようになるのだが、実は3Dモデルの形式というのは様々なのだ。現に……かっ……ヤツの3Dモデルもそのままでは扱えなくてな。それでああいうデフォルトの人形を使ってもらったわけだ」
「残念でしたね。ドラさんのお腹を愛でたかったのに」
「これまでのMMORPGしかり、VRゲームでもアバター機能を持ったソフトは増えていくだろう。しかし形式が統一されていなければ、ゲームごとにアバターは作り直しになる。これは非効率的だし、アバターをVRでの自分だという認識が持てない。そこでだ」
イヌビスはスライドを操作する。
「VRには限らないが、3Dゲームにおける人間型アバターの統一規格をここに提唱する。規格に対応した3Dモデルならどんなソフトでも取り扱えるアバターの形だ」
「あら、あなたが統一規格を決めるのですか? ずいぶん勝手な話ではありませんか?」
「誰かがはじめないとはじまらんだろう。もちろん一社でやるつもりはない。この理念に賛同してくれる企業は、ぜひ連絡してほしい。一緒にやっていこう。そして」
イヌビスは力を込める。
「……賛同者の出資も待っている!」
「あらあら。貧乏はつらいですね?」
「もちろんバーチャルラウンジはこの統一規格に対応、さらに簡易だがキャラクタークリエイトも搭載し、3Dモデルもエクスポートできるようにする! エクスポートしたデータはモデリングソフトを使って改変してもいい」
「大盤振る舞いですね」
「普及のためだ」
イヌビスは高慢な態度で鼻を鳴らす。
「そして先程キサマは会話するだけと言ったが、それは発想がお粗末だな。複数人が集まって音声を届けられるなら、他にもできることはある」
「なんでしょう? 会議とか?」
「それは会話に含まれるだろう。それよりエンターテイメントよりの話、つまり――ライブ、コンサートだ。バーチャルラウンジを使えば、VR上でアイドルがライブをできるようになる。専用のステージも作成中だ」
「なるほど、歌と音楽ですか」
「実際に体験してもらったほうが価値がわかりやすいだろう。機能を実装次第、神望リリアのファーストVRライブを開催するから、視聴者は震えて待つがいい」
「えっ……? ちょ、ちょっとお待ちなさい、わたくしそんな話」
「更にだ、生放送機能もつけるぞ。放送用のカメラを使って、YouTubeやニコ生で配信できるようにな。操作はすべてVR上で完結させる。バーチャルYouTuber御用達のソフトと言えるだろう」
挙動不審のリリアに、イヌビスがニヤリと笑う。
「どうだ、機能が盛りだくさんだろう」
「……ッ……ええ、そうですね。でも、そうするとお高いのでは?」
「ハッ、今やブラウザだって無料になって久しい世の中だぞ。当然――VRのブラウザたる立ち位置を狙うバーチャルラウンジも、無料で提供しよう」
「まあ、志は立派ですが、マネタイズができていないとユーザーさんも不安では?」
「ホーム画面、というかホーム空間に広告を置いて収益を得る、アバターやマイルームに使える小物を販売する、企業に対する有料サポートを用意するなど、いろいろ考えている。心配される筋合いはない……ないが」
「が?」
「出資者は待っている」
リリアが白けた目で見つめる中、イヌビスはスライドをめくる。
「クラウドファンディングも今日から開始する。リリアのファーストVRライブへの参加権がリターンに設定されているものもあるが、VR機器がないと参加できないのでその点はよく考えてくれ。しかし、VR機器を買った価値を感じるものにすることは約束しよう。そうだな、リリアよ?」
「ッ……ええ……もちろんですわ」
「ククク。それでは今日の発表は以上だ。進捗はまた動画で報告しよう。ではな」
◇ ◇ ◇
「ちょっと、テルネ!?」
「ハッ」
しまった。動画を見ていたらいつの間にかクラウドファンディングのページを開いて一番高いプランに出資していた。これは……けっこうするな……貯金が飛ぶ……。
「……申し込んだものは仕方がないな、うん」
「食費を削るなら君の分だけにしてよね。ところで、これはキラーソフトになるのかい?」
「なるのかというか……」
いやだってこれ。
「これVRCでVRMでVRoidでカスタムキャストでバーチャルキャストじゃん……?」
「何て?」
「常々センスがいいなと思っていたが、ガブガブゲームス……いやVtuber事業の方はガブガブイリアルか、とにかく、すごいな。未来に生きてるのか?」
どれも前世では1〜2年後に登場するものだ。それが一気に出てきて悪魔合体している。こうなったらいいなとは前々から思ってはいたが……不思議なこともあるもんだ。
いや、うん、これが出てくるなら俺の作るソフトはいらないわ。いくら才能があっても物量に勝てないことはある。この規模のソフトが出てくるなら、むしろめっちゃ楽しみに待つ。
「いやあ、トーカが出てきただけでVR業界にこれほどの影響があるとは……バーチャルYouTuberってすげえ」
蝶の羽ばたきパネェっすわ。
「もちろんこれは、キラーソフトたりえる」
「話すだけなのに?」
「エンタメの最強のコンテンツは、ヒトなんだよ。MMORPGだってどんなにゲームとしての出来が良くても、チャットソフトとしての思い出のほうが一般的には強く残るからな。ただのチャットよりアバターがいたほうが、そしてアバターがいろいろなアクションを取れるほうが面白い。VRソフトはそれを全部満たしている」
今はまだフルボディトラッキングは難しいが、後にトラッカーが安価に売られるようになれば、VR上で演出できるアクションは無限大だ。
「特に自作アバターが持ち込めるのは強い。アバターとはもう一人の自分、ゲームの中の自分だ。なりたい姿がそこにある。なりたい自分になれるソフトが流行らないわけがないだろう……とはいえ」
バーチャルラウンジに懸念点がないわけじゃない。
「誘引力が弱い。MMOがチャットソフトたりえるのは、共通して遊べるゲームと一体化しているからだ。はじめからチャット目的だけじゃ人は集まらん。ライブやバーチャルYouTuberの配信が牽引力にはなるだろうが……」
リリアちゃんのライブめっちゃ楽しみだな。歌動画とか一本も投稿されていないんだが、それだけに期待が高まる。
「あとは……VR専用というのがいただけない。間口は広くあるべきだ。デスクトップモードも搭載するように要望しておこう」
連絡先は貰っているしメールしておこう。何かの参考になるかもだし。……しかし……。
「それより……この動画ずるくないか……?」
「え? 何が?」
「ドラたまさんとコラボしてるのがだよ! クソッ、また先を越された!」
なんだよ、リリぽちゃもてぇてぇじゃねえかよう。
「私だっておじさんとコラボしておじさん同士でワチャワチャしたい!」
「すればいいじゃないか」
「次の企画の準備に忙しくて声がかけられんのだ……!」
「っていうかさ」
悪魔はひどく軽く言う。
「やめたら? コンビニバイト。そしたらもっと時間取れるでしょ。さすがに収入的にはなくなっても──」
「……わかってる」
言われるまでも……いや、今までは言われても受け入れられる心境じゃなかった。
うまくいくこと間違いなしと思っていた4年前。ご近所へのカモフラージュと多少の憧れから選んだコンビニバイト。甘い予想に反して難航し、調子に乗って設備投資に突っ込んだローンの返済に追われる生活に突入して──それでも毎日投稿を維持する忙しさに判断力が低下して、推しのいない生活に心が渇いて……。
それを救ってくれたのはまたしてもバーチャルYouTuberたちだ。
「推しの摂取はガンに効く」
「は?」
「真理だ、たぶんな」
それはともかく。
「前世のブラック会社のマネはすまいと、これまで転々としてきた会社もきちんと引継ぎしてから退社してきた。コンビニもそうしようとして意固地になって、他の可能性を考えられていなかった。だが推しの光にあてられて、ようやく気付いたんだ。そう──」
他の方法もある。
「──運命を変える!」
「なんで急に渋い声を出したの」
「人の運命なんて積極的に変えるもんじゃないと思うが、悲惨な運命を変えるなら、店長だって恨まないはずだ。……とはいえ方法は選ぶ必要がある。そもそも私が辞めるだけじゃダメだしな」
「はあ、なんで?」
「そうすると高確率で店長が過労で死んで、ご近所で噂になるんだよ。ハスムカイのせいで店長が死んだって」
「えぇ……」
オバサンなら絶対そうする。
「ただでさえ今も、ぽつんと建ってる一軒家に住んでる怪しい双子、って噂されてるんだぞ。バイトして世間の信用稼いでる私はともかく、お前とか精神病扱いされてるし。そこに人殺し属性がついてみろ、村八分が始まるかもしれないじゃないか。いやそれどころか家にラクガキされるかも」
「おおげさだなぁ」
「田舎絶対そういう陰湿なのがあるんだって! ……とにかく、穏便に済ますに越したことはない。逆恨みされたらそれこそ面倒なことになるからな」
オバサンに刺されて死ぬなんてごめんだ。いろいろやり返したいところではあるが、それよりVtuber活動だ。
「いくつか計画を練ろう。店長を救って私も円満に退職する。オバサンを追い出す方向はダメだから……」
「あ、長くなりそう? じゃあ僕は寝るね」
悪魔があくびをしながら自室へ引き上げていく中、俺は計画を練り始めた。
「忙しくなってきたぞ」
計画だけじゃない。大きなイベントも控えている。
「次の企画……初めての生放送。これも失敗はできないんだからな」




