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逢いたい

「もしもし、絢斗さん? どうされたんですか?」


『あ、いや……その。ちょっと声が聞きたくて』


 その言葉は絢斗にとって今言える最大限の告白の言葉であった。錦織とて鈍感な女性ではない。その言葉の中に含まれる意味はしっかりと理解できたのだ。


「わたし……わたしもです。絢斗さんの声が聞きたかった。絢斗さんに逢いたいです」


 その様子を見ていた木綿は小さくガッツポーズをした。


 五分ほど会話をした後電話を切った錦織は、今更のように目の前にいらる木綿に気づき頬を赤らめた。


「イエイ! 栞菜さん、やりましたね」


「キャー! 告白の瞬間を聞かれるなんて恥ずかしい。彼ね来週の週末東京に来てくれるんだって」


「じゃあ、乾杯しましょう。わたしもジュースやめてビールにします」


「駄目よ。優樹菜ちゃんはまだ十九歳なんだから」


 結局二人して酔っぱらってしまったのだ。どうにか家までたどり着いた錦織は絢斗の事を思い浮かべながら眠りについた。


   ◇


 残暑も少し和らいだ九月半ばの土曜日、錦織はJR上野駅の券売機で入場券を購入し新幹線の改札口に向かった。人の波をかき分けそこへ到着したのはお昼の十二時五分である。


 すると旅行用のバッグを肩に掛けた背の高い男性が改札を抜けてきた。男は錦織を見つけるとすぐさま錦織の手を引き寄せお互いの指を交互に絡ませた。


「絢斗さん、恥ずかしい」


「嫌?」


「ううん」


「じゃあ、行こう」


 男性と手を握るのは高校の体育祭でのダンス以来である。浅草のホテルでチェックインを済ませ、二人が向かったのは東京スカイツリー。絢斗のリクエストで今日のデートコースが決まったのだ。その後浅草へ戻り一日観光を楽しんだのだ。


 食事を終え絢斗の泊まるホテルの前へ到着したのは午後十時である。


「じゃあ、明日は舞浜駅の改札で待ってますね。ディズニー楽しみだな。おやすみなさい」


 お互い手を振り合い、錦織は絢斗に背を向けた。


「栞菜!」


 絢斗は駆け寄り後ろから錦織を抱き締めた。絢斗の腕の中でゆっくり振り向くと、どちらからともなく顔が近づいていく。


 唇と唇の距離が「無」になった瞬間、錦織はそっと目を閉じた。


 そしてその日、錦織は浦安へ向かう電車に乗ることはなかった。




 その後、絢斗は各週で錦織に逢いに来るようになる。錦織もクリスマスを待つ子供のように指折り絢斗に逢える日を待ちわびた。もちろんホテルに泊まる必要などなく錦織のマンションが愛の巣である。


 しかし逢う度に亡くなった優花の話をする絢斗に対し、少しの不安を覚えるようになる。亡くなった人間に嫉心(しっしん)を抱いてもしょうがない事など分かっている錦織ではあるが十月も後半に差し掛かろうとしていた時、更なる不安を抱える事になったのだ。


 絢斗がシャワーを浴びている際、錦織は絢斗の洗濯物をたたんだ。チャックの開いている絢斗のバッグに入れようとしたところ、二枚の写真を見つけてしまったのだ。


 両方とも絢斗が女性の肩に手をまわし仲むつまじそうな笑顔が写っている。一枚の絢斗は二十代前半の若々しい写真である事から隣の女性は優花であると推測できる。


 しかしもう一枚は明らかに二週間以内の写真なのだ。二週間前、初めて髪の毛を茶色に染めたのだが、その写真の絢斗の髪の毛は茶色いのだ。


 絢斗がバスタオルを巻いて出てくると、入れ替わりで錦織がバスルームへ向かっていく。


「シャンパン開けて先に飲んでていいわよ」


「いいよ。待ってるから。一緒に飲もう」


 絢斗は優しい声でそう言うと、上半身を露にした錦織を引き寄せ唇をそっと合わせた。


 バスタオル姿のままベランダへ出た絢斗は煙草に火をつけた。夜八時半、ディズニーの花火を楽しみながら煙を吐き出した。


 部屋に戻った絢斗は棚に並べられた週刊紙を取りだしぺらへらとページをめくる。すると、ぴたりと絢斗の手が止まった。


 活字を追うその目は次第に厳しくなっていく。


「なんなんだこれは!」


 錦織がバスルームから出ると、テーブルの上に週刊集講が開かれ置かれていた。


「栞菜、これはどういう事なんだ。俺を騙したのか?」


「違う! そうじゃないの!」


「じゃあこの記事はいったいなんなんだ!」


 錦織は慌てて言い訳をしようとしたが絢斗の怒りは収まらない。了承もなく手紙を掲載した事、しかもでっち上げ記事である事、そしてこの記事を書く為に錦織が絢斗に近づいた事。その全てに怒りと悲しみを覚えた絢斗は荷物をまとめて部屋から出ていってしまったのだ。


 追い掛ける事もできず錦織は泣き崩れた。テーブルには二本のシャンパングラスが淋しく立ちすくんでいる。

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