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98話 みんなで釣りをしよう


 釣りと一口に言っても奥深いものだ。釣り関係で知られているスキルは、コモンスキルの“漁”と“釣り”、そして『漁師』や『アングラー』などの固有スキルにある“上級釣り”の3種。

 俺は“漁”をレベル3まであげている。というのも、“漁”をレベル3まで上げると、“水界での視界向上”が与えられるのだ。効果はそのまま、水による光の屈折や多少の濁りを無視してクリアな視界を得られるようになるというものだ。

 これで水中にどれくらい魚がいるのか見極め、効率的に釣りをするという意図だろう。


 コモンスキルの“水泳”では水中での移動能力やある程度の戦闘能力は手に入っても、視界には影響がない。他にも“水界での視界”を得られるスキルとしては、“水泳”の上位互換スキルである“水界戦闘術”があるが、これは大半の戦士系加護が持っているとはいえ固有スキルカテゴリーなので、俺には使えない。


 水中というのは非常に戦いにくい場所だ。地上のように鎧を着ると、まともに身動きが取れなくなるし、武器を振り回すこともできなくなる。剣であれば刺突のみが有効だろう。水中では戦わないようにするというのがベストだ。

 だが、水中で戦わざるを得ないという状況も、また存在する。陸上と同じように水界には無数のモンスターが生息しているし、漁業や水運は我々の生活に欠かせないものとなっている。

 “世界の果ての壁”を航路で迂回するということが難しいのは、ゾルタン以東の海が、嵐の巣であるという理由もあるが、海の超大型モンスターの生息域だということが大きい。

 嵐の諸王しょおうと呼ばれる彼ら、クラーケンやディープサーペント、白鯨グレーターホワイト鮫蛸ルスカ、そして伝説的なリヴァイアサンデーモンの眷属であり、巨大な海竜に姿を変えるスキルを持つシーデーモン達。

 海の超大型モンスターと戦う場合、真下から船を攻撃されると、我々は手も足もでなくなる。その場合、我々も海へと潜り、相手の得意な水中戦闘に付き合うしかない場合もある。


 そんなわけで、俺は釣りは、ちょっとだけ得意なのだ。


「ふはは、大漁大漁」


 俺は海水を入れた箱に、釣った魚をつぎつぎと入れる。現在6匹。


「ぐぬぬ」


 リットは悔しそうに、海に揺られている浮きを睨んだ。

 くくく、そんな殺気を出してはスキル以前に魚は寄ってこないぞ。


 俺達はゾルタンの近くの海にある桟橋で釣りをしていた。ここは小型ボートで海岸沿いの村や河川での行商を行う商人達が荷降ろしをする場所だ。ゾルタンの港を利用すると、料金が発生するので、日用品を売って回る商人達はここで自分のボートに荷物を積み込んだり、引き上げたりするのだ。


「あとルーティ」

「なに?」

「釣りってのは、海に針を投げて魚に命中させるもんじゃないからな」


 ルーティの釣りびくにはすでに30匹以上。

 釣り方は餌もつけず糸をつけた針を海に投げ入れ、魚に直接、針を命中させ引っ張り上げている。

 無茶苦茶な方法だが50メートル先の海底まで余裕で射程範囲らしく、百発百中の命中率だ。だが間違っても釣りじゃない。


「でも、こっちの方が早く釣れるよ」

「そりゃそうなんだが」


 ルーティは不思議そうに俺を見た。

 まぁルーティは釣りなんてしたことないだろうしな。


「よし、ルーティ。釣りを教えてやろう」


 俺は立ち上がった。


「休日の釣りってのは、魚を釣るのが目的じゃなくて、釣りを楽しむのが目的なんだ」

「釣りを楽しむ?」


 俺はルーティの釣り竿にあらためて仕掛けを作る。

 餌はブルーワームというミミズのような虫だ。よく魚の食いつく餌で、手に入れるのも簡単なのだが、うねうねと動くブルーワームを触りたくないという人もいるようだ。ティセは苦手なようで、ブルーワームではなく、小エビを餌にしている。

 俺は、浮き、おもりを釣り糸に通し、針をブルーワームに突き刺す。


「針の刺し方はこんな感じ。基本的に針の根本までしっかり刺したほういい」

「うん」

「仕掛けは遠くまで投げる必要はない。近くに投げて、魚がくるのをじっと待つんだ」

「そうなの?」

「勢いよく投げると餌が外れるかもしれないし、狙っている魚もそう大きいものじゃない。ここには糸ヒレ魚っていう、針からエサだけ器用に取っていく魚もいるんだ。自分の餌があるかどうか、時折確認しないといけない。だから今回は手前に投げて、のんびり浮きを確認しながら釣りをしよう」

「むぅ、なんか大変なんだね」

「その大変さを楽しむのも釣りなのさ」


 ルーティは俺から釣り竿を受け取ると、仕掛けを海に落とした。

 波の上をふらふらと浮きが揺れる。海鳥が鳴き声を上げて空を飛んだ。


「いい天気だな」

「うん」


 ゾルタンの冬の海は冷たいが美しい。

 これは冬になると“世界の果ての壁”から風が海へと抜け、海面の水が海岸から沖へと流れることで深海の水が表面に現れるからだ。

 俺のスキルなんて無くても、水中が覗き込めるような青く澄んだ海を、亜熱帯特有の色とりどりな熱帯魚が、サンゴやイソギンチャクの森の中を泳いでいるのが見える。


「不思議な光景だな」


 俺は海を見ながら言った。

 どういう思考をして、その言葉を呟いたのかは言わなかったのだが、隣のルーティも、少し離れたところにいるリットも、同意するようにうなずいていた。


「ゾルタンは面白い」

「そうね」


 そう言った2人の口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。


☆☆


「そろそろお昼にしよう」

「やった! 俺もうおなかすいちゃったよ」


 俺が声を掛けるとタンタが真っ先に反応した。


「もう、ぜんぜんレッドに追いつけない」


 リットは口をとがらせてそう言うと、楽しそうに笑った。


「ルーティ?」


 じっと浮きを見つめていたルーティは、名残惜しそうに釣り針を手元に引き上げると、釣り竿から手を離した。


「面白い」


 あれからルーティが釣れたのは2回だけ。初心者にしては上出来だろうが、面白くないのではないかと心配していたのだが、思いすごしだったようだ。

 ルーティは上手く釣れないことに最初は戸惑っていたようだが、次第に魚が食いつくのをのんびりと待つ楽しさを理解したようだった。


 その点で言えば、ティセは見事なものだ。釣った魚は1匹だけ。だが、持ってきたカゴに入り切らないほどの大物だ。

 小物には目もくれず、一見、ぼんやりと釣りをしているように見えるがなかなか堂々としたものだ。


 俺達はお弁当を囲む。


「何作ってきたの?」

「色々だな」


 お弁当の中には、サンドイッチ、トマトサラダ、オムレツ、ローストビーフ、ハンバーグが並んでいる。そして、飲み物にミルク。


「わっ、色鮮やかだね」


 タンタはさっそく、ローストビーフにフォークを伸ばした。

 リットはハンバーグ、ルーティとティセはトマトサラダからだ。


「レッド、これ作るの大変だったんじゃない?」

「ん、まぁ気分が乗ったんだ」


 昨晩から今朝にかけて、俺の精神状態は絶好調だった。


「えへへ……」


 リットが、ニヤける口元を慌てて押さえる。

 その様子を見て、俺の口元もニヤけそうになって慌てて押さえた。


「あ、見て! 船だよっ!」


 タンタが叫ぶ。俺もタンタの指差す海を見た。

 そこには2本の四角い帆を持つガレー船が、三段に並んだ無数の脚を思わせるかいを規則的に動かし進んでいた。


「ありゃ軍船だな」


 ゾルタンのものではないな。ゾルタンにはたった3隻の帆船しかないのだから見間違えるはずがない。


「……ありゃヴェロニアの軍船か」


 じっと観察していた俺は、最上段のかいが少ないことに気がついた。ヴェロニアなど南部のガレー船の特徴だ。

 その分、甲板が高い位置についており、相手の船と並んだ時、高所から一方的に矢を打ち込める設計だ。

 もともとは、80年くらい前にヴェロニアが白兵戦を好む海賊対策に設計した軍船だったが、今ではアヴァロン大陸中の海賊達がその白兵戦能力を当てにして使っているのだから皮肉なものだ。

 もうかなり旧式の船だが、当時新型だったこの船を海賊ゲイゼリクが強奪し、あの船で南部を荒らし回り、海賊覇者と呼ばれるまでに活躍した歴史がある。そのためヴェロニアでは今も現役の軍船として使われている。


「海賊じゃないよね?」


 タンタが心配そうに言った。


「海賊の可能性もあるが、ここらへんの海賊は中型以下のガレー船を使っている。あれほどの軍船を持っている海賊はいなかったと思う」


 それにダナンが船で移動中に、海賊の船を大量に沈めたようで、今、ゾルタンへの航路にいる海賊達は身を潜めているはずだ。


「あの船で東方にいけるはずもないし、一体ゾルタンに何の用だろうな」


 遠くを走るヴェロニアの軍船を眺めながら、俺はサンドイッチを手にぼんやりと船の目的を想像していた。

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