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90話 『竜騎士』と『冬の悪魔』


 ゾルタンには5つの教会がある。それぞれの区に1つだ。

 だが中央区以外の教会は、普通の家を少し改築したような木造の教会だ。もちろん、それが悪いとは言わない。

 デミス神も3使徒も、祈る場所に豪華さを求めたりはしない。サウスマーシュのあばら家教会であっても、構わない。


「でもなぜ、人はこう豪華な教会を建てたがるんだろうかね」


 俺達は教会の外で、『冬の悪魔』を待っていた。俺達以外にも、『冬の悪魔』との踊りに参加しようという人が大勢いた。


 ゾルタン中央区の教会は、2本の尖塔を持つ大きな教会で、本堂はアーチ状の天井。高価なステンドグラスによる厳かな光が、内部を照らし、宗教をモチーフにした絵画や彫刻が並べられている。


「さすがにこれはゾルタンの大工じゃ作れなかったそうだな」

「でしょうね」


 俺の言葉にリットが頷いた。

 この教会を建築するため、ゾルタン当局はわざわざ他所から建築家を招いて作業させたのだ。


「まぁこれでも王都の大聖堂に比べたらシンプルだけどな」


 うげうげさんが、ティセの肩の上でぴょんと飛び跳ねた。


「うげうげさんが、あれは上り甲斐がありそうな建物だって」

「あはは、うげうげさんにとってはアスレチックみたいなものか」


 俺たちが笑うと、うげうげさんはおどけるように首を傾げて踊った。


「多分」


 ルーティが教会を見上げて口を開く。


「神さまじゃなくて、私達に必要なんだよ」

「豪華な教会がか?」

「私たちは美しい場所でないと美しいモノを感じられない。神さまはどんな場所でも気にしないけれど、私たちが祈るための場所を整える必要があるんじゃないかなって、そう思う」


 俺は教会の門の上に施された彫刻を見る。

 そこには7人の悪魔がデミス神の光を恐れ、逃げ出している様子が描かれている。


「加護を否定した七悪魔か」


 人に加護を否定させ、世界を混乱させた罪によって七層地獄でそれぞれ永遠の責め苦を受けているとされる7人の悪魔デーモン

 女性の姿をした悪魔もいたとされ、公然と裸婦の絵が描けると芸術家たちにも人気のモチーフである。


「あ、レッド! 『冬の悪魔』が来たよ!」

「お」


 山羊の頭を被り、全身を黒い布ですっぽり覆った『冬の悪魔』がよろよろ……とはあまりしてなく、力強い足取りでやってきた。

 朝からずっと踊りっぱなしだろうに、今年の『冬の悪魔』は随分、体力のある様子だ。


 後ろから山車だしに乗って追いかけてきたのは、『竜騎士』と『聖者』。


「待て待てィ! 『冬の悪魔』よ、それがしと勝負しろ!」


 『竜騎士』は、見栄を切って、竜の頭のハリボテがついた山車から飛び降り、模造槍を振り回す。

 結構危ない動きもしているのだが、『冬の悪魔』はおどけた様子で大げさに避けたり、飛び跳ねて逃げたりしている。


「すごいな、あんな格好であれだけ動けるのか」


 木に色を塗ったハリボテの鎧を身にまとっているだけの『竜騎士』に比べ、『冬の悪魔』は山羊の頭蓋骨でできた面も、全身を覆う分厚い布も、どれも動きを制限しそうなものだが、『冬の悪魔』の動きは、見ていて惚れ惚れするほど良い。

 威勢のよいのは『竜騎士』だが、どこかおちょくられている感じがあり、気がつけば見ている人々は笑い声をあげていた。

 その時、


「む?」


 『竜騎士』がこちらを見て、動きを止める。

 というかこの声、聞いたことが。


「おお! あなたは我が愛しの戦乙女ヴァルキュリア!」


 『竜騎士』はドタドタと音を立てながら、ルーティの元へと走ってきた。

 そして『竜騎士』は兜を脱いで、髭の生えた素顔をさらした。

 ルーティはその顔を見て。


「……誰?」


 首を傾げていた。


「ほ、ほら! 橋で槍を交わした騎士!」

「???」


 あー、思い出した。こいつ橋で道を塞いでいた迷惑な盗賊騎士だ。たしか名前はオットー。

 だがルーティは全く思い出せないようで、眉をひそめて首を傾げている。


「ルーティ様。ゾルタンに向かう途中で橋の下へ投げ飛ばした騎士です」

「あ」


 ポンとルーティは手を打った。


「おお、ようやくこの顔を思い出してくれたか! それがしの名は『竜騎士ドレイクライダー』のオットー。栄光のファフニール騎士団の一番隊隊長である」

「いや、そんなことがあったような気がしただけ。顔とか姿は全然おぼえてない」


 ルーティって結構辛辣だな。オットーのやつ落ち込んでるぞ。


「しかしここで出会えたのはまさに運命。デミス神のお導き。さあ、共に手を取り合い『冬の悪魔』を倒すのだ。そして、ヒルジャイアント・ダンタクを討伐し、共に貴族へ成り上がろうぞ!」


 オットーはそう言って手を伸ばす。

 が、その腕を俺が掴んだ。


「よう」

「なにをす……なっ貴様あのときの卑怯者」

「誰が卑怯者だ誰が」

「不意打ちするとは卑怯なり!」

「いや、先に襲ってきたのお前じゃん。しかも裸で」


 あのときの光景を思い出すと気力がゲンナリする。

 それに今ルーティに触れてほしくないから掴んだのもあるが、俺が手を出したのはオットーのためでもある。


「……むぅ」


 ルーティの顔には明らかな不快感が浮かんでいる。オットーには伝わっていないだろうけど。

 もし今のルーティにオットーが手を触れようものなら、割りと全力で突き飛ばされる。ただの突き飛ばしだが、なにせ人類最強の突き飛ばしだ。

 どう少なく見積もっても、向こうの壁まで吹き飛んで、全身骨折で全治数ヶ月コースだ。


「放すのだ卑怯者め、痛い目を見なければ分からないのか」

「ふん」

「イテテテテテ!!!」


 振りほどこうとしたので、腕の関節を押さえた。

 オットーは涙目になりながら、ギブアップだと俺の腕を必死に叩く。


「ぎ、ギブだって!」

「別に勝負じゃないし」

「な、なんか怒ってる?」

「怒ってないよ」


 「ひぃぃぃ」と情けない声を上げるオットーに、周りの人はついに大笑いを始めた。

 いかんな、目立ちすぎている。

 俺は、しかたなくオットーの手を離した。


「ひ、卑怯者め! 正々堂々勝負しろ!」

「えー」


 どこらへん卑怯な要素があったのだろうか?

 あと、リットとルーティ、なんで準備運動を始めたのかな?

 オーバーキルだから、2人がでたら完全にオーバーキルだから。


 その時、ぬっと巨大な影がオットーの背後に立った。『冬の悪魔』だ。


「ほげ!?」


 分厚い手がオットーの頭をゴツンと叩く。

 それだけで、オットーの身体がビタンと地面に叩きつけられた。

 そして、『冬の悪魔』はオットーの首根っこを掴むと、ずるずると引きずっていった。


「あれ、もしかしてダナンか?」


 俺の言葉に『冬の悪魔』は振り返ると、山羊頭の奥で、パチリと片目をつぶった。

 あいつ、療養中なのになにやってんだ!?


 中央に戻ると、『聖者』が勝手に何処かに行ったオットーを怒るかのように、ポカポカ叩くふりをする。

 そのコミカルな仕草に、観客は大いに笑い、盛り上がった。


「『冬の悪魔』が『竜騎士』を倒すとは、不吉な。永い冬がくるぞ」


 笑い声に混じって、そんな声が聞こえた。

 俺は振り返るが声の主が誰かは分からなかった。

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