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76話 デーモンのささやき

 アレスはスロア公爵家の次男として生まれた。上には姉が2人。長男もいたそうだが、名を挙げるためにバハムート騎士団の小姓ペイジとなり、ある老騎士の槍持ちをしていたところを、盗賊の流れ矢であっけなく死んでしまった。

 死んだ長男は『騎兵』の加護を持っていたが、まだ槍持ちで馬に乗っていなかったそうなので、スキルを活かす機会はなかっただろう。

 姉2人はもう家にはいない。お金だけはある家の息子に箔をつけるためだけに結婚ばいきゃくされた。


「お前が生まれてくれて良かった。賢者アレスは私達の希望だよ」


 アレスの父は、口癖のように幼いアレスにそう言った。アレスの父親であるスロア公爵の加護は『戦士』だった。アレスは父親が無能にしか見えなかった。


 『賢者』は、魔法使い系と僧侶系両方の魔法を使うことができる最上位の加護だ。魔法に関しては、最強の加護の1つだろう。

 さらに、『賢者』には、他に僧侶系最上位の『聖者』しか持ち合わせていない加護を“鑑定”するスキルを持つ。

 集中して発動することが必要だが、相手の加護とレベルを知ることができる稀有なスキルだ。

 このスキルの存在で、『賢者』はどの国でも厚遇される。アレスの存在は、何も残っていない没落公爵家にとってまさに希望だった。


 違う。

 幼いアレスは家族を軽蔑する。

 確かに鑑定スキルだけである程度の地位は約束される。下級貴族レベルの土地は取り返せるだろう。だが、公爵の家名に相応しい物は取り返せないだろう。


 幼いアレスはこの国を軽蔑する。

 鑑定によって他人の加護を好きに覗けたアレスは、この国に二種類の人間がいることに気がついた。

 何事もキビキビと動き自信に満ちた人間と、モタモタと仕事をしミスも多く陰気な顔した人間だ。

 その違いは、自分の加護と仕事が一致しているかそうでないかだ。周りの人間の加護を見ることができたアレスは、加護の望む生き方に従うことが幸福への道だという確信を得るに至った。


 であれば、『賢者』である自分はどういう生き方をすればいいか?

 『勇者』を初めて見た時、アレスは自分のやるべきことを理解した。

 最も賢い者として、勇者を導き、共に戦い、そして魔王亡き後、この不合理な世界を正すこと。すべての人間に加護に相応しい生き方を与えること。世界を管理し、デミスの意思を体現すること。


 アレスの目標は家名の再興などではない。それはただの通過点。

 アレスは世界を統べる帝王になりたかったのだ。


☆☆


「私は、賢者だぞ、こんなことが……まだ何もできていないじゃないか、まだ領地も革命も聖戦も、なにも……」


 アレスは溢れ出る血を呆然と眺めながら呟いていた。

 魔法で傷を治療することも忘れ、『賢者』である自分が味わうはずのない挫折の痛みで苦しんでいる。


「なぜだ、『勇者』が勇者として生きることの何がいけない……『導き手』など、王都で別れて当然のクズ加護なのに、なぜここにいるんだ。なぜ『賢者』の私が独りで……血を流しているんだ。愚か者どもめ、なぜこうも人は愚かなのだ、クソ、クソ……」


 アレスは傷を押さえてうずくまり、噛み締めた口からも血を流しながら呪いの言葉を吐き続けた。

 意味はないと分かってはいても、口から憎悪がほとばしることを留めることができない。ギデオンを追い出してから今日まで、何もかもが思い通りにいかなかった。

 つまりは、『導き手』というクズ加護が、『賢者』より優れていることを認めること。さらには、加護の通りに生きるべきというアレスの思想の否定を、アレス自らが証明してしまったということになる。

 アレスの心の中の柱というべき部分が崩壊していた。


 そんな状態だったので、彼に近寄ろうとしていた影にアレスは気がつくことができなかった。


「大丈夫ですか?」


 声をかけられ、アレスは血を失い幽鬼のようになった顔を声の主に向けた。

 そこにいたのは浅黒い肌をした青年だ。

 腰には緩やかに湾曲した片刃の刀剣を佩いており、鉄片を縫い込んだ外套を着ていた。


「誰だ……」

「私はビュウイ。見ての通り冒険者ですよ。それよりひどい怪我ですね、大丈夫ですか?」


 ビュウイはエクストラキュアポーションを差し出す。

 アレスはその手をじっと見たあと、虚ろな目に僅かな光を取り戻し、自分でエクストラキュアの魔法を発動した。


「おや、治癒魔法を使えたんですね。余計なことをしてしまいましたか」


 薄っぺらい笑みを浮かべるビュウイを、アレスは睨みつけた。


「アスラデーモンですね」


 アレスが発動した“鑑定”は、ビュウイに加護が無いことを見抜いていた。

 もしダナンに化けたシサンダンにあったときも、“鑑定”していれば、偽物だと気がついていただろうが、鑑定が精神集中を必要とするスキルである以上、ダナンが偽物だという疑いが無ければアレスは知っている相手に“鑑定”を使わない。


 だが今は別だ。古代遺跡で現れた、初めて出会う冒険者を信用するほどアレスは純朴な性格ではない。

 そんなアレスの様子を見て、ビュウイ……シサンダンは口元に嬉しそうな笑みを浮かべた。


「さすが『賢者』、私の正体に気がついたか」


 シサンダンはアレスの自尊心をくすぐった。

 アレスはすぐにでも魔法を発動できる体勢を維持している。

 だが、魔法使いが1人で戦うというのは、非常に不利な状況だ。


(まずは召喚を)


 精霊獣に自分を守らせる、それが定石。だが、アスラデーモンの間合いにアレスはすでに入っている。

 アレスは背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


(これもすべて、ギデオンのせいだ!)


 だが心の中は、憎悪で焦げ付かんばかりに熱くなっていた。

 アレスの心の中を見透かすように、シサンダンは自分から一歩後ろに下がった。


「お前と戦うつもりはないぞ、『賢者』よ」

「一体どういうつもりですか」

「お前が勇者に捨てられるところ、見物させてもらった」

「貴様ッ!!!」


 アレスは激昂し、反射的に召喚魔法を発動する。

 牙をむき出しにした精霊大虎スピリットダイアタイガーが飛びかかかるが、シサンダンは剣を軽く払うと、精霊大虎は真っ二つに両断されていた。


「落ち着け。なにもお前を笑いにきたのではない。どうだ、しばらくパーティーを組まないか?」

「は? 何を馬鹿な。勇者のパーティーであるこの私がデーモンの仲間に?」

「勇者のパーティーねぇ」


 シサンダンは青年の顔にニタニタと笑みを浮かべた。

 アレスは怒りで脳の血管が脈打つのを感じる。


「なぜお前が勇者のパーティーを追い出されたのか分かるか?」

「ギデオンという勇者を惑わす愚か者がいるからです」

「そうだ」


 シサンダンは肯定した。

 まさかうなずかれるとは思っていなかったアレスは、思わず毒気を抜かれる。


「加護がデミス神から与えられた役割であるならば、『魔王』と『勇者』はお互いに戦うことが定めであり、正しいことだ。我々魔王軍にとっても、『勇者』が立ち上がり、『魔王』と戦うことは望むところなのだよ」

「……つまり、『魔王』も加護の役割を全うしているだけだと」

「そうだ。両者が戦い、停滞した両大陸の天秤パワーバランスをどちらかに傾ける。しかしやがて、新たな勇者か魔王が現れ天秤パワーバランスを再び揺らし、そうした戦いの中で両大陸は発展していく。加護と同じだ、文明も戦いの中でしか成長できない。なぜならば文明を担う人間やデーモン達は、その能力を加護のレベルによって決められるからだ。大規模な戦いは弱い加護の者を淘汰し、強い加護にレベルを集中させる。そうした加護に選ばれた者達によって、世界は新しい時代へと進むのだ」

「加護と文明が同じ……それは……考えたこともありませんでした」


 神妙な顔をしているアレスとは対象的に、とんだ茶番だとシサンダンは内心毒づいた。

 今シサンダンが語ったのは、従来の魔王の思想だ。加護を持たないアスラデーモンにとっては、馬鹿げた茶番にしか思えない。

 戦いによってしか農学だの工学だの戦いと関係のない技術が発達しないなど不合理だ。アスラデーモン達にとっては加護というかせが馬鹿馬鹿しく感じた。


 シサンダンの内心はともかく、アレスの敵意はずいぶんと和らいでいる。そろそろ本題に入るところだと、シサンダンは決めた。


「この遺跡の地下には、初代勇者の遺産が眠っている。どうだ、我々が戦うのはそれを得た後でも良くないか?」

「初代勇者の遺産!?」

「あれを渡せば今代の『勇者』も己の使命を思い出すだろう。『勇者』の個性など取るに足らない問題だと理解できるはずだ」

「個性? 一体どういう意味……いやそれより、魔王軍であるあなたに初代勇者の遺産を渡すわけにはいきません」

「だが今のままでは勇者は『勇者』を辞めてしまうぞ。そうすれば遺産などなんの意味もなくなる」

「それは……」


 シサンダンの姿が揺れた。その影が6本の腕を持つ悪魔デーモンへと変わる。


「遺産を見れば、賢いお前なら『勇者』がなんであるかも理解できるさ。そして、どうすればいいのかもな。それに……」


 悪魔デーモンのささやきがアレスの精神へ染み込んでいく。


「この先へ進むのはアスラの私でも難しいのだ。『賢者』であるお前の力が必要だ」


 ルーティに捨てられたアレスにとって、その言葉は精神の防護を崩す急所であった。

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