30話 囚われたタンタを下町は心配する
朝。
店の開店準備をしていた時、扉が激しく開かれ、ドアのベルが騒がしく悲鳴をあげた。
「れ、レッド!」
「レッドさん!」
飛び込んできたのは大工のゴンズとタンタの母親であるナオ。
ハーフエルフの2人は真っ青な顔をして震えている。
「ゴンズとナオじゃないか、どうした何があった?」
「た、タンタが衛兵に連れて行かれちまった!」
「なに?」
タンタが!?
「どうしよう……うちの人が衛兵の詰め所に行ったけど、面会もできなくて」
普段は肝っ玉の強いナオも、息子が連れて行かれたことで焦燥している。
「まず落ち着いてくれ、一体なんでタンタが連れて行かれったんだ」
動揺しながら話す2人に、ときおり質問を交えながら聞き出した話を要約すると、そもそも2人はタンタが連れて行かれたところを見ていない。
早朝からタンタは、下町に住むドワーフのハーフヒューマン、つまりハーフドワーフであるアルマ婆さんの家の庭の草むしりを手伝っていたそうだ。
7時になるくらいの頃、アルマの家に衛兵が押しかけた。驚いているアルマを押しのけ、理由も説明せずに庭にいたタンタを有無も言わさず縛り、連れて行った。
そのことをゴンズと、ナオとミドの夫婦は、アルマから聞いたというわけだ。
「理由は確かに説明しなかったのか?」
「そうアルマの婆様は言ってたが……」
「……俺もアルマ婆さんに話を聞きたい」
「で、でもその間にタンタが何かされたら……!」
衛兵が取り調べで使うとされる恐ろしげな道具については、ゾルタンにかぎらずどの町でも噂されている。
雷竜の作り出した“改心の杖”と呼ばれる電撃杖などが有名か。
「だが助けるにしても衛兵の詰め所に斬り込むわけにもいかんだろう。助けられたとしても犯罪者になる。まずはなんでタンタが連れて行かれたのかを聞いて、その上でどう手を打つのがいいのか判断するのが最善のはずだ」
「だけど……」
「それにな、ゾルタンの衛兵達は捕まえてきた子供をすぐ痛めつけるほど仕事熱心じゃないさ」
「そ、そうだな! あいつら夜警のパトロールサボってばかりだしな!」
そもそも拷問にかけるのは、何か自白させたいことがあるからだ。
タンタに何か隠しているようなものがあるとも思えないし、拷問の必要があるとは思えない。
それでも早めになんとかしてやらないとな!
その時、背後で足音がした。
「タンタが衛兵に連れて行かれたってどういうことですか?」
「……アル」
口調は穏やかだが、少年の眼差しはとても強いものだった。
その腰には鞘に収まった、練習用のショーテルが佩かれていた。
☆☆
店のドアに休業中のプレートをかけ、俺とリットとアルは下町の通りを歩く。
下町は噂が広まるのが早い。
どの家も仕事どころではないようで、心配そうにタンタの話をしている。
アルマはゾルタンでは珍しいハーフドワーフだ。
ドワーフはもともとは暗黒大陸で暮らす種族だが、アヴァロン大陸北部にある凍てつく荒野の山脈に一部が移住し王国を作り暮らしている。
我々が暮らす西部では、灰竜に攫われた幼いお姫様を救った褒美に王から伯爵位と土地を与えられたドワーフの伯爵が代々統治する、サー・ビアードマウンテン(お髭の騎士山)で暮らすドワーフの都市に見られる程度だろう。
アルマは、サー・ビアードマウンテンから行商人の娘と駆け落ちしたドワーフの男の間に生まれた娘だそうだ。
現在、家族はおらず一人暮らしをしているのだが、子供と同じくらいの身長で親しみが持てるのか、下町の子供たちから慕われ、いつも誰かしら子供達がアルマの家に上がりこんでいた。
アルマも口では「騒々しいったらありゃしない」と文句を言うが、楽しそうにドワーフの焼き菓子を作ったり、馬蹄投げなど遊びを子供たちに教えていた。
「ああ、レッドちゃん! 大変なんだよ!」
「落ち着いて、衛兵には俺が話をつけてくるから。とにかく何があったか教えて」
アルマ婆さんは小さな体を震わせ、黒く丸い瞳に一杯の涙を浮かべていた。
「タンタが衛兵に連れて行かれちまったんだ! あんないい子を……あたしが守ってやらなきゃいけなかったのに! 情けないったらありゃしないよ!」
まずはアルマを落ち着かせなければ。
すると、
「狂乱の闇を晴らす光の精霊よ」
俺の背後でリットが魔法を使った。混乱、恐慌、バーサークなど精神が昂ぶったことに対する精霊魔法だ。
淡い光を発する球があらわれ、ふわふわとアルマの周りと飛ぶ。
これが光の精霊。
「あ、あぁ……」
光を見つめていたアルマは、ようやく落ち着きを取り戻し、俺たちに事情を話し始めた。
☆☆
「タンタの面会に来た」
衛兵隊の屯所に来た俺達は入り口に立つ衛兵にそう言った。
「なんだお前たちは、タンタ? エルフのガキのことか? 今取調中だ、明日またこい。あと、あそこに座り込んでいる男を連れて帰れ」
指差した先には、タンタの父親である大工のミドが、憮然とした表情で座り込んでいる。
俺は懐から書類を取り出す。
「冒険者ギルドを通した正式な依頼だ。サウスマーシュの暴行事件の調査依頼。タンタが、その件で拘束されたことは、アルマから聞いた。衛兵隊の調査に我々も立ち会う権利がある。共に事件を解決するために通して欲しい」
「なに?」
胡散臭そうに衛兵は俺の書類を受け取り確認する。
最初は半笑いだった表情はすぐに消え、署名されたその名前を見て青くなる。
「パーティーメンバーはリット……英雄リット!? 依頼者は冒険者ギルド幹部ガラディン!?」
ガラディンとは、以前、俺の店の前でリットのことで揉めた長身の冒険者ギルド幹部だ。
彼は下町出身の男で、アルマと面識があったのだ。
例え今は議会通りに住んでいたとしても、あの男も下町育ちなのは変わらない。ゾルタン人はどうしようもない怠け者でいい加減なやつばかりだが、仲間の危機となればあらゆる仕事より優先させて、力になってくれる。
アルマとリットから話を聞いたガラディンは、すぐに書類を用意し、俺たちがタンタの取り調べに立ち会う権利を与えてくれた。
そこには、町を震撼させている事件の解決に英雄リットが参加することを狙った下心があったかもしれない。
だが俺が冒険者ギルドを出るとき、彼が俺を呼び止め言った、
「アルマの婆様を悲しませないで欲しい。頼む」
この言葉に偽りが無いことは信じていいと確信している。
衛兵は俺たちの顔をちらりと見た。
彼は愛想笑いを浮かべたが、俺達はピクリとも笑わない。
「う、上の者を呼んでくるので少々お待ちを!」
入り口の衛兵は慌てて屯所の中へ駆け出していった。
「いい町だよね」
リットが言った。俺も頷く。
「そうだな」
下町で暮らすたった一人のハーフエルフの少年を、下町中が心配している。
いい町だ。
☆☆
「タンタ!」
「父さん!」
「大丈夫か!? 酷いことされなかったか?」
「平気だよ!」
ミドはタンタの側にかけより、まず抱きしめてから、タンタが無事かどうか確認している。
思った通り、タンタはどこも怪我をしていなかった。
ここに連れてこられる時に、縄で縛られた腕が擦り傷になっているくらいだ。
俺は持っていた軟膏をタンタの傷に塗っておいた。
「いきなり連れてこられて驚いたけど、痛いことは何もされなかったよ。アデミのところのおじさんも、こんなつもりじゃなかったって謝ってた」
タンタは、屯所の部屋にいた。
扉には鍵がかかり、窓は子供も通れないほど小さいものだったが、それ以外は椅子とテーブル、それに水の入った木製の水差しもある普通の部屋だ。
「アデミの居場所に心当たりがないか、アデミのおじさんから色々聞かれただけ。おじさんもアデミのこと心配してるんだって」
「やはりか……!」
アデミは衛兵達に匿われている、という噂は間違っていたのだ。
アデミの父親である衛兵隊長からも話を聞かなくてはならないな。




