閑話 リットのショーテル講座
強化の魔法をかけられた一般的な魔法の武器というのは、普通の武器に比べて極めて頑丈であり、通常の汚損程度ではサビ一つ浮かばない。
基本的にメンテナンスフリーだ。
と、言いつつもそこはやはり高級品であるし愛着も湧く。
国によっては武器の手入れは兵士の仕事ではないというところもあるようだが、少なくとも俺のいたバハムート騎士団や、リットのいたロガーヴィア公国の近衛兵団では、自分の武器は自分で手入れをするというのが習わしだった。
「ショーテルの内側の研ぎ方は、砥石をこうやって持って何度か往復させるだけでいいの。刃を鋭くするのではなく整えるという意識を持ってやってね」
「「「はい!」」」
「強化の魔法がかけられている場合は基本的に自分で研ぐ必要はないんだけど、砥石を当てることで刃の状態を感じることができるわ。定期的に研いで刃の状態を憶えておけば、違和感にもすぐ気がつける。その場合は面倒臭がらず鍛冶師に調べてもらうこと。魔法の武器だって絶対に壊れないわけじゃないんだから」
リットは俺の店の中庭で、英雄リットに憧れショーテルを使いだした冒険者にショーテルについての講義をしていた。
俺も後ろに座ってリットがショーテルを持って実演しているところを眺めている。
今日はリットの気まぐれで開かれる冒険者講義の日だ。
本当に気まぐれなので事前告知も無いのだが、常連の冒険者はめげずに通って、講義に参加している。
お代は俺の薬を買うこと。
1クオーターペリルくらいの痛み止めでも買ってもらえれば参加できるのだが、リットに憧れる冒険者達はみんな必要以上に買い込んでくれる。
なので、俺も彼らの需要に合わせるために、頻繁に使える薬を用意するようにしていた。
例えばゾンビオイルという名の薬は、飲み干すことで3時間くらいの間、名前に反して生命力を強化する。
といっても傷が治るほどの効果はないが、ある程度の傷なら出血がすぐに止まるようになる。
あらかじめ止血剤を使っているようなものと言えるだろう。
戦いでは有効な薬だ。
お値段7ペリル。
ゾンビオイルという名だが、別にゾンビの体液が原料ということもない。
安心、安全、衛生的な薬なのだ。
「さて、手入れについてはこれくらいかな」
リットは冒険者達のショーテルを見て回りながら言った。
「ここまで丁寧に仕上げるのは何体もモンスターを斬って冒険から戻ってきた日くらいでいいからね。あと兼業冒険者で普段は剣を使わないなら、錆止めの油を薄く塗っておくといいわ」
ちなみに錆止め油もうちで取り扱っている。
お帰りの際にはぜひご購入を。
「リットさん」
手入れの講義が終わったところで、1人の若い女性の冒険者が声を上げた。
『闘士』の加護持ち、今日の参加者の中では一番若く、出で立ちからして駆け出しの冒険者だろう。
「私、ショーテルを受け取ったのが昨日で、その、ショーテルってそもそもどういう剣なんですか?」
冒険者の質問にリットは、なるほどと頷いていた。
「確かに、まず武器の特徴が分からないとどういう扱い方をしていいか分からないわよね」
リットは自分のショーテルを掲げて見せた。
「ショーテルは、この通り大きく湾曲した両刃の曲刀。S字を描くような曲がり方をしているわ」
リットのショーテルは柄にグリフォンの羽飾りがついている。
俺や冒険者達の剣に比べてもおしゃれだ。
そこが英雄姫の剣らしい。
「よく知られている特徴としては、この湾曲で盾を越えて攻撃できるってところかな」
リットがシャッとショーテルを突き出した。S字の刃による独特の軌道は、盾があっても相手を刺し貫くだろう。
そこから肘を支点にして、リットはショーテルを左右に振る。
「この通り、剣を振るという動作が、斬撃ではなく突き出した先端による刺突に変換できるのも特徴ね。スイングが小さくても相手を深く傷つけることができるわ」
鎌のように湾曲した刀身は、普通の剣とは違った働きをする。
普通の剣を扱ってきたベテラン剣士もショーテルを握らせたら素人同然になるだろう。
よく訓練することが必要だ。
それからリットは俺の方を見て手招きする。
「レッドー、アシスタントお願い」
「俺か?」
「相手がいたほうがやりやすいもん」
リットはひらひらと手を振っている。
仕方ない、お店の売上に貢献しているリットに協力するのは店主として当然の義務か。
「はーい注目、こちらが私のレッドだよ、拍手」
パチパチと拍手が起こる。
ちょっと恥ずかしい。
顔を赤くした俺を見て、リットはニヤニヤと笑っていた。
うむむ、夜になったら反撃してリットの顔を赤くさせる方法を考えておかねば。
気を取り直し、俺はリットのアイテムボックスから取り出された盾と槍を持ち、リットは刃を潰した練習用のショーテルを持った。
「ショーテルのこの形状は色んな使い方ができるの。まずはさっきも言ったように、こうして盾をかわして一撃を加えるのがまず一つ」
盾を構えた俺に、リットはいくつかの技を実演した。
英雄リットの実技ということで、冒険者達は食い入るように見つめている。
「次に相手の身体を引っ掛けて崩す」
リットのショーテルが俺の脚を引っ掛ける。
体勢が崩れたところを、すばやく斬り返して一撃。
「両刃だから斬り返さず、そのまま裏刃で脇腹から斬り上げてもいいわね」
俺の銅の剣もそうだが、両刃の剣は左右に振るだけでも斬ることができる。
これが実戦だと中々便利だ。
片刃の刀にも先端だけ両刃の造りになっていて、裏刃を使えるものもある。
「この引っ掛けるという用途は、馬上の敵を引きずり下ろすのにも使えるわ。ショーテルを兵士が使うときは盾を回避するより、そちらの用途の訓練を重視してるわね」
「なるほど!」
冒険者達が何度も頷いていた。
ショーテルは、盾を回避して攻撃できるという特徴ばかり強調されて、鎌剣としての一般的な機能を忘れられている印象がある。
リットが次々に見せる多様なショーテルの扱い方に冒険者達は驚いていた。
「そして、ショーテルの一番大切な特徴はこれ」
そう言ってリットは持っていたショーテルをくるりと反転させて持ち替えた。
表と裏が逆になり逆S字。
つまり鎌状の剣ではなく、シミターのような普通の曲刀のようなラインに近い。
「こうすれば重心も普通の曲刀に近い素直なものになるわ」
リットはシミターを扱うように、流れるような剣舞を垣間見せた。
「おおっ!」
ここにいる冒険者の中でも、一番腕の良さそうな冒険者が感嘆の声を上げる。
今の動きでリットの凄さが伝わったのだろう。
ショーテル特有の動きでは分かりにくかったが、ゾルタンにも道場があるシミターの動きなら理解できたのだ。
「さっきは馬上の敵を引きずり下ろすのに使ったけど、こうして持てば馬上から振り下ろすのにも使えるわ。対騎兵の剣であり、騎兵の剣でもある。それがショーテルの特徴の一つ」
俺は盾を置き、槍を両手でかまえてリットが披露する曲刀の技の相手を務める。
鎌剣として使っていた先程とは違う曲刀の絶え間ない連撃。
冒険者達はリットの剣技に目を輝かせている。
やはり曲刀使いの方が見た目の迫力があるのか、反応が素直だ。
「ショーテルの魅力は万能性。状況や相手に応じて使い方を工夫すれば、どんな相手にだって負けないわ。でも使いにくい剣なのも事実よ。慣れるまで毎日ショーテルの素振りを欠かさないことが大切ね」
「「「はい!!」」」
質問した冒険者だけでなく全員が声を揃えて返事をした。
今日はショーテルの手入れがテーマだったはずなのに、かなり充実した内容になったな。
冒険者達もいつもより満足げで興奮した表情だ。
「これからみんなで訓練所に行ってきます! 教えてもらったことをすぐにでも試してみたくて!」
冒険者達はそう言って、駆け足で店を出ていった。
「はは、よっぽどリットの講義が楽しかったんだな」
「これで強い冒険者になって、私に冒険者復帰しろっていう人がいなくなればいいなぁ」
誰もいなくなったことを良いことに、リットは俺の背中に抱きついてきた。
俺はリットを背中に乗せたまま店を閉める作業を進める。
「リットのおかげで今日の売上は良さそうだ」
「やった、ごほうびちょうだい」
「ごほうびか……急に言われてもなぁ。今夜はハンバーグにするか?」
「それも嬉しいけど」
俺が悩んでいると、リットの腕がぎゅっと俺の身体を抱きしめた。
「……今夜は一緒に寝よ」
「そ、そっか、分かったごほうびだもんな」
「えへへ」
結局、今日は俺が赤面させられる日だったようだ。
今日も幸せな一日だ。
☆☆
ゾルタン国境付近にある街道。
「ギルルルル!!」
歯ぎしりのような音を立てて唸る、デスワームの群れ。
大きな口を持ち、大きさは馬ほどもあるデスワームの中を2騎の騎兵が走り回っていた。
「はっ!」
うち1騎。
ゾルタンの冒険者であるチャールズは召喚した精霊馬にまたがり、ショーテルを片手にデスワームを次々に斬りつけていた。
英雄リットに教わった通り、チャールズはショーテルを曲刀のように持ち、すれ違いざまに振り下ろす。
ショーテルの刃は、デスワームの胴体をたやすく斬り裂いていった。
「なるほど、こりゃ良い!」
騎乗しての戦闘はこれまで実践したことがなかったが、野外なら群れを相手にしても戦えると評価を改めていた。
「リットさんに憧れて真似をしただけで、深く考えていなかったけど……さすが英雄の武器だ。ショーテルを使ったことで戦いの幅が広がった!」
相手は30体以上のデスワームの群れ。
一時はもうだめかと思ったが、無事護衛の依頼は果たせそうだ。
そして最後の一体を仕留め、冒険者チャールズはゆうゆうと護衛していた商隊のもとへと戻った。
他にも護衛していた他国の冒険者達は、怠惰なゾルタン人だと侮っていたチャールズの活躍に驚き、賞賛と僅かな嫉妬の言葉を投げかけた。
それすらもチャールズにとっては心地よく、ちょっとした英雄の気分を味わっていたのだった。
(だけどまぁ、一番の英雄は彼女だよな)
チャールズはもう一人、こちらは本物の馬に乗って戦っていたハイエルフの女性を見る。
彼女が一番巨大でレベルが高かったデスワームを真っ先に対処してくれたから、チャールズは自由に戦うことができたのだ。
クオータースタッフを持ち、植物を操って戦っていたハイエルフにチャールズは声をかけようとする、が。
「あなた」
先に声をかけたのはハイエルフの方だった。
「結構できるのね、あなたが戦ってくれたおかげで楽に戦えたわ」
「それはこちらの台詞だよ。こんな辺境にあんたみたいな凄腕がいるとは幸運だった」
ハイエルフはにこりと笑う。
ゾルタンにもおでん屋台のオパララなどハイエルフはいたが、チャールズはその笑顔を見て、彼女はゾルタンにいるどんなハイエルフ達よりも高貴なエルフだと、そう思った。
「あ、ええっと、今更だけど自己紹介が遅れたな、俺はゾルタンで冒険者をやっているチャールズだ」
「ゾルタンの冒険者なのね、ちょうど良かった」
ハイエルフは懐から銀貨袋を取り出すと、チャールズに押し付けるように渡した。
「お、おい、一体どういう……」
「リットという冒険者に会いたいの、ゾルタンでは有名人なんでしょう?」
「え、あ……」
「この地方でショーテルを使う冒険者は珍しいけど、もしかしてリットの影響だったりする?」
ハイエルフの言葉に悪意があるようには思えなかったが……それでも冒険者でありそれなりに経験のあるチャールズは目の前のハイエルフに対して警戒の感情を抱いた。
(だが、ここで俺が誤魔化したところで、リットさんのいる薬草店なんてゾルタンで聞けばすぐに分かる。だったら俺が案内した方がいざって時はリットさんに加勢できるか)
英雄リットを尊敬するチャールズは、そう心に決めてからハイエルフの申し出に頷いた。
「良かった! そういえばまだ名乗っていなかったわね」
「ああ、できれば教えてもらえると助かるな。いつまでもあんたって呼び方じゃ失礼だろうし」
「そうね、私の名前は……」
ハイエルフはチャールズにその名前を告げた。
ここからゾルタンまで、商隊の馬車の速度で4日と半。
彼女はようやく彼のもとへ辿り着く。
このラノ2020にランクインはできませんでしたが、紹介はしてもらえていたので
何位でもいいのでこのラノに載ったらを達成した記念SSです。
みなさま応援ありがとうございました!
リットの使うショーテルは、現実だとエチオピアの刀剣です。
アフリカの武術は近年のものですら資料が残っていないので、
研究者達も武器の形状から使い方を再現しようとしている状況のようですね。
ショーテルのみたいな変わった武器が好きなのですが、どう描写すれば動きが伝わるのか悩みどころです。
次回から第4章になります!
これからもよろしくお願いします!




