154話 勇者のいない勇者の物語
アヴァロニア王国軍所属。
輸送キャラック帆船グレイヴァルチャー号。
雷鳴響く雨の中、船員達は慌ただしく戦闘準備に走っていた。
「双頭弩砲を並べろ! 鎖弾でマストを狙え!」
護衛のために随伴していた船はすでに囲まれ身動きが取れない。
拿捕されるのも時間の問題だろう。
残る戦力はこの船だけだが、物資を満載しているため、このグレイヴァルチャー号の戦闘能力は迫る海賊船に比べて高くない。
「おのれヴェロニアの人でなしどもが!」
船長のジャミ卿が敵の船に向かって叫んだ。
敵はヴェロニア王国海軍だ。
連合軍を悩ませているヴェロニアの妨害である。
アヴァロニア王国が開戦に踏み切れないのをいいことに繰り返される略奪。
前線への物資が滞り、連合軍各国首脳陣の間にもヴェロニアの妨害が情報として伝わり始めていた。
「やつらめ、我々と戦争をするのが目的なのか」
ヴェロニア国内ではまだ、連合軍に付くべきだという貴族達も少なからずいる。
だがそれも連合国が先に宣戦布告してきたとなれば、魔王軍側につくしかないだろう。
略奪はもちろん魔王軍への援護のためもあるだろうが、ヴェロニアが完全に魔王軍側に立つための挑発でもある。
「だとしたら、尚更ここでやられるわけにはいかん! なんとしてでも離脱するぞ!」
双頭弩砲から鎖で繋がれた鉄の矢が放たれる。
この鎖が相手の船のマストに巻き付き、帆や索具などをバラバラに引き裂いて推進力を奪うのだ。
だが相手は海賊上がりの私掠船、海戦にかけては百戦錬磨の精鋭だ。
リリンララが排除されれば、彼らがヴェロニアの海軍を取り仕切ることになっている。
アヴァロニア王国軍の水兵達はつぎつぎに弩砲を放つが、敵の船は巧みに船体を操り有効打をかわしている。
「くそ……! 弓を構えろ! 白兵戦になるぞ!」
ヴェロニアの船達はもう目の前だ。
射撃戦や白兵戦となれば、船の質や兵力で劣るこちらが勝つ見込みはない。
「ならば私が切り込み活路を開くしかない」
1人が100人も斬れば負ける戦も無理やりひっくり返すことができるだろう。
騎士として学んだ兵法から逸脱した愚策だが、強力な加護はその愚策を王道へと変える。
それがこの世界だ。
だが、海戦に特化した加護とスキルの優位は、知恵と勇気だけでは覆らないのもこの世界だ。
『戦士』であるジャミ卿は、かつて副団長ギデオンから習った剣術を頼りに覚悟を決めた。
その時。
「船長! 後方から船が!」
「何!?」
船員の報告にジャミ卿は慌てて船の後方を見た。
雨の向こうから、巨大な影が近づいてくるのが分かる。
「あれはヴェロニアのガレー船!? いつのまに回り込まれたんだ!!」
退路を塞がれた。
ジャミ卿は剣を持った手を震わせ、歯を噛みしめる。
もはやこれまで。
だが、旧式の軍船は速度を落とすことなく、ジャミ卿の乗る帆船の横を通り過ぎた。
「我らヴェロニア王国海軍! これより海賊共を誅伐する!」
船首に立つのは眼帯をしたハイエルフ。
ガレー船は頑丈な衝角を、ヴェロニアの海賊船の横っ面に突き立てた。
メキメキと音を立て、海賊船が傾いていく。
甲板にいた海賊達が海へと転がり落ちていく。
「な、なんだ?」
海賊達は驚き混乱している。
襲撃してきたガレー船が掲げているのはヴェロニア王国の紋章。
乗り込んできたのはヴェロニア海軍元帥リリンララ。
レオノール派から雇われているとはいえ、海賊達は政治的な対立に疎かった。
わけもわからず捕らえられ、あっというまに降伏した。
「一体何が起こったんだ」
混乱しているのはジャミ卿も同じだ。
そこへ、男が護衛を伴ってガレー船から軽やかにグレイヴァルチャー号の甲板へと飛び移ってきた。
日焼けした男は白い歯を見せて笑う。
「無事で良かった、私はヴェロニア王国のサリウス王子だ」
「ヴェロニア王子だと!? い、いえ、失礼しました。私はアヴァロニア王国バハムート騎士団のバッカス・ジャミです。このようなところで王子とお会いできるとは思わなかったもので、醜態を見せてしまい申し訳ありません」
「ジャミ殿か、こうして広い海の上で偉大なるバハムート騎士団の騎士と共に戦えたことを喜ばしく思う」
「は、はぁ」
ジャミ卿の混乱は続いている。
自分達を襲った海賊の正体はヴェロニアに雇われた兵士達だったはずだ。
だが窮地を救ったのもヴェロニア王国の海軍と王子。
一体何が起こっているのかと、ジャミ卿もアヴァロニアの兵士達も困惑し、警戒していた。
その様子を見て、王子は口を開く。
「確かに私のヴェロニアと貴殿らのアヴァロニア王国の間に同盟関係はない。しかし、今人類は魔王という最大の脅威と戦っている。この船は人類のために戦う兵士達のための物資を運んでいるのだろう?」
「え、ええそうですが」
「ならば助力するのが正道だ」
「……それは王子個人の判断でしょうか?」
「いずれヴェロニア王国の総意となる。ジャミ卿よ、王都に戻ったらどうか伝えて欲しい。私が王冠を戴いた時には、ヴェロニア王国は連合軍に加わることを約束すると」
ジャミ卿は耳を疑った。
だがサリウス王子の表情は自信に満ち溢れている。
この日、人類の行く末を変える転機が起きた。
魔王軍側に協力していたはずのヴェロニア王国。
その王子サリウス・オブ・ヴェロニアが、連合軍に加わることを明言したのだ。
人類はついに一丸となって魔王軍の侵略に反攻する。
そうなれば魔王軍も後退し、前線の再構築が必要となるだろう。
占領された土地や国も数多く解放されるだろう。
またジャミ卿の船は、無事目的地である連合軍の拠点へとたどり着いた。
届けられた物資によって、飢えた兵士や傷ついた兵士が数多く救われた。
そしてジャミ卿の船だけでなく、南から回る輸送船はヴェロニア王国からの襲撃に悩まされることがなくなったのだ。
魔王軍との戦いは新しい局面へと移り変わっていく。
☆☆
「「いらっしゃいませ」」
ゾルタンの下町にあるレッド&リット薬草店。
扉をくぐると2人の明るい声が出迎える。
店の中には、感じの良い棚に整理された薬が並び、小さいが美しい風景の描かれた水彩画が飾られている。
薬を持っていけば店主のレッドは事細かな説明をしてくれるだろう。
探している薬があれば、リットがすぐに見つけてくれるだろう。
薬を買った後、そっと店の中を覗いてみれば嬉しそうに喜び合う2人の姿が見ることができるだろう。
世界の行く末を決める物語はさておき、今日もレッドとリットは幸せにスローライフを送っているのだった。
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