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幕間 ルーティと一緒

書籍版発売日で、ちょっと緊張して頭がよく働かなく……今回はただルーティのデートする話を書きました。

リットとのデートSSは特設サイトの方で公開されているのですが、ルーティにも同じようにデートさせたかったのです!

 目が覚めると、目の前に可愛い妹の顔があった。


「おはようお兄ちゃん」

「おはよう」


 驚きはしない、旅をしていた頃は良くあった光景だ。

 あの頃のルーティは夜の間、やることがないから一晩中俺の顔を眺めていたらしい。

 本とか読んでみたらどうだろうと提案してみたこともあったが、本を読みたい気分でもないのに暇だから無理して読むというのは何か違うと言い返された。

 そういうわけで、夜の間は俺を起こさない範囲でルーティには自由にしていいということになっていた。

 暗いテントの中で、俺の横に座るルーティが、少し身を乗り出して一晩中俺の顔を眺めている……想像するとまぁあれだ。


 可愛い!


 だって、俺の顔をじっと見つめてるんだよ? それだけ頼りにされてると思うと胸が熱くなるし、一晩中ルーティが側にいたと思うと心が穏やかになる気がするし、良い夢も見れそうだ。

 という話をティセとうげうげさんにしたら、なんかすごく驚いた様子だった。その後二時間くらい、ティセはできの悪いゴーレムのようなギクシャクした動きをしていたが一体どうしたのやら。


「お兄ちゃん」

「ああ、悪い、まだ少し寝ぼけていたみたいだ。今起きるよ」


 俺が身体を起こすと、ルーティはすっと避けた。


「昨日は睡眠耐性戻したのか」

「うん、久しぶりにお兄ちゃんの顔を眺めたくなって」


 窓を見ると薄暗い冬のゾルタンの朝景色が見えた。いつもの時間だ。

 リットは少し離れた位置にある村に薬草を手に入れに行ってもらっている。昨日一晩泊まって、今日の夕方くらいにもどってくるはずだ。

 本来なら俺が行くはずだったのだが……。


「お兄ちゃん、約束守ってくれてありがとう」


 ルーティが嬉しそうに言った。

 今日はルーティにゾルタンの街の港区を案内すると約束していたのだ。

 その日に限って、ブラッドニードルの代わりになる珍しい薬草……というか植物タイプのモンスターの「蛇食い草」の群生地が見つかったのだ。被害も出しているようなので、冒険者に依頼がいくのだろうが、そうなるとおそらく焼き払われる。

 そうなる前に、先に倒して持って帰ろうというわけだが……前から約束していたルーティとの予定もあり困っていた所、リットが代わりに行ってくると申し出てくれたのだった。


「じゃっ、たまには朝食も外で食べるか」

「お兄ちゃんの作ってくれる料理が一番好きだけど……ゾルタンの料理も興味がある」


 俺は嬉しくて思わず笑みがこぼれた。

 ルーティの口から「興味がある」なんて聞けるとは。

 俺はルーティの頭を優しく撫でると、まずきょとんとルーティは首を傾げ、その後目を細めて気持ちよさそうにしていた。


☆☆


 ゾルタンの港区は川に隣接している。

 困ったことにこの川の名前というのをゾルタン人達は知らない。ウッドエルフの時代には多分、何かしら名前がついていたんだと思う。

 ハーフエルフの古老は、自分の祖父母の世代がミで始まるなんとかという名前で読んでいたような気がすると言っていた。ただどうも、川も場所や時間によって様々な名前があったようだ。

 朝日に照らされる川、夜の黒い川、夏の輝く川、冬の澄んだ川、すべて別の名前で呼ばれていたらしい。これがウッドエルフという種族の文化で、万物は流転するという思想から、川もいつも同じではなく日々や季節によって全く別の存在へと変わっていく、と考えていたようだ。

 それに対して、この地に入植しゾルタンという国を作った人間達は、ただ「川」と呼んだ。川は人間にとっても大きな恩恵を与えてくれる存在だが、名前は区別するためのものであり、「川」と呼べば何を指しているのか分かれば十分だということだろう。

 今はもう滅亡したウッドエルフ達だが、一度話してみたかったと思う。


 ウッドエルフ達はもういないが、川は今日もここにある。そして俺達人間も、川の存在なしでは生きていけない。


「そしてこのカワカマスの蒸し焼きが食べられるのも川のおかげだ」


 港区にある店は港の労働者や船乗りが利用するのもあって、すぐに出せる魚のスープが多い。だが、この店は停泊している船の船長や航海士が休息に使う店で、しっかりとした朝食を出してくれる。

 カワカマスは、出汁を使って蒸されており、川魚特有の爽やかな味を引き立てている。また玉ねぎのマリネが付け合わせに出ていて、お酢と玉ねぎの風味がこれまた美味しい。

 パンも柔らかい白パン。朝からワインも飲んでいる。


「美味しい」


 ルーティも楽しそうに料理を食べている。気に入ってもらえたようで良かった。


「港区はそうだなぁ、船舶品の市場とか見ておくか。その後、遊覧ボートを借りよう」

「遊覧ボート」

「ああ、借りられる場所があって、それで川からゾルタンを眺めてみようぜ」

「お兄ちゃんと二人っきりでボート……」


 ルーティはちょっとうつむいた。口元が少し横に伸びて、「ふふふ」と笑い声が漏れている。


「すごく、嬉しいよ」


 顔を上げてそう言ったルーティの目は輝いていた。


☆☆


 船舶品の市場は、船が来たときはとても盛り上がる。が、今日は上流の村を巡ってきた行商人が手漕ぎ船で戻ってきたくらいで、閑散としていた。


「よう薬屋」


 市場を歩いていた俺達を呼び止める声がした。

 声をかけてきたのは、胡散臭い顔をした男。この港区に住んでいる本業贋作アクセサリー職人、副業航海士のパスクァーレという男だ。いろいろと脛に傷を持つ男のようだが、移民者の過去は詮索しないというのがゾルタン暗黙のルール。俺も聞こうとは思わない。


「なんだ、浮気か? あんたにゃ英雄リットがいるだろう」

「俺の妹だよ。ルーティ・ルールっていうんだ」

「えぇ、あんたに妹がいたとは。可愛いじゃん」

「ちなみに新しいBランク冒険者だからな。手を出したら半殺しじゃすまないぞ」

「まじか、英雄リットといい妹さんといい、何だ? 薬屋は英雄を生み出す加護でも持ってんのか?」


 思わず苦笑してしまった。当たらずとも遠からず……か?


「そんな加護あるかよ。で、なんで呼び止めたんだ?」

「いや、てっきりデートしてるのかと思って、ほれ彼女へのプレゼントにはピッタリだろ」


 そう言ってパスクァーレは目の前に並べられた様々な宝石がはめ込まれたイヤリングやティアラを指差す。


「全部偽物じゃん。ガラスだろ」

「そりゃそうだが、綺麗だろ? 俺が一つ一つ丹精込めて磨き上げた逸品だぜ」

「まさかぼったくり価格で買えとか言うんじゃないだろうな」

「知ってるやつには言わねぇよい。ちゃんと材料費手間賃通りの適正価格で売ってやるから」

「ふーむ」


 しかしなぁ……俺はちらりとルーティを見る。

 ルーティは静かに並べられたアクセサリを見つめていた。

 ルーティは一言で言えば大金持ちだ。冒険の中で伝説的な財宝を手に入れてきたし魔王軍の物資を奪ったものを売ったりもしている。

 所持している財宝はあまりに価値が高すぎて、このゾルタンの経済規模では買い取れない……つまりゾルタンの国家予算なんて軽く吹き飛ぶほどの資産を持っている。

 所持しているペリル銀貨も、一体どれだけの数があるのやら。


 そんなルーティにガラス玉をプレゼントするのもなぁ。今は身につけていないが、ミスリル銀のイヤリングや、レッドスカイという極めて希少で美しい隕鉄製のバックルなど、豊富なアクセサリーを所持している。

 だけど、


「お兄ちゃん……」

「ん、もしかして欲しいのか?」

「うん……一番安いのでいいから、欲しい」


 なるほど……。


「よし、じゃあ一番似合うのをプレゼントするよ」

「うん、プレゼントされる」


 心なしかルーティの頬は少し赤くなっているように見えた。


 それから少しでも高いのを売りつけようとするパスクァーレと攻防戦を繰り広げながら、俺は特に出来の良いイヤリングを買って、ルーティにプレゼントしたのだった。


☆☆


 遊覧用の小さな船は、一本のマストに三角帆がついた船だ。風が無いときはオールで動かすのだが、オールを漕ぐのは一人でも十分なあたりが、この船の小ささを物語っている。

 まぁ川での遊覧のための船だ。それで十分な機能を持っている。


「よっと」


 俺は帆に風が弱めにあたるよう調整する。

 船はゆったりと川をさかのぼっていった。


「じゃ、飯にしようぜ」


 俺は屋台で買っておいた、白身魚とサツマイモ(スイートポテト)のフライの入った紙袋を開く。

 俺とルーティは二人でモソモソとゾルタンの屋台料理に舌鼓を打った。


「北区にあるタコヤキっていう屋台料理も美味しいんだが、港区からじゃ遠いな」

「今度一緒に食べたい」

「分かった、次は北区を見て回ろう」

「うん」


 帆に風を受けて進む船の上で、俺とルーティはゆっくり流れていくゾルタンの町並みを眺める。


「いい町だね」


 ルーティが言った。


「私はこの町唯一のBランク冒険者パーティー。なのに一度も無理やり戦わされたことはない。できないっていうと、分かりましたって言って諦めてくれる」

「みんな、のんびりしてるからな」

「私、こうしてお兄ちゃんとまた二人で過ごせる日が来ると思っていなかった。ティセやうげうげさん、リットみたいな友達ができるとも思わなかった」


 ルーティが俺の顔を真っ直ぐに見つめた。


「ありがとうお兄ちゃん。これからもずっと一緒にいてくれる?」


 以前、この質問を受けた時、俺はバハムート騎士団に入るからと答えられなかった。

 だけど今は違う。俺の目的はスローライフ。


「ああ、ルーティがそう望むかぎり。俺はいつまでも一緒にいるよ」


 俺がそう答えると、ルーティは瞳を揺らし、ぎゅっと拳を握りしめ、


「うん!」


 笑顔を浮かべて頷いた。

本編の今の事件が終わったら、なんかこう7万字くらい何も考えずにスローライフしてリットやルーティと幸せに暮らすのと、ティセとうげうげさんが冒険する短編外伝を書くような、そんな影のない肩の力を抜いた話を書きたい気分です(笑)


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書籍版真の仲間15巻が7月1日発売です!書籍版はこれで完結!
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