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105話 レッドはルーティとの約束を守りたい


 モーエンの家は、ゾルタン中央区の屋敷では一般的なレンガ作りの家だ。王都ではよく使われる建材だが、亜熱帯のゾルタンでは、レンガの熱しにくく冷めにくいという蓄熱性の高さが仇となって、昼の間に蓄えた熱を夜の間にゆっくりと放射するため、熱帯夜になりやすい。

 それを使用人に扇で扇がせるなどして過ごすのが、ゾルタン貴族が考える中央っぽい優雅な生活のようだ。

 だがアヴァロニア王都では、夏がゾルタンほど暑くないため、ちょうどいいくらいに室温を平均化することになるだけだ。中央の貴族だって好き好んで熱帯夜を過ごしたくはないだろう。


 その二階へと俺とリットは上がる。階段や廊下には絨毯が敷かれていて、歩くと土埃が舞うようなことはない。

 俺達の前にはアデミが意気揚々といった様子で歩いている。久しぶりに会ったが、加護に対する悩みは解決しているようだ。


 アデミが応接室の扉を開けた。


「アデミさん、お疲れ様です!」


 応接室に入ると、2人の少年がいきなり立ったまま両手を膝に置き、視線は俺達に向けたまま腰を落として挨拶する。

 少年はどちらとも、鋭い目つきや顔の傷跡が目立つ容貌だった。


「おう、こっちは前に話したレッドさんとリットさんだ。失礼のないようにな」

「へい! お疲れ様ですレッドさん! お疲れ様ですリットさん!」


 アデミの言葉を受けて、2人は俺達にも同じように挨拶した。うん、とても元気がいいな。


「それじゃ俺はレッドさん達と話があるから、お前たちは今日はもう帰っていいぞ」

「へい! お先に失礼します!」


 少年達は、応接室を出ていった。下から、さっきの使用人のおばちゃんに、元気よく挨拶している声が聞こえた。


「ええっと……さっきのは?」

「レッドに言われた通り、『喧嘩屋バーブローラー』の衝動を否定しないようにしたんだ。どんなに他の加護を望んでも仕方がない、俺は『喧嘩屋バーブローラー』なんだって。でも『喧嘩屋』だって、その腕っぷしや喧嘩で治安を守る衛兵になれるはず。だから俺、町の不良達を喧嘩で大人しくさせることにしたんだ」

「お、おう」


 なるほど、さっきの2人はいわゆる“舎弟”というやつだったようだ。


「俺、衛兵になったら盗賊ギルド対策課に所属するんだ! あそこなら『喧嘩屋バーブローラー』でもやっていける気がする!」


 衛兵隊の盗賊ギルド対策課か。

 盗賊ギルドの存在は合法ではあり、盗賊ギルドの長ゴルガーは、ゾルタン議会の議席も持っている名士だ。だが、盗賊ギルドが行う稼業の大半は、犯罪行為であり衛兵隊とぶつかることは多い。

 そこで大抵の町の衛兵隊には盗賊ギルド絡みの犯罪を対処する、盗賊ギルド対策課を設立している。呼び方は国や町によって異なるが、冒険者の間では、“衛兵ギルド”だの、“盗まない方の盗賊ギルド”だのと酷い呼ばれ方をされる。

 まぁそんな呼び方をされるということは、それだけ盗賊ギルド対策課というものが、盗賊ギルドの強面こわもて達にも劣らない集団ということだ。


「俺、絶対に父さんみたいな衛兵になるんだ!」


 『喧嘩屋バーブローラー』の加護を宿すアデミにとっては、腕っぷしの強さがものを言う盗賊ギルド対策課は天職かもしれない。


「やはりアデミには衛兵が天職のようだな」


 俺がそう言うと、アデミは嬉しそうに顔を赤くした。


☆☆


「父さんは昨日から帰ってないよ」


 俺達はテーブルに座り、アデミから話を聞いている。

 今は、アデミ自身の話が一段落し、モーエンの話を尋ねたところだ。


「昨日からか」

「うん。ヴェロニアの軍船が来たってみんな騒いでるから。多分そのことだと思うけど」


 普通に考えればそうだろう。

 ヴェロニアの軍船で動揺する市民を落ち着かせるために衛兵隊長が昼夜を問わず働いている。ありえそうな話だ。

 だが……。


(俺達が洋上の軍船を見たのが昨日の昼食の時だったな。そしてゾルタンの首脳会議が今日の午後)


 ヴェロニアの軍船じゃ、ゾルタンの港には入れない。サリウス王子は洋上に停泊して、小舟でゾルタンにやってきたはず。

 またゾルタンは河口付近に位置するとはいえ、港から海までは少し離れていて、洋上にある船はよく見えない。よって、ゾルタン市民にすぐに情報が行き渡って動揺するとは思えない。

 実際、昨日の時点ではゾルタンの町が動揺している様子はなかった。情報が知れ渡ったのが今朝。朝の井戸端会議で情報が一気に拡散したようだ。

 一見するとおかしい点はないように思えるが……。


「ふむ」


 俺は、言葉にはできないが何か違和感を感じていた。


「モーエンと最後に会ったのは?」

「昨日の朝だね。一昨日おとといの夜も、急に呼び出されて仕事に行ってたみたい。深夜には帰ってきてたみたいで、昨日の朝は一緒にご飯を食べたよ」


 一昨日の夜というと、ミストーム市長の暗殺未遂があった件だろうか。

 俺はあの時、信用できる人間として冒険者ギルド幹部のガラディンにミストーム師を預けた。

 モーエンがすでに帰っているだろうと思っていたし、よく知らない衛兵よりもかつてミストーム師の仲間であるガラディンに預けたほうが安全だと判断したからだ。


「一昨日は誰がモーエンを呼びに来たか分かるか?」

「俺はリビングにいたから直接見たわけじゃないけど、確か冒険者ギルドの人だって言ってたよ」


 ガラディンは衛兵隊を通さず直接モーエンを呼びに来たということだな。

 ミストーム師の危機に、かつての仲間が集まる。それは別に不自然な話ではないとは思うが。


「ありがとアデミ。これから衛兵詰め所に行ってくるけど、モーエンになにか伝えたいことはあるかい?」

「だったら……」


 アデミは迷わずに言葉を告げる。


「俺がいるから家のことは心配いらないよ、お仕事頑張って。そう伝えて!」


 そう言って笑う、アデミを見て、リットは目を細めて笑っていた。


☆☆


「詰め所にも来てない?」


 俺は、自分の声が思わず大きくなっているのに気が付いた。


「悪い、少し驚いたんだ」


 俺が謝ると、年配の衛兵は不機嫌そうな顔を少しだけ和らげた。


 俺とリットは衛兵隊の詰め所に来ていた。もちろん、モーエンに会うのが目的だ。ミストーム師の暗殺未遂事件とヴェロニアの軍船について話を聞きに、あとアデミの伝言を伝えるために。

 だが、モーエンはいなかった。それどころか……。


「隊長は今日、ここには来ていない」

「一度も?」

「ああ、昨日もヴェロニアの軍船が来た後、夕方頃に一度だけ来て待機と治安維持の指示をしていっただけだ」

「今日、議会で衛兵にはヴェロニアの軍船が海岸沿いの村を襲撃したときのために訓練しながら待機って方針が出たはずだが」

「まだ聞いてないが……なぜお前がそんなことを知っている?」

「うちの妹が出席してたもので」

「ああ、ルールさんか……レッドも手伝ってるんだ」


 俺がうなずくと、衛兵は口を曲げた。


「分からんなぁ、結局あんたは強いのか? 弱いのか?」

「妹ほどじゃないな。まぁ俺はモーエン隊長に話を聞くだけだよ」


 悪魔の加護事件で俺がアルベールの手首を切り飛ばしたり、ビッグホークの屋敷からアルとアデミを救い出したことは、一応は衛兵隊の報告書にも書かれているようだ。だが、今俺と一緒にいる、英雄リットがいたからこそ。そういう評価になっている。

 アルベールのときとか、リットがその場にいなかったことは分かっているはずだが……まぁ、Dランク冒険者で、今は引退して薬屋をやっているような俺のことを評価するのは難しいのだろう。


「そうか、モーエンはこっちには来てないのか」


 これはさすがに不自然だ。


「ミストーム師は衛兵が保護したのか?」

「ミストーム師? 先代市長のか? 何の話だ?」

「何? モーエンから聞いてないのか?」


 衛兵はいぶかしげに首を傾げている。

 どういうことだ?


「昨日捕らえた暗殺者達はどうした?」

「暗殺者?」

「ほら、Bランク冒険者のティファが捕まえた」

「ああ、あのチンピラならシエン司教と冒険者ギルドのガラディンさんが引き取りに来たよ。最近ゾルタンに流れてきた素行不良の冒険者だって。ギルドで説教するらしいな」

「説教って、あいつらはぐれアサシンだぞ!?」

「は、はぐれアサシン? 俺は昨日の夜は非番だったから詳しく知らないんだ……本当なのか?」

「ああ、ティファから聞いたから間違いない。それにティファはあいつらがはぐれアサシンだって、衛兵に伝えたはずだが」

「担当してたやつは確か……ちょっと待ってろ」


 衛兵は慌てて奥に引っ込み、大声で別の衛兵を呼び出した。

 夜食を食べていた所だったのか、衛兵は口一杯にパンを頬張りながらやってきた。


「むぐむぐ」

「おい!」


 俺たちの対応をしていた年配の衛兵に睨まれ、もう一人の衛兵は慌ててパンを飲み込む。


「な、なんでしょうか先輩!」

「昨日捕まえた奴らのこと、冒険者ティファさんからなんて聞いた!?」

「え、ええっと……」


 若い衛兵は目を泳がせた。その仕草に年配衛兵の目がつり上がる。


「は、はぐれアサシンだとは言われました! でもその後、ガラディンさんとシエン司教が来られて! 最近ゾルタンに来た冒険者だって言われました! それで……あちらで対応すると言われたので引き渡しました!!」


 若い衛兵が激しく説教されるのを聞きながら、俺はリットと一緒に思案する。


「まずはぐれアサシンは、冒険者としての肩書も持っていて、ガラディンとシエン司教も騙されていた可能性は?」

「ありえないでしょう。だってミストーム師はガラディンのところで保護されたんでしょ? ミストーム師から話を聞いているガラディンが、騙されるはずがないわ」

「確かに。ならばガラディンとシエン司教が暗殺者の仲間、あるいは依頼人だった」

「それも無いと思うわね。背後関係が分かってないから断言はできないけれど、ガラディン達のパーティーはとても仲の良いパーティーだったと聞いているし、お酒の席でガラディンがミストーム師のことを褒め称えるのは、Cランク以上の冒険者ではよく知られていることなの」

「確かに、ガラディンは暗殺とかそんな方法はやらなさそうだよな」


 ただモーエンに話を聞きに行くだけのお使いが、どうも根の深い事件につながっていそうだ。


「レッド、これからどうする? どうも様子が変みたいだけど」

「……ルーティにはモーエンから話を聞くって言っちゃったからな」


 冒険者として復帰する気はないが……。


「約束したことくらいは守らないと。少し気合を入れて取り組むか」

「うん、そう言うと思った」


 俺の言葉にリットは笑って頷いた。

 よし、次はガラディンがいるはずの冒険者ギルドだな。

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[一言] >そこで大抵の町の衛兵隊には盗賊ギルド絡みの犯罪を対処する、盗賊ギルド対策課を設立している。呼び方は国や町によって異なるが、 中には「マル盗」などと呼ぶ国や町もありそうですね。それか「第四…
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