書籍化記念SS 俺たち辺境でスローライフをしています
書籍化発表記念SSです、スローライフな気持ちで読んでいただけると嬉しいです!
「おはようリット」
俺は眠そうな顔をしたリットに声をかけた。
「おはよー」
リットは、にへっと笑って答える。
普段は笑うときは口元を隠す癖のあるリットだったが、朝は無防備に笑う。冒険者として野営をしたり、張り込んでいたりするときはそうでもないのだが、気を張り詰めていない日のリットは朝が弱いらしい。
つまりは俺と一緒に暮らしている時は、毎朝こんな感じだ。
「今日は卵を落としたポテトスープとブルーベリージャムを塗ったトースト。それにレタスとハムとトマトのサラダにソーセージ」
「うん、いい匂いがする」
リットは朝食の香りですこし目が醒めたのか、だらんと弛緩していた口元が、キリリと引き締まった。
にしても……
「その髪って毎朝セットしてるんだろ? それで目が覚めそうなもんだけどなぁ」
リットの流れるような金色の髪は、朝、ベッドから起きた直後以外いつも綺麗に整っていた。髪飾りなどは着けていないが、サイドをツイストすることでアクセントにしている。歩く度に揺れる髪は、明るくそして綺麗だ。
その姿からは英雄的冒険者であり気品あるお姫様でもあるリットの両極端な一面が調和しているような、そんな印象を受ける。
リットは、俺の質問に対し、顎に人差し指を添え、「んー」と小首を傾げた。
「私、髪のセットほとんど無意識でやってるから」
「え、なにそれ」
「朝ぼんやりしながら髪を触っていると、こんな感じになるの」
そんな馬鹿な。
「いや、俺みたいな寝癖直して軽く前髪を流すくらいならともかく、リットの髪のセットは寝ぼけたままじゃ無理だろ」
「毎日やってるから楽勝だよ」
器用だな!
「髪といえば、レッドもさ」
「ん?」
「ゾルタンで冒険者やってたころは、寝癖つけたままとかだったらしいじゃない。お店開いてからはキチンとしてるみたいだけど」
リットの顔がニヤニヤと笑う。
「見たかったなぁ、だらしないレッドも」
「う……」
「たまには私みたいにだらけて起きてきてよ。その時は私が朝ごはん作ってあげるから」
「……その、な」
俺は恥ずかしさをごまかすために後頭部を掻きながら続ける。
「好きな人に顔見られるのに、いつまでも寝癖つけたままとか嫌なんだ。あと、リットに朝ごはん作るの、俺の楽しみの一つだから毎日作らせてくれ」
俺の言葉にリットは顔を赤くして、ニヤける口元を隠そうと首に手を伸ばす。が、まだ着替え前でいつも巻いている赤いバンダナは無い。
仕方がないのでリットは口に手をあて、ふるふると震えていた。
☆☆
「ごちそうさまでした」
「お粗末様」
「今日も美味しかった」
「それは良かった」
俺の作った料理を、リットは笑顔で美味しかったと言ってくれる。なんてことのない日常会話なのだろうが、この瞬間が俺はたまらなく嬉しい。
なんというか……幸せだ。
だが幸福感に浸っている暇はない。毎朝幸福感でニヤニヤしているわけにもいかないだろう。
「今日、店の開店を2時間遅らせて庭の薬草を採取しようと思うんだ」
「うん分かった、じゃあ食器洗い終わったら着替えてくるね」
パジャマのままのリットは食器を集めるとキッチンへ向かった。
その間に俺も着替えておこう。
とはいっても、朝起きたときに服はほぼ着替えてある。
あとは、シャツの上から腰にベルトを巻き、鞘に入った銅の剣をベルトに吊り下げる。そして肩に羽織るようにマントをまとう。これで終わりだ。
マントは黒い布地に赤い縁取りをしたものだ。
布は頑丈で水をよく弾く竜樹の葉を錬金術により繊維状にし、織物にしたもの。フードもついており、雨が降ったらレインコートにもなる。
俺の使っているマントは胸までを覆うハーフサイズのものだ。フルサイズの竜樹の葉マントはとても高価だし、普段着るにはかさばる。あと見た目の印象も少し重い。
まぁそもそも普段からマントを使っている方が珍しいとも言えるのだが。このハーフサイズのマントの機能、例えば日よけ、防寒、雨よけなどなど、その便利さと万能さを知ってしまうと手放せない。
着替えを終えた俺は、椅子に座ってリットを待った。
「おまたせ」
リットはいつも着ている、動きやすい服に着替えていた。首の周りにはトレードマークである赤いバンダナ。袖はリストバンドで止めて作業しやすいように。腰のベルトにはポシェットや、愛用のショーテルを通すバンドが吊られている。胸元は開いており、リットの大きなバストの谷間が見える。胴の部分の赤いコルセットは、竜樹の樹皮を原料にしたものを、さらに魔法で強化している布だ。布の服と変わらない重さながら並の刃では刃が通らない頑丈な防具でもある。
スカートは白い布地に金糸で縁取りされており、冒険者的なデザインながらお姫様の着る服にふさわしい上品さを感じさせる。
脚には黒いニーソックス。ニーソックスとスカートの間から覗く太ももの肌色が眩しい。
うん、今日もリットは可愛い。
俺は自分のバ彼氏っぷりに我ながら内心苦笑し、リットと一緒に庭へと出ていった。
☆☆
「いい天気ね」
庭に出ると、きれいな青空が広がっていた。リットは心地よさそうにぐっと伸びをしている。
今日はいい天気だ。
「今日採取するのは、このヒヨス草」
「止血と消毒の両方に効果がある薬草ね」
ヒヨス草は、もっともポピュラーな薬草だろう。極地を除いてアヴァロン大陸全域に群生している薬草で、ペースト状にして傷口に塗って使う。
体内に入ってしまった毒には効果はないが、汚れた刃で傷ついた傷口に、ヒヨス草の薬を塗ることで毒が身体に回ることを防いだりもできる。
冒険者から兵士、農家から職人まで、幅広く使われている。
この薬草は根を残して葉の部分だけを収穫する。根が残っていると、再び芽を出す強い植物であり、あたらしい種をまくことなく次の薬草が収穫できる。まぁ庭師にとっては一度根を張ると中々駆除できない厄介な雑草だと敵視されている。
俺は腰の銅の剣を抜いて、ヒヨス草を刈り取る。
「ねぇ、いつも思うんだけど普通の鎌とか使ったほうが楽じゃない?」
「そういうリットだってショーテル使ってるじゃないか」
「私のは鎌に似ている形だもん。それに銅は切れ味悪いでしょ」
「それはそうなんだが、慣れると草木くらいならこれで十分なんだよ」
まぁ俺は銅の剣一本で鋼鉄並の外皮を持つ竜とかも両断できるのだから、草木を刈るくらいなんてこともない。
俺たちはそれぞれ自分の武器を使って薬草を刈り取り、カゴの中へと集めていった。
「よし、こんなものかな」
カゴ一杯に集まった薬草の重さを腕に感じながら俺は頷く。
その時、心地の良い風が庭を吹き抜けた。
「わぁ!!」
リットが歓声をあげた。
店に近くの木に咲いていた花が風で舞い、白い花びらが太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
その光景に俺とリットはしばし手を止め、空を舞う花に見とれていた。
リットの目の前に一枚の花びらがひらひらと飛んでくる。
リットはそっと手のひらを差し出した。手のひらに降りた花びらを見て、リットは笑顔になって俺の方を振り返った。
「今日のお昼は庭で食べるか」
「うん! 私もそれがいいと思ってたんだ!」
これはただの日常。美しくとも平凡な光景。
だが勇者のパーティーを追い出された俺は、この辺境ゾルタンでリットとのスローライフを心から楽しんでいるのだった。
青空、緑、明るく気安そうながらもお姫様っぽさもあるリット。
素晴らしい表紙を頂き、やすも先生と担当者様には感謝です!




