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101話 勇者と暗殺者は小さな芽に感動する


 朝。

 ルーティは、毎日同じ時間に目を醒ます。

 どんなに遅くまで徹夜しようが、どんなに早く眠ろうとも同じ時間だ。


「今日も眠れた」


 ルーティは、夜は眠るという人間的な行動に毎朝感動を憶えながら、窓から差し込む朝日に目を輝かせていた。もっとも、深い湖のようなルーティの瞳から、その輝きを見つけることができるのは、レッドとティセくらいのものだろうが。


 ルーティは水差しの水で口をすすぎ、それからコップ一杯の水を飲んだ。

 それから、服を脱ぎ、濡らしたタオルで簡単に身体を拭く。

 服を着替えた後は軽い運動。逆立ちして部屋の中を素早く一周。天井のヘリを足の指で挟んで部屋を往復。最後にボールを窓から投げ、庭の木に当て手元に跳ね返す運動を軽く100回やって身体が自分の思い通りに動くことを確認して終わり。


「うん」


 以上、ルーティの朝の準備運動は15分の間に行われる。

 これまで『加護』の力で常に肉体の状態を万全に保っていたルーティにとって、動かさないことで身体が鈍ることや、準備運動という行動が新鮮だった。

 ルーティは汗一つかいていない。わずかに頬が上気しているのは、次の予定ではレッドのところに朝食を食べに行くからだ。幸いにして、本人は軽い運動と思い込んでいるこの運動は、いまだ誰にも見られていなかった。


☆☆


 朝日を浴びながらルーティとティセはレッドの店に向かってゾルタン下町の通りを歩いている。

 ティセはダガーを脇の下に隠し持っていた。ルーティは何も持っていない。剣はレッドの店に置いてあった。

 冒険にいくことになった場合、わざわざ一度レッドの店にいって剣を取っているのだ。そこにレッドと会いに行く口実を作る拙い意図があるのは明らかだが、レッドもティセもそうしたルーティのわがままを温かく見守っている。


 今日のゾルタンの下町は、少し騒々しかった。

 町の人々は、井戸端いどばたや路地裏などに集まって、心配そうな様子で噂話に勤しんでいる。


(昨日の船かな)


 ティセが心の中でつぶやいた。

 昨日、釣りの時に見たヴェロニアの軍船。耐波性の低いあのガレー船で東方に行くことはまず不可能だ。となれば、あの軍船の目的地はこのゾルタンしかない。

 しかし、遠く離れたこのゾルタンに、ヴェロニアの軍船が何の用だろうか?


(もしかすると、先代市長の暗殺未遂となにか関係が?)


 考えすぎだろうか?

 ティセはルーティの方をそっと見てみたが、周りの喧騒を気にした様子もなく、静かな表情のまま歩いていた。


☆☆


「美味しかったね」

「はい」


 2人はレッドの店で朝食を食べ終えると、今度は北区にある薬草農場へ向かう。

 今日の朝食は、昨日釣った魚を使ったもので、キャベツと魚のトマト煮と赤身魚と玉ねぎを使ったマリネ、さっぱりとしたレモン入りの水とふわふわの白パンだった。

 朝の早い時間から、よくあれだけ料理の用意ができるものだとルーティもティセも感心していた。

 それに、


『これは昨日ルーティが釣ってくれた魚だよ』


 そう言ってからトマト煮を食べていたレッドのことを思い出すと、ルーティは自然と口元がほころんでしまうのだった。


 ルーティ達が住んでいる屋敷は中央区の南西側にある。ルーティは南区である下町のレッド&リット薬草店に通えるために、ティセは西側にあたる港区の境目にあるオパララのおでん屋に散歩がてら、ちくわを食べに行くために。

 肝心の農場は北区にあるので距離があるのだが、2人ともあまり気にしてはいないようだ。


 農場について薬草農園の様子を見て回る。

 ルーティの薬草農園には普通の農園と、温室の2つがある。

 温室は南側と天井がガラス張りになっており、室内の温度を高める仕組みだ。


「ルーティ様、芽が出ています」

「本当だ」


 小さな緑の芽が、土の中からひょっこりと顔を出していた。

 その姿を、ルーティとティセの微表情コンビが見つめている。

 2人とも大変感動しているのだが、その感情は他人には伝わらないだろう。だが、ここには2人しかいない。そして2人はお互いの感情を理解できるほどに友情を深めていた。


「良かったですね」

「うん」


 2人は、2人だけに伝わる笑顔を浮かべ、楽しそうに笑いあったのだった。


☆☆


 お昼ごろ。

 2人はレッドから教わった通り、優しく少量の水をやっていた。

 その作業も大体終わる。

 これが薬草が緑の葉を茂らせる頃になれば、害虫や雑草対策で忙しくなるのだろうが。

 ただレッドが言うには、もとが野山の植物だけあって、害虫にも雑草にも強いらしい。むしろ、繁殖力の高い薬草が、他の薬草のエリアに侵食しないように、薬草同士の環境に気を使うだとか。


「今日はこれでおしまいかな?」

「そうですね」


 道具を片付け、2人はそろそろ食事休憩にしようか話し合っていた。


「すみません!」


 その時、大声で叫ぶ声が聞こえた。

 ルーティ達が声の方を見ると、冒険者ギルド職員のメグリアがひたいに汗を浮かべて叫んでいる。


「ルールさん! お頼みしたいことがあります!」


 冒険の依頼だろうか?

 ルーティは、土で汚れた顔をタオルで拭くと、気負った様子もなく静かな顔のまま、青い顔をしているメグリアの方へ向かっていった。

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